※十年後・×GO時間軸

 仕事の都合が合えばね、そんな言葉を頻繁に使用するようになったのはいつからだろう。社会人一年目だった去年はまだ仕方ないと思った。学生として、まだ子どもであったのが大人として社会に出て行くのだから忙しくて当然だとも割り切っていた。だけど、社会人二年目になっても夏未の忙しさは全く緩む気配を見せなかった。親の仕事を継ぐのは夏未が小さい頃から当然と思ってきた道だった。自分の夢を押し殺していた訳でもなく、手伝いと称して、中学生の頃から本格的な業務にも手を出して来た。だから、雷門中の理事長に就任することに夏未はなんの抵抗もなかったし、いつかはこうなるんだろうと思っていた。今までは父と手分けする形で行ってきた仕事をこれからは全部夏未一人でしなければならないのは正直しんどい部分もあったが、仕事だからと言われればそれまでで、その通りだった。中等学校という教育機関に携わる以上、生活リズムは基本的に中学生と変わりない。生徒達よりは若干遅い時間まで学校に残らなければならないけれど。そんなだったから、夏未がプライベートに裂ける時間は学生だった頃に比べ激減してしまった。当然、恋人と会う時間だってなかなか確保出来なかった。
 夏未の恋人である豪炎寺修也は、なにせ中学時代からの付き合いであるから、仕事で忙しい夏未の現状をよく理解していたし、夏未がどれだけ真摯に仕事に取り組んでいるのかも理解していたから、都合が折り合わずになかなか会う時間を確保出来ないことを寂しいとは思ってもそのことで臍を曲げたりはしなかった。豪炎寺も、実はそれなりに忙しいのだから。
 豪炎寺は、夏未と出会った頃夢中になっていたサッカーをいつからか諦めた。サッカーを好きだと思う気持ちは変わらず胸の内に眠っている。ただ、楽しそうにプレイする人達を外側から眺めていられるようになった。悔いもなく、豪炎寺のサッカーと歩む日々は燃え尽きた。そうして、自然と医者を目指すようになった。サッカー推薦で通った高校から、医大に現役合格した時の周囲の驚きは今も忘れない。夏未だけは驚きもせずにおめでとうと祝ってくれた。あの頃から、二人は変わらず恋人という枠に収まっている。医大生である豪炎寺は、まだ学生だった。大学六年生。留年もせず、成績優秀な生徒として豪炎寺は通っている。大学を卒業しても、研修期間へと続いて行く自分の将来を考えて、やりがいは感じるがますます多忙になって行くのだろうと思うと、若干の焦りを覚える。恋人を大事に思う。だけど、それは自分の選んだ道をないがしろにしてまで相手に傾倒することでは無かった。それは豪炎寺も、夏未も同様で、真面目すぎるとも、周囲の人間からは言われた。でも、出会った頃から二人はこんな感じだったから、今更だった。一人ではとても立ち続けられないけれど、自分の進むと決めた道を、背筋を伸ばして凛と見据えて進む姿に、お互いが惹かれ支え合うことを選んで来たのだから。

「私がこんなこと言うのはずるいのでしょうけど、忘れられたら寂しいわ」

 直接会うことはなかなか出来ないからと、自然とメールや電話の回数が増える。恒例となりつつある寝る前の、短い通話の中で夏未がぽつりと漏らした言葉。このまま、全く会えないままずるずると時間が流れて、毎日ように隣にいて笑い合った日々も遠い過去の思い出として流れてしまったらどうしようか。夏未は最近、ふとした時にそんな妄想に取りつかれて怖くなる。弱気な思考に捕らわれるのは決まって疲れているからなのだとわかっている。疲れていても仕事は待ってはくれないから、しっかりと休息は取らなければならない。少女漫画みたいに真夜中に寂しいと言ったら会いに来てくれる恋人なんて、夏未はいらない。豪炎寺だって自分の夢に向かって日々邁進している最中だ。ただ目的地に着くのが、夏未の方が少し彼より早かっただけのこと。
 通話口の向こうで、豪炎寺は沈黙を守っている。やはりずるい言い方だったと、夏未は苦笑する。この程度で何かが壊れる程、安い関係では無いと自負している。それでも、自分の言葉の一つ一つを無碍に扱わず真剣に受け止めて考えて言葉を返そうとしてくれる豪炎寺の変わらない真面目さが、夏未には愛しくてたまらない恋人の一部分なのだ。

「…夏未、俺はお前を忘れないし、覚えているからこそ今だって寂しいと思ってる」
「そう、…そうね。貴方の言う通りね」
「今はお互い時間を工面するのも難しいから、顔を見ることも楽じゃないけど」
「………」
「いつか一緒に暮らしたり、結婚したいと思ったり、そういう想いとか、付き合いの形とかが変わるまで、…変わっても俺はお前を忘れないで、ずっと想っている自信があるぞ」

 さらりと、将来を約束するような発言を落とす豪炎寺に、夏未は二の句が継げない。昔から、予想外のタイミングで人を照れさせる大胆な言動をする所があったけれど、こればかりは何年経っても夏未は馴れることは出来なかった。きっと、今も豪炎寺は電話越しにいつも通り何食わぬ顔をして自分の返事を待っているのだろう。照れる理由が分からないと言いたげに、豪炎寺はいつも夏未の内側の大部分を独占して離さないのだ。

「貴方がプロポーズみたいなこといきなり言うから、眠気がどこかに行っちゃったわ」
「プロポーズはちゃんと面と向かって言うさ。大事なことだからな」
「…!だから貴方はどうしてそうなのかしら」
「夏未?」
「……もういいわ、おやすみなさい。大好きよ、豪炎寺君」
「ああ、おやすみ。夏未」

 通話を始める前に比べて、確実に熱くなっている頬に手を当てながら、夏未は携帯の電源ボタンを押した。急に無音になってしまった自分の周囲を見渡しながら、また明日も一日頑張ろうと意気込んで、ベッドに横になる。明かりを消して、最後に携帯の通話履歴を開く。恋人の名前で溢れ返ったそれを眺め、夏未は小さく息を吐いて微笑んだ。案外、繋がっているものだと気付いたから。大人になるにつれて、会うというたった一つさえ簡単には出来なくて、だけど、いつかきっと来る、豪炎寺が自分にプロポーズしてくれる未来なんかを想像しながら日々を過ごすのだって、そんなに悪くない。そんな風に思いながら、夏未は目を閉じる。今日は、なかなか寝付けないかもしれない。


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言葉に参らずにはいられないのです
Title by『ダボスへ』




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