剣呑な瞳で射られても、どうせ死に絶えはしないのだと知っている。どうあがこうとも同じ十数年しか生きてこなかった彼は、結局自分と同じ子どもでしかないのだろう。そう自分の中で割り切ってしまえば、なんとも簡単で可愛いことだ。剣城京介という少年は、自分と大差ない子ども。空野葵はそう思う。
 授業にも真面目に出席せずに、制服すら自分達と同じものに袖を通していない彼を疎んじる輩はサッカー部以外にも大勢いる。やっかみと怯えを混ぜた視線を浴びながらふてぶてしく校内を歩く姿は流石というべきか。
 観察に似た気持ちで、葵はこっそり、でも気付かれてもまあ構わないと思いながら剣城を眺める。ぱっと見、彼は偉そうだし、嫌な奴だと思われがちだろうなと推察して、だって嫌な奴だから仕方ないなあと納得する。だけど剣城だって人間で、子どもだから、きっとそれだけじゃない何かがある筈なのだ。その何かを見つけてみたくて、葵は剣城の後ろ姿や横顔をじろじろと追いかけ回している。
 これは葵の直感でしかないけれど、自分の幼なじみと剣城は、たぶんどこか似ている気がするのだ。どこがと聞かれると上手く説明出来ないから、黙っているけれど。幼なじみの天馬は、いつからから見事なサッカー馬鹿になっていて、中学に入学してから割と直ぐにクラス中にそのイメージが浸透するほどだった。かたやサッカー部を潰そうとしたり、他人にボールをぶち当てたり、色々と品行の宜しくない剣城であるが、葵はまあ子どものやんちゃなんて度が過ぎることはしょっちゅうだろうと同い年の彼の振る舞いを擁護とは言わないが意にも介さない。

(あ、いいなあ…)

 葵に気付かず壁にもたれ掛かりながら携帯を弄りだす剣城の手元を凝視する。葵の目にはっきりと映る携帯は彼女が欲しいと思っていたシリーズの物だった。とは言え中学生になったばかりの葵に親が好き勝手欲しい物を与えてくれる訳もなく、彼女が使用しているのは親と葵双方が妥協して選んだ青いもの。大人のやりやすいようにばかり制限が付いたこの物体が、葵には少し気に入らない。別に仲の良い友達と連絡を取り合う以外の目的で使用したことはなかったけれど。幼なじみの天馬が、自分の携帯を指差してなんか葵らしいよ、と褒めたつもりでいるのも腹立たしい。名前の字面だけで好みまで判断されてはたまったものではない。付き合いが長くなっても、いまいち自分の感情の機微を察することのない天馬に、葵はもう諦めた。
 授業は出ない、部活は出ない、制服は着ない。手には自分が欲しかった型の携帯電話。剣城が携帯を弄っている姿なら、割と頻繁に目撃している。少しだけ羨ましくて、葵は剣城の頭の先から爪先まで視線を動かしながら考える。
 自分と変わらない十数年の人生の中で、もし彼が自分より大人っぽい部分があるとしたら何処だろう。何故だろう。自分の欲しかったものを、大した愛着もなさげに手慣れて使用する彼の、葵には知る由もない部分。巨大な組織から派遣されたらしい剣城は、いつまで立っても自分の日常をここに定着させようとはしない。自分の居場所はここではないと主張するように、何かと他人に牙を剥く態度からもそれは明らか。帰る場所があるならばそれも良い。だが彼は帰れまい。だって、剣城は同年代の子等より少し大人っぽいという皮を被っただけの、子どもだから。葵がつい最近まで知らなかった、大きな闇を抱えた組織の一つの駒として現れた剣城には、きっと果たすべき役割があるのだろう。そして彼の言動を見る限り、サッカー部員である自分は、たぶんその役割が果たされないままの方が都合が良いに違いない。何より、葵は大事な幼なじみが傷ついたり悲しんだりするのが嫌いだ。しかも最近では、そうやって傷ついたり悲しんだりして欲しくない人が着々と増えているのだから尚更。

「…さっきから何見てんだよ」
「……私?」
「お前以外に誰がいるんだよ」
「剣城君の隙を突いて襲ってやろうとする人って案外多いんじゃない?」
「………」

 ぼんやり考えに耽りすぎた。いつの間にか存在に気付かれて接近まで許していたとは。葵はぱちぱちと瞬きを繰り返して、でも別に隠れてもいなかったのだからと腹を括る。言い訳しようもないくらい、不躾な視線を送り続けた自覚がある。何か探ろうとしていたのかと言われればまさしくその通りだ。ただ間違っても色恋の類故の熱視線だとは捕らえてくれるな。剣城に限って、そんな心配は不要だろうけれど。
 剣城は、先程葵がそうしていた風にじろじろと彼女の全身を観察しながら視線を上下に動かす。その瞳に浮かんでいるのは興味や好奇心よりも訝しさや警戒心が先立っている。
 そんな怪しい者じゃないよ、と思うが言ってもどうせ信じてはくれないだろう。懐きの悪い猫みたいだと、葵は剣城の顔を見返す。そんな可愛いものじゃあないかと直ぐに意見を切り換える。彼の後ろ毛は尻尾に見えなくはないし、掴んだら猫同様怒るんだろうなあとは思うけれど、やはり彼は猫とは程遠い。気紛れに歩き回ることも、縄張りを主張することも出来ない剣城は、決して猫なんかじゃないのだ。大人によって見知らぬ場所に放り込まれた人間の子ども。行き先も帰り道もわからない、そんな状況を表す言葉を、葵は一つだけ知っている。

「…迷子みたい」

 ぽつりと小さく漏らした言葉は、幸い剣城本人の耳には届かなかった。不愉快そうに寄せられた眉は今日対峙してから一瞬も解かれないまま。
 一度迷子のようだと思ってしまうと、もうそうとしか思えない。誰にも彼にも噛みつく問題児、剣城京介は、実は進むも退がるもままならない迷子だったのだ。そう考えると、可愛いかもしれない。面倒見はいい方だと自覚しているから、困っている相手がいるなら放っては置けないのだ。尤も、目の前の剣城から助けて欲しいなんて雰囲気は微塵も感じられないが。

「剣城君、部活おいでよ」
「ああ?」
「そんで、サッカーしたくなければベンチに座ってればいいよ。休憩しよう」
「んなことするくらいならさっさと帰るに決まってんだろ」
「帰れないくせに、」

 何をどう思い込んだのか、やたらと強気な葵の物言いに、剣城は益々彼女を怪しい女だと感じる。目の前の葵は行き方が分からないなら連れて行ってあげるよ、と微笑みながら剣城に向かって手を差し出してくる。気に喰わなくて、その手を叩き落として彼女を無視して歩き出す。
 厄介な女に捕まった。剣城のこの直感は大正解で、彼はこの先世話好きな彼女に構い倒されることになるのだが、それはまた別の話だ。



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人懐っこいナイフ
Title by『にやり』





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