ぽたぽた、ぽたぽた。しゃがみ込んだグラウンドの隅で、冬花はひとり涙する。乾いた土の上に、いくつもいくつも染みを作りやがて大きくなったそれは最終的に一つの歪な形となる。今すぐ雨が降り出して、この自分の弱虫の痕跡を消してしまえばいいのに。泣きすぎて、頭痛手前の脳みそは自分に都合のいