※教育実習生半田(豪夏←半←夕前提)
※七夕ネタ

 自分が実際に中学時代を過ごした学校に教育実習に来て見ると、あの頃と変わらないと懐かしむことだったり、あの頃とは変わってしまったなあと実感することが多々ある。例えば、七夕に巨大な笹を数本用意して生徒も教員も総出で短冊を吊るすなんてことは、自分が学生だった頃にはまずなかった行事だ。若い男性というだけで力仕事に駆り出された半田は笹を固定する係にカウントされて、授業のない時間も見事に働かされた。一体どこで仕入れて来たのやらと疑う丈の笹を縄で結んで固定する。作業を終えた頃には、もう昼休みに差し掛かっていた。もしかしたら、早い生徒はもう短冊を吊るしにやって来るのかもしれない。

「半田さん!」
「!…ああ、夕香ちゃんか」
「頭に葉っぱ、沢山ついてますよ」
「さっきまで笹を固定する作業してたから。あと、学校では半田先生ね」
「ちょっと屈んでください」

 もはや、半田と夕香が顔を合わせる度にお決まりとなっている会話。昔の慣れで未だに半田をさんづけで呼ぶ夕香と、教育実習生という立場を尊重して欲しい半田。大学生活も後半を迎え、社会に出ることを現実問題として身近に感じ始めた半田と、まだまだこれからも学生として青春を謳歌していく夕香。横たわる年齢差は埋めがたく、半田は彼女を形容するにあたり「幼い」という印象を抜くことは出来なかった。何より、夕香は、自分の同級生の妹なのだから、それが当然とも言えた。一方、夕香は半田が自分を如何に幼い存在として認識しているかを知っていた。その枠に自分を留めておこうと躍起になっていることも知っていた。それが自分の兄が彼と同級生だったことに起因していることも、何となく。
 腰屈みになった半田の頭に着いた無数の葉っぱを取り除きながら、夕香は考える。実習生としての立場を保持しようとする割には、半田は自分を近づけ過ぎていると。それが、もし呼び方一つで安全圏が確保されると思っているからなのならば、大きな間違いだ。いつだって夕香に優しい半田はいつだって逃げ腰だった。だって半田は、どうして夕香が半田に先生を付けたがらないのか、その理由をちゃんと知っていて、だけどそこには触れないで、大人ぶって、半人前教師の仮面を被って彼女を諌めるのだから。
 夕香は半田が好きだった。いつからとか、きっかけはもう忘れてしまったのだけれど、好きだった。幼さ故に甘やかされてきた環境と、無知ゆえの衝動は、抱えた恋を秘めることをさせなかった。ぽろりと溢れて来た気持ちを引き戻すことは出来なかった。当の、子どもとはいえ女性から思いの丈を切々と訴えられた半田は、ぽかん、と間抜けな顔をしたきりで、何のリアクションも寄越してはくれなかったけれど。
 半田が教育実習生としてこの学校に戻って来てから、これは夕香の前だけじゃないのだが、よく懐かしいなあと言葉を漏らす。自分がリアルタイムでこの場所で過ごしていた頃に記憶ばかりが立ち帰り、少しだけ遠くを見つめながら彼は昔を慈しむ。そんな半田の横に駆け寄り並び歩きながら、夕香も昔を懐かしむ。半田と出会ったばかりの頃。それはきっと、彼が今自分の隣で振り返っているのと同じ頃だ。こうして隣に並んでしまえば、手を繋ぎたいと要求することさえ、簡単だったのに。今となっては、えらく困難となってしまった。なまじ自分の恋心を伝えて明確な返答を貰い損なっているだけに、半田には自分を避ける心構えと理由がある。それが凄く、夕香には歯痒かった。
 思い通りにならないことばかりだから、夕香は少しだけ学習して、一歩引いて物事を眺めることも必要だと知った。だからそうした。そうして気付いた。半田が時折、自分を見ているようで、その先に誰かを見つけようと目を細めることがあることに。それから暫く、夕香はじっくりと半田の振る舞いを眺めた。突き詰めた所で、自分に都合の良い情報が出てくるなんてちっとも思えなかったけれど、知りたかったし、きっと知らなければいかなかった。半田への恋を、諦められないのならば、尚更。
 やがて夕香は理解した。半田は、夕香のずっと向こう。彼女の兄である豪炎寺修也の隣に立つ女性を、ずっと探しているのだ。夕香も慕う、雷門夏未という女性を、或いは、彼の中では少女のままなのかもしれない、その人。学習したつもりだったのに、夕香はまた迂闊にも口を開いた。半田さんは夏未お姉ちゃんが好きなの、と。自分の告白は曖昧に濁して流したくせに、半田は一瞬苦い顔をしただけで、あっさりと頷いた。そして、ぽつりぽつりと聞かせてくれた。中学時代、夏未のことが好きだったこと。告白するつもりは最初からなかったこと。いつのまにか、夏未の隣には豪炎寺がいて、お似合いで張り合う気すら起きなかったこと。自分の実らない気持ちを受け入れた筈なのに、いつまで経ってもこの恋を終わりにしてやれないこと。沢山のことを、話してくれた。夕香は、やはり自分にとっては何も有利に働かない話を聞きながら、少しだけ嬉しかった。半田の中にずっと仕舞われていた本音を、わずかであったとしても彼は自分に見せて触れさせてくれたのだから。

「半田さんは、短冊もう書きましたか?」
「先生ね。まだだよ」
「なんて書きます?」
「そうだなあ、この実習が無事終了しますように、かな」
「……世知辛いですよ、それ」
「悪かったね。夕香ちゃんは?」
「ふふ、秘密です。女の子ですからね」

 何だそれ、と呆れた顔をする半田は、夕香の短冊の内容を深く問い詰めたりはしない。単に興味がないからか、子どもが仕掛ける駆け引きには乗らないだけか。ただ、「半田さんが私のことを好きになってくれますように」とだけは書かないから、安心してくれて良い。最初は、気紛れに、だけど一番の願い事を素直に書き綴ってみようかとも考えたが、やめた。自分で努力して、認められなければ意味がない。
 半田の髪に着いていた葉っぱを取り終えると、彼は短く礼を言う。どういたしまして、と答えながら背筋を伸ばして普段通り自分を見下ろす形になった半田の顔を見上げて、夕香は内心でやっぱり好きだなあと実感する。どこがと聞かれれば纏まらないし、見込みあるのかと問われれば眉を顰めて俯くけれど、そのどれもが諦める理由にはならないから、こうして彼を追いかけている。年の差だとか、彼の淡い恋の残像だとか、夕香の恋には割と障害も多いけれど。一年に一度しか会えない織姫と彦星よりはまだマシかなあと思えるから、これからも自分は半田を好きでいるのだろうと思った。


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これは私の戦争です
Title by『ダボスへ』





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