円堂がいない。最初にそれに気付いたのは、彼の幼馴染だった。放課後、グラウンドで待っていたがいつまで経っても始まらない部活。掛らないキャプテンの号令。これは一体全体どうしたことだとグラウンド周辺、部室、円堂の教室と、学校で彼が行きそうな場所をくまなく探したがどうしてか見つからない。普段なら、教室でSHRが終わるのとほぼ同時に部活へ駆けだしていく人間が、何故今日はどこにも見当たらないのか。心当たりがある人間は誰もいなくて、部員全員が揃って首を傾げた。靴は、彼の下駄箱の中。鞄は、彼の机の横。誘拐なんて、そんな馬鹿な。携帯に連絡を入れれば机の上に置かれたままの円堂の鞄から初期設定のままのメロディーが流れだす。だから、携帯は携帯してこそ意味があるんだって何度言ったらわかるんだよあいつは、と円堂の幼馴染は彼の鞄に拳を落とした。怒っている。だけど怒っているだけで、嫌ったり呆れて突き放したり出来ない人間だから、結局彼は部員の中で一番必死に円堂を探していたりする。
 円堂は大事なキャプテンだが、かといって、彼の不在だけを理由に部活を疎かにすることは出来ない。雷門中のサッカー部は、揃いも揃ってサッカー馬鹿ばっかりなので、学校はサッカーをする為にあるのだと無意識に、だけど心底そう思い込んでいる連中が多い。何の言伝も残さずに姿を見せない円堂のことは気掛かりだが、それでもこの校内にいることは確実なので、結局部活を始める方向で落ち着いた。どうせ何食わぬ顔でひょっこり遅れたことを詫びながらグラウンドに顔を見せるに違いないのだから。
 それでも、雷門中のサッカー部員は、サッカー馬鹿であると同時に気持ち悪いほど仲良しだったので、ぱったりと捜索を打ち切ってしまうのも少し後味が悪かった。だから、満場一致で、マネージャーである夏未に円堂を探してくるように頼んだ。夏未も、別に構わないわよ、と二言返事で応じた。彼等が、夏未に円堂の捜索を頼んだのは、彼女がマネージャーであるというよりも、彼女が円堂の恋人だからという割合が大きいからだということを、なんとはなしにはっきりと感じ取ったから。普段の夏未のマネージャーとしての仕事が出来ないことを残りのマネージャーに詫びてから、彼女は随分と手間を掛けさせる恋人を探して校舎を歩き始めた。
 円堂の行きそうなところ、といっても、夏未は彼とはクラスが違う為持っている情報はそう多くない。先程まで部員たちで探した場所に見当たらないのなら、もう学校中を虱潰しにして行くしかないだろう。運動はあまり好きではないのに、それでもきっと小走りで学校中を回ってしまうであろう自分に、夏未は溜息を吐いた。勝手にどこかへ行ってしまった円堂よりも、そんな彼が好きで仕方ない自分の方に原因がある気がして、けれどそんなこと突き詰めても恥ずかしいだけなので、夏未は先を急いだ。
 円堂は、いなかった。二年の教室がある階も、自分達が授業で使用する様々な教室も、職員室や、保健室、体育館にも彼の姿はなかった。段々と嵩を増す心配や不安を打ち消そうと必死になるから苛立って、いっそ全校放送でもしてやろうかと考える。円堂が校内にいることだけは確実なのだから。だけどそう言えば、まだ探していない場所があったと、夏未はもう疲れ切った足でのろのろと階段を上る。明日、筋肉痛だったら本当に笑えない。屋上は、放課後は開放されていないから、ないだろう。とすると、残るは三年の教室だ。円堂の交友関係は基本的に部活内で構築されているので、同級生と後輩との繋がりが多いし、ほとんどだ。だから、先輩の教室など最初から可能性を排除していたのだが、まさかということもある。廊下の端にある教室から順に覗きこんでいく。どの教室ももぬけの殻だ。それもそのはずで、最上級生は卒業を控えるのみな為、午前中に卒業式の練習をして既に下校しているのだ。
 端から四つ目の教室を覗き込んだ時、窓際に見慣れた姿を見つけた。見慣れた、探していた目的の人。円堂は、気配を消すこともなく近づいてきた夏未を彼女と認識するために振り返ることもせず、ただ窓からグラウンドを見ていた。此処からは、きっとよく外が見える。部活は、とっくに始まっていることだろう。

「円堂君!貴方一体何してるのよ、みんな心配してるわよ」
「何って…うーん、なんだろうなあ」
「やっぱりそれはどうでもいいわ。早く部活に行きましょう」
「もうすぐ俺達三年になるなあって思ったんだよ」

