「フィディオって、ちょっとカズヤに似てるよね」

 アメリカ代表のジャージ姿で、イタリアエリアにやって来たディランは、むぐむぐとジェラートを頬張りながら前々から思っていたことを、フィディオ本人に言ってみた。まあ、自分のチームメイトは傍らに幼女を侍らせたりはしていないけれど。髪型とか、ポジションは違うけど、サッカーのプレーとか、結局は上手く言葉に出来ずに雰囲気が似てると曖昧な表現しか出来ないのだが。
 一方のフィディオは、既に何度か言われた覚えのあるフレーズを頭の中で反復する。ひとりのサッカープレイヤーとして尊敬に値する。フィディオは一之瀬に対してこんな認識を持っている。特別な親交がある訳では無かった。
 広場の片隅、花壇の縁に腰かけながら、隣でジェラートを無心で食しているディランに一瞥を送る。言いたいことだけ言っておいて、別に深い意味はなかったからともう自分のリアクションに興味など示していない彼の自由さに、フィディオは感心する。文句をつけるだけ無駄だと知っているから、今度はディランのいる方とは真逆の方に視線を向けると、ルシェは楽しそうに広場の中心にいる鳩を数えている。一羽が飛んで行ったり、新しく数羽降り立ってきたり、きっと正確にカウントするのは不可能だろう。だがルシェが楽しそうだったから、フィディオはやっぱり何も言わなかった。ルシェにジェラートを買ってやるべきだっただろうか、そう思った。
 昼間のイタリアエリアは賑やかだ。道行く人全てが観光気分なのだからそれもそうだろう。イタリア人であるフィディオも、自分の見慣れた祖国を模した筈の場所を、この島に来た当初は割とテンション高々と歩き回った物だ。地元では買わないであろうものを、ここでなら買ってしまったりもした。イタリアエリアのポストカードなんて、今振り返るとなんで買ったんだと自分で首を傾げてしまう。一度疑問を覚えてしまうと、すごく要らないもののように思えてしまって、でも捨てるのも勿体ないので五枚組セットにしてディランにあげた。彼からは、お返しとしてアメリカエリアのポストカード五枚組セットを貰った。何やってんだよとお互い顔を見合わせて、そうしてフィディオはディランの目の前でアメリカエリアのポストカードをルシェに譲った。彼女は嬉しそうにディランに礼を言って、フィディオには何も言わなかった。色々と、ばれているのだろうなあと察して、フィディオはルシェの咎めるような視線には気付かない振りをした。他人に貰った物を目の前で第三者に譲り渡すなんて、いけないことだよ。ルシェの言い分はちゃんと伝わっている。だからフィディオは沈黙で返す。彼は、ずるい人間だ。

「俺はイチノセには似てないよ」
「んー?似てると思うんだけどなあ」
「でもリカは似てないって」
「リカが?」
「ダーリンの方がずっとイケメンなんだって」

 広場の中央の鳩の群れに視線を送りながら、フィディオは、今度はいつかのリカの言葉を反復する。面と向かって言われた、一之瀬の方が格好良いという彼女の主観は、思いのほかフィディオの内側にしこりを残した。最初は、ダーリンって誰、と思ったものだけれど。その、ダーリンと言葉を発するときのリカの表情が、まさしく恋する乙女とか呼ばれる類のもので、不覚にも、可愛いなあとか思ってしまった訳で。彼女がダーリンと呼ぶ人間が、一之瀬一哉という割と有名人だったことを知ったのは、彼女の口からではなく、一之瀬の元チームメイトからの情報からで、リカは一度フられてしまったらしいとも聞いた。
 正直、喜ばしく感じてる自分がいて、自己嫌悪。その時もじっと自分を見上げてくるルシェの瞳を受け止めることが出来なかった。最近思うこと。ルシェって千里眼とか持ってるの、と結構マジになって訊ねてみれば、ルシェには千里眼がなんだかわからないようで、困ったような顔をされてしまった。俺が困らせてるみたいだと言えばその通りだろうとチームメイトたちからの突っ込みが相次いで、ここはアウェーかとフィディオはひとり嘆いた。
 ディランはリカが好きだった。それは勿論、女の子として。自分のチームメイトに奪われて、そのまま砕けてしまった心の欠片を拾い集める隙間に入り込むことはきっと容易いのだろうけれど、それはちょっと違うのだと、ディランはあまり賢いとはいわれない頭で真剣に考えている。好きになった子が、同じように自分を好きになってくれたらそれは当然嬉しいことだけれど、それだけが全てじゃないと思うのだ。いつかリカが、一之瀬を想っていた心を思い出にして違う誰かと新しい恋を始めて恋人という関係を築いても、自分はリカを好きでいられるような、そんな気がしている。その時は、女の子としてよりも、人間として彼女のことが好きだと言えるだろう。でも今は、リカはフリーの身なのだからと、ディランは彼女に挨拶のハグもお別れのキスも遠慮なしにするのだ。それで、一之瀬やマークに怒られる理由がわからない。リカと一緒にいるピンクの髪の少女に蹴り飛ばされた時は驚いて反射的に謝ってしまったけれど。

「リカが似てないっていうなら、似てないんだろうね」
「いやいや、もとから似てないでしょ」

 鳩を数えながら、アメリカ代表ジャージとイタリア代表ジャージを身に纏った少年二人が、顔も合わせずに似てる似てないと問答を繰り返す。ひとり除け者にされたルシェは、広場にある時計を見上げて、花壇の縁から腰をあげて衣服の埃を落とすと、一応保護者であろうフィディオに、ジャパンエリアに行ってくるねと告げた。
 この間、フィディオお兄ちゃんの試合を見に行った時に客席で仲良くなったお姉ちゃんが遊びにおいでって言ってくれたんだよ。楽しみで仕方ないと、ルシェはぴょんぴょん飛び跳ねながら事情を説明する。念のために名前とか聞いたのと問えば浦部リカ、リカお姉ちゃん!とルシェは花のように微笑みながら言った。フィディオは、世間って狭いなあと感嘆し、ディランはリカに会いに行くならミーも行くよ、とジェラートを食べた後のゴミを近くのゴミ箱に投げ込んだ。良いよ、行こうと、ルシェはディランの手を取って歩きだしてしまう。置いてけぼりを食い掛けているフィディオは、まだ打算の途中。ルシェを餌にリカと会うのって狡いのかな、狡いよな。でもやっぱりなあと、フィディオはあっさり腰を上げて前方の二人を追いかける。だってここで格好付けてきっかけは自分で用意するなんて言っても、今頃どうせリカの周りにはあの似非紳士とか、ヘタレの皮を被った腹黒狼とかもいるんだろうから。
 ルシェを挟むようにして、二人に追いつき並んで歩く。一瞬、ルシェがじっとフィディオをその大きな瞳に映したけれど、フィディオはやっぱり気付かない振りをする。男って狡い生き物だよ。開き直って、可愛い妹分であるルシェはこんな悪い男に引っ掛からなければいいなあと思った。じゃあリカはって聞かれたら、それはまあご愁傷さまってことでひとつ。


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アホウ鳥の恋だ
Title by『ダボスへ』




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