大学進学と同時に風丸は住み慣れた稲妻町を離れることにした。通学上の問題もあったし、単に一人暮らしというものに憧れを持つ時期だったというのも理由の一つである。しかし意外だったのは、円堂も地元を離れて一人暮らしを始めると言い出したことだった。先日高校の卒業式を終え、春からは同じ大学へ進学することが決まっていて、それでも学部は違うので長かった腐れ縁もそろそろ解き時ということに風丸が寂寞と安堵を覚えていた矢先の宣言であった。
 それに対する風丸の正直な感想はというと「無理」の一語に尽きた。家事なんて一切したことがないような顔をして。というよりもサッカー以外は人並み以下な生活態度を延々と繰り返してきたくせして。中学高校と身体を動かすエネルギーをぎりぎりまで部活と特訓で使い尽くして家に帰れば酷いと玄関で眠りこけることもあった円堂だ。母親に急かされ洗濯物や弁当の空き箱を取り出すことも日常茶飯事だったというのに。けれど当の円堂はといえば、母親のようにきっちり家事をこなしてくれる存在から離れても人間そんな簡単には死にはしないという若干気楽かつ論点がずれている言葉を風丸に寄越した。進学先もサッカーで選び掴み取った円堂は大学生活もそれだけに集中するつもりなのだろう。だから、既に日常生活の家事の部分に対する関心も意欲もないのである。

「いい加減な生活してたら、体調だって崩すしサッカーにだって影響が出るんだぞ」

 尤もらしい言葉で諭そうとすれば円堂はサッカーに対して真剣に取り組むから他がいい加減になってしまうのだと言い張る。成長するに従って、生き方だったり物事に対する姿勢だったりは昔から殆ど変っていないのにこうして言葉ばかりが達者になってしまったから扱いにくい。性格が捻くれた訳ではないので、面倒を見る風丸の手間が増えたのである。言葉で動かせないから、デコピンや手刀といった物理的つっこみでもって対応し続けたのが彼の高校生活である。それでも相変わらず円堂の手綱をしっかり握ってコントロール出来るのは高校でもサッカー部のマネージャーであった秋や冬花くらいのものだろう。そんな彼女たちも、揃って円堂とは別の大学に進むらしいので、この先円堂の面倒をしっかり見てくれる人を早々に調達しないと大変なことになりそうだ。けれど、結局学部は違えど風丸は円堂と同じ大学に進むことになっているので、解けると思って手放しかけた腐れ縁という言葉故に諦めを付けて、この先も甲斐甲斐しく円堂の面倒を見ているであろう自分の姿が容易に想像できてしまうのだけれども。
 卒業式以降、大学の入学式までの少しだけ長い春休みに暇を持て余して円堂の部屋に遊びに来ていた風丸は、円堂が大学を選ぶ為に周囲の人間から手渡されて放置されていた余所の大学のパンフレットを何の気なしに捲りながら溜息を吐いた。ベッドの上に寝転がりながらサッカー雑誌を読んでいた円堂は、風丸の溜息に意識を逸らされたのか雑誌を閉じて放り出した。

「なあなあ、結局風丸は春からどこ住むんだ?大学寮?」
「いや、自分で探したとこ。寮って門限とか面倒だろ」
「うわ、風丸今から夜遊び宣言?俺先に寝てるから鍵忘れないでくれな」
「何で俺と円堂が一緒に暮らしてる風なんだよ」

 再度溜息を吐く風丸に、円堂は「ノリが悪いな」と歯を見せて笑った。こういう冗談も、高校生活三年間の中で円堂が身に付けたものかもしれない。風丸と円堂の幼馴染という腐れ縁は似たような関係性の人間が周囲にいなかったばっかりにネタとして面白がられることも多々あったので、妙な学習をしてしまった。
 物珍しさの種になるほどに付き合いの長かった、何度も訪れたことのある円堂の部屋とも暫くはお別れかと視線を巡らして、直ぐにやめた。あまり感傷的になり過ぎても、長期休暇に入り地元に戻る度に頻繁にまた入り浸ることになったりしたときに恥ずかしくなりそうだったから。
 しかし今日この部屋に入った時から気になっていたのだが、現在の状況を見る限りでは円堂はこの部屋に在る物を殆ど持ち出さないようだった。最低限の衣料品程度なのかもしれない。部屋の隅に一人暮らしの住まいに送る為の物と思しき段ボールはたった二箱しかなかった。

「――円堂はいつごろ引っ越すんだ?」
「えーと今週末。もう準備も殆ど終わってるからすることもなくってさ」
「いいことじゃないか。おばさんも俺も気を揉む必要がない」
「荷物が少なすぎて業者に頼むまでもなかったんだ。折角の引っ越しなのにちょっと詰まんないんだよなあ」
「変な所に拘ってるな」

 円堂は先程放った雑誌の近くにあった大学の入学式の案内書類を手に取って眺める。「入学式って絶対出なくちゃダメなのか」聞かれたのはたしか高校の卒業式の翌日、電話越しでのことだった。「ダメではないが、出た方が良いんじゃないか」と返せば「当たり障りのない返事だなあ」と文句をつけられたので「俺は出るよ」と簡潔な答えに差し替えさせてもらった。結局、円堂が入学式の出席をどうするのか風丸は知らない。

「円堂、入学式結局どうするんだ」
「ああ出るよ。でもスーツとか俺苦手なんだよ。ネクタイ結べないし」
「確かに制服がなくなるのはこういう時面倒くさいよな」
「でも風丸は出るんだろ」
「ああ」

 他愛無い会話を繋いでいると、風丸はベッドの下に紙が一枚潜り込みかけているのを見つけて回収する。他意はなくその紙に並んでいる文字を読み取っていく。どうやら円堂の新居契約に関する書類の様で、物件の住所欄には当然ながら稲妻町ではない別の地名が記されていた。

「……なんだ、円堂の家俺の住む所と結構近いんだな」
「マジでか。じゃあ俺遊びに行くな!」
「居座るなよ」
「………」
「何故黙る!?」

 ああやっぱり。円堂が無意識に期待している風丸への甘えを事前に拒否するなんて選択肢は彼には存在しないのだ。結局大学生になっても、風丸は円堂の面倒を見ているに違いない。これから始まる新生活に思いを馳せながら、自分の料理のレパートリーについて考えてしまう理由なんて、円堂が自分では食生活に全く頓着しないからという前提がなくては説明が出来ない。それでもまあ、悪くはないのだ。



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∴停滞が助長する


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