 話が噛み合っていない。それでも、夏未は円堂の言葉を受け止めて、考える。確かに、自分たちはもう直ぐ三年に進級するだろう。だが、それがどうして何も言わずに三年の教室でぼけっとしていることに繋がるのだろう。別れを惜しむ相手は、今年この学校を去って行く人間たちの中には残念ながら存在しない。夏未も、円堂も、恐らくサッカー部の大半がそうだろう。何を感傷的になっているのだろう。探ろうにも、情報が少な過ぎた。

「来年、三年になるじゃん」
「ええ、そうね。当たり前よ」
「クラス替えあるじゃん」
「あるわね」
「俺と夏未は絶対同じクラスにならないって聞いたんだけど」
「は?」

 漸く夏未の方に向き直った円堂の表情を見て、夏未は合点が行った。円堂はどこからやって来たのかわからない噂を真に受けて、拗ねているようだ。もしかしなくとも、来年は夏未と同じクラスになることを期待していたのだろう。それをこんな前から台無しにされて、円堂は拗ねていた。
 円堂は、自分の彼女がこの学校の理事長の娘であることはちゃんと知っていて、理解している。理事長がサッカー好きだったり、娘がサッカー部のマネージャーだったり、これが他の部のやっかみを買う理由になり得ることだってちゃんと分かっている。だけど好きだから、円堂は、夏未が好きだからキャプテンとマネージャーという在り方から、彼氏彼女という形に進むことを選んだというのに。どうも周囲の雑音がうるさくていけない。
 クラス替えのことだって、夏未が理事長の娘だから、円堂と同じクラスになったら彼氏と一緒のクラスになりたかったに違いないと周囲のあらぬ誤解を受けそうだから、真面目な彼女のことだからあらかじめ別々のクラスになるよう手回しするんじゃないか、と何の気なしにふざけながら話しかけてきたクラスメイトたちの言葉から端を発している。なんでクラスひとつでそんな周囲がざわつくのか理解が出来ないし、夏未はそんなことしないし、他にも色々円堂の頭の中でぐるぐると渦巻きながら、爆発させない方がいいであろう怒りとかそんなものが沢山あったのだけれど、円堂は、それを言葉として発信するのが得意では無かった。だから黙ってふらふらと姿を消した。消したというより、あと少しで自分が身を置くことになる教室で時間を浪費していた。
 夏未は、円堂が拗ねている理由は彼の下手くそな言葉からなんとなく察したけれど、それを解消する方法なんて思いつかなくて、焦る。円堂を好きになってから、夏未はよく、こんな風に焦る。自分が背負っているものとか全部捨てられたらいいのにと思う。出来ないし、出来ても、きっとしないだろうけど。真っ直ぐな円堂と、真正面から向き合って、一緒に歩いて行くために、自分が理想とする恥じない自分でいたい。逃げ出すなんて、あり得ない。円堂も夏未も、変なところで頑固だった。

「クラスが違ったって良いじゃない」
「…そっかなあ」
「今と何も変わらないわ」
「……」
「今と何も変わらず、私はきっと貴方が好きよ」

 それでいいじゃない、とは最後まで言えなかった。拗ねて、落ち込んだように映っていた円堂の顔に浮かんだ表情は、今まで見たどんなものよりも穏やかで、その全てが夏未の為だけに向けられていたから。
 円堂は、あまり言葉で好きと伝えない。サッカーとか、おにぎりとか、幼馴染とか、仲間とか。夏未を含めて、円堂は全部好きだったから。それを細分化して、好きの気持ちを区別して、それを相手にしっかりと説明することが、彼には出来なかった。だけど、夏未にはちゃんとわかっている。こうした、ふとした瞬間の仕草だとか、表情は円堂が思っている以上に雄弁にモノを語る。そして、それだけで夏未は十分だった。
 もう一度、部活に行きましょうと声を掛けると、円堂は静かにそうだな、と頷いて入口に向って歩き出す。途中夏未の手を取って、繋ぐ。夏未も、抵抗なんてしない。だけど、やっぱりグラウンドが近付いたら恥ずかしくて手を離してしまうだろう。それをするのは、いつも決まって夏未の方なのだけれど、名残惜しい気持ちは確かにあって。だから、今繋がれた手の熱に集中するように夏未は目を閉じた。いつもより歩くペースが緩やかな気がするのは、きっと気の所為などではないのだろう。


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きょうあすあさって、三百六十五度
Title by『ダボスへ』





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