※拓茜←蘭
※微注意


 痛い、そう小さく呟かれた茜の声は、息苦しさからか、寝起き故の喉の渇きからか少し掠れていた。茜の腹に馬乗りになっている蘭丸は、手首も拘束されて身動きの取れない状況に追い込まれても抵抗らしい抵抗を見せない彼女の様子に苛立ち始めていた。危機感のなさを、茜を危機的状況に追い込んでいる自分が指摘して良いものかと疑問にも思うが、自分が男で彼女が女である以上、この状況は嫌がって逃げるのが正しい。逃げられないように拘束しているのだけれど。
 蘭丸に女として貞操に対する意識の低さを心配されている茜は、ぽつぽつと今の自分の置かれている状況を理解する為に時間を振り返る。はっきりしない意識の狭間、蘭丸が介入する状況など、なかった筈なのだ。
 生理二日目を迎えた茜は、朝からあまり体調が優れなかった。激しい腹痛に、真っ直ぐ立っていることすら困難だった。薬を飲んでも改善されない症状に、二日目だけだからと妥協するよりもこれだけは女として生まれて来たことを悔やまずにはいられない。教室にいても友達に要らぬ心配ばかりを掛けるからと、茜は今日は保健室に世話になろうと決めた。初めてでもないことだから、保健医は茜が顔を出すと直ぐに彼女にベッドで横になるよう勧めてくれた。礼を言って、ベッドに潜り込む。鎮痛作用は少しも浸透しないが睡眠促進作用は徐々に効果を見せ始めて、茜は直ぐに眠気に誘われた。起きたら、少しは痛みが引いていることを期待しながら、瞼を閉じた。そこで茜の記憶は一度途切れた。次に目を開いた時には、蘭丸の顔が視界いっぱいに迫っていて、茜はさっぱり理解出来ない状況に目を瞬かせるしか出来なかった。

「…先生は?」
「午後から出張だってさ。さっき出掛けた」
「もう、午後?」
「昼休み」

 漸く絞り出した質問への返答は、なんともそっけないものだった。保健医がいないことを、このややこしい現場を目撃されなくて済む幸運と見るか、はたまた誰にも助けて貰えない不運と見るか。茜は一先ず、蘭丸が近過ぎて、驚きで止めていた息を大きく吐き出した。そして、少しの違和感を覚えて視線をあちこちに巡らして理解する。普段着けている制服のリボンと、シャツのボタン上二つが外されていた。リボンは、自分の左手首を押さえている蘭丸の右手に一緒に握られていた。これじゃあ益々、いけないことをしようとしているみたいだと、茜はじっと蘭丸を見据えた。彼は、目を逸らさない。

「…霧野君は、私に何をする気なの…?」
「さあ、山菜は何されると思う?」
「私の嫌がることなら、何でも」
「なんだよ、それ」

 力無く笑って見せる蘭丸に、茜は同じように笑って見せながら、内心で彼の笑顔を下手くそだと感じた。そんな泣きそうに笑うくらいなら、泣いてしまえば良いのに。どうせ、この保健室には自分達しかいないのだから。けれど。茜は直ぐに自分の考えを打ち消す。蘭丸は、自分の前では決して泣くまい。大切な幼馴染みを奪った女の前で、寂しいなんて泣いたりはしないだろう。神童拓人と山菜茜は、恋人同士だった。

「…シン様、」
「……!」
「私、シン様が好きです」
「今更何、知ってるけどそんなこと」
「ごめんなさい」
「……」

 貴方の大切な人を、奪ってしまってごめんなさい。掠れる程に弱々しく、それでもしっかりと茜の言葉が蘭丸の耳に響く。ごめんなさい、そんな謝罪は、蘭丸が今一番欲しくなかった言葉だ。何より、蘭丸は茜に何一つ奪われてなどいないのだから。確かに神童拓人は蘭丸の幼馴染みでとても大切な友人だ。だけど、その友人に彼女が出来たから一体何だと言うのだろう。寂しいなんて、相変わらず部活でも教室でも顔を合わせてサッカーの話ばかりしている人間に抱く感情ではないだろう。自分を、神童拓人を取り巻く人間の一人としか認識していない茜だから、こんな頓珍漢な結論に行き着いてしまうのだろう。そう思うと、彼女に盲目的な一途さで慕われている拓人が羨ましくて、何とも思われていない自分がいやに惨めに感じられた。だって、蘭丸は茜のことが好きだったから。寂しいのは、茜が拓人に取られてしまったからだ。だからといって、当然拓人にごめんなさいなんて言って欲しい訳じゃない。そんなことされたら、友人関係すら断ち切りたくなるレベルで蘭丸は彼を軽蔑するだろう。最初から、この恋の結末なんて分かりきっていたのだから。
 それなのに、保健室で休んでいた茜に、こんな強姦寸前な振る舞いをしている理由を、蘭丸は上手く自分にも説明してはやれない。言い訳もまだ繕えない。たぶん、衝動だったのだ。朝から、茜の具合が悪そうなことには気付いていた。朝練でのマネージャー間の会話のやりとりから生理痛なのだとも知った。拓人は、気付いていないようだった。些細なことかも知れない。だが、蘭丸はがっかりした。こんな、自分の付け入る隙を残した付き合い方の、二人に。もしかしたら、と昼休みに向かった保健室で、茜は案の定眠っていた。少しだけ悪い顔色と、規則的に上下する胸をじっと眺めながら、蘭丸の中で何かが切れた。これが、最初で最後の戯れ。そう決めて、彼女の上に跨った。タイミングよく目を覚まして、手酷く罵って軽蔑でもしてくれれば、それで終わる。実らない恋に振り回されるくらいなら、友人としての絆だって要らなかったから。

「…やってみる?」
「何を…?」
「山菜が嫌がること、全部」
「霧野君はそれをしたい?」
「さあ?」

 茜は、結局微動だにしない。拓人のことが好きだと言った彼女に、自分がしようとしていることの愚劣さを、頭の片隅ではっきりと理解しながら蘭丸は思う。これでヒーローみたいに拓人が駆けつけて来て彼女を自分から救い出したのなら、それもある意味本望だ。けれど彼が職員室に呼び出されたことを知っていて、その隙にこんなことをしていることを鑑みれば、自分の本望はやはりこっちなのかもしれない。茜のシャツの三つ目のボタンに手を掛ける。必然的に片手が自由になった茜はやはり抵抗しない。ただ、悲しげな表情を浮かべるばかりだった。

「ごめん、やっぱいい」

 ぽつりと呟き、既にはだけて露わになった茜の胸元を隠すようにシャツを握り締める。これ以上は、進めない。そう思った。それは、蘭丸が茜のことを本気で好きで、今もその気持ちが揺らがないから。そして彼女が大切な幼馴染みの恋人だから。でもそれ以上に、彼女の血液で赤く滑っているであろうショーツの中に手を突っ込む勇気がなかっただけだ。自分の臆病さを嘲りながら、いつか自分の幼馴染みは血まみれとも厭わずに彼女の隠された部分に遠慮なく触れるのかと想像したら気持ち悪くて、蘭丸は今すぐに彼女の隣にある空きベッドにうずくまってしまいたくなった。



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密やかに戯れる異端分子
Title by『オーヴァードーズ』





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