色々と、思う所があって、だけどそれ以上に募る想いがあったので、思考をフル回転させながら、だけど勢いに任せて人生初めての告白というものをした。そうしたら、肝心の想い人は、逃げた。寄越された言葉を理解した瞬間、顔を真っ赤にして、今まで見たこともないようなスピードで走り去って行った。咄嗟のことだったことと、逃げだしたという事実を認識するのが早過ぎて、ショックに襲われるのもまた早かった。そうして、追いかけるタイミングを逃した。それが、もう一週間も前のことである。
 一世一代の、とは大袈裟かもしれないけれど、本気の告白をして逃げられてしまった鬼道は、表立ってはそれを見せないように必死に努めて見せていたけれど、内心傷ついていたし、落ち込んでいた。そんなにイヤだっただろうかと自己嫌悪。何度も連絡を取ろうとして、携帯を開いてメール作成画面で止まって、首を振って止める。電話は、たぶん出てくれないと思う。冗談だと、特別な意味のない言葉だったとメールで一文送ってしまえば、それだけで済むのかもしれない。だけど、冗談などではなかったし、特別だったし、嘘だなんて誤魔化すことは、様々な葛藤を繰り返しながら、やはり出来ないと鬼道は結論付けた。馬鹿なことをしているとは理解している。それは、告白をしてしまったときからわかりきっていることだ。鬼道が想いを寄せる少女が、そういった類の話しに疎いうというよりも苦手としていることを、ずっと前から知っていたのに、急いてしまったのだから。
 鬼道の想い人、財前塔子は、そんじょそこらの男子よりも動き回る快活な少女だ。思えば、女の子らしくだとかそういったことは苦手だったように思う。男子と女子を区別させるようなことが、そもそも嫌いなのだろう。スカートも髪止めも、口調も仕草も女の子らしさなんて皆無というか、寧ろ避けているのではと思う程、塔子は男子である自分達に近い所にいた。それでも、どんなに女子らしさを意図的に排除しようとしても、鬼道にとって塔子は最初から女の子だった。もしかしたら、それは塔子にとっては失礼な認識だったのかもしれない。だけど、いつの間にか好きになっていて、男子に交じって一緒にサッカーをするのもいいけれど、それ以外の場でも繋がりが欲しくなってしまった。
 塔子は自由だった。鬼道と同じように、親から背負わされてしまう柵は、きっとある。しかし塔子は、総理大臣の娘という、良い方向にばかりは働かない重たい枷も受け入れて、それでも自分の父をしたい彼の役に立とうと動いている。その前向きさに、初めはただ憧れていたのかもしれない。未来を悲観せず、淡々と分析し受け入れて何かを諦めてしまうのは、鬼道の悪い癖だ。彼女のように在れたらいいのにと思う。それ以上に、彼女と一緒に在れたらいいのにと思う。その為にどうすべきか。肝心な時に腰が重いのも、きっと悪い癖のひとつに違いない。塔子の、好きな所だとか、普段の様子だとか、自分に向けてくれた言葉や笑顔のことだとか。鬼道は、本当に、彼女に対しては思う所が沢山ある。沢山あり過ぎて、当人を前にするといまいち自分の行動がぎこちなくなってしまう気がする。ただサッカーをしている時だけは何の遠慮もなく指示も出せるし接触もある。こういうところは、随分便利な体質になってしまったと呆れざるを得ない。でもそうでもなければ、塔子はきっと自分を嫌っていただろうなと思う。負けず嫌いな塔子は、女扱いからくる手加減だとか、大嫌いなのだから。
――コン、
 突然、部屋の戸を叩いたのか、何かがぶつかってしまったのか判断し難い音がして、鬼道は思考に耽るのをやめて、ドアの方に向き直る。ノックではないかもしれない。「どうぞ」と声を出してもいいのだけれど、もしこれで向こうに誰もいなかったら少し恥ずかしい。誰も見ていない。だからこそ恥ずかしいのだと、鬼道は妙な意地を張りながらそう思う。だらりと座り込んだ椅子から立ち上がって、ドアを開けて人がいるかどうか確認しに行く方が、一瞬の気恥ずかしさより面倒だというのに、彼はそちらの方を選ぶのだから、やはり妙だろう。

「……塔子?」
「あははー、久し振り…」
「何で此処に?」
「えー、お手伝いさんが入れてくれた…」
「いや、そうじゃなくて」

 ドアを開けると、塔子が立っていた。少しだけ気まずそうに、視線を逸らしながら、それでも言葉を発する時は一瞬でもちゃんと鬼道の顔を見るのだから、彼女は変わらず真っ直ぐだ。一週間ぶりに会った塔子の変らぬ様子にほっとする反面、何故来たのかという理由を訝しむことも忘れない。正直、このまま逃げ切られるものとばかり思っていた。だけど、そういえば、負けず嫌いの彼女は、同じくらい逃げることも嫌いだったと思い直す。これは、勝負などでは、決してないが。

「あのさ、鬼道はあたしを好きって言ったじゃん」
「ああ」
「それって…、あのー、どういう類の?」
「たぶん、塔子が想像してる類の好き、だ」
「ああ、うん、そっか、そう…」

 前回、よく話を聞かずに逃亡してしまったからだろう。「好き」と告白されたことを、後から考え直すと、もしかしたら友好の意味だったのかもしれないだとか、塔子も色々と考えたのだろう。そして考えても分からないから、最終手段、本人に直接尋ねに来たのだろう。別に、電話でも良かっただろうに、とこうして会いに来てくれて嬉しいくせに効率的な手段を導き出す矛盾した思考は、やはり鬼道の悪い癖だ。
 それでも、もし。鬼道の長所をひとつ挙げるのならば、それは忍耐強いことだろう。目の前の、鬼道より少しだけ身長の低い塔子が、忙しなく視線を彷徨わせながら何か言おうと口をぱくぱくさせて、だけど黙り込んでしまう。そんな繰り返しを、鬼道はじっと見つめて彼女の言葉を待っている。縋るように、無意識に握られている服の裾だとか、紅潮した頬だとか、混乱の所為か潤んだ瞳だとか、全部ひっくるめて、鬼道は自分の都合のいい返答を期待してしまいたくなる。実は、その期待が裏切られないことを知るには、後数分を要するのだが、それはその後の二人の幸せな時間に比べたら、ほんの些細なことである。


―――――――――――

恥じらう曜日
Title by『ダボスへ』





第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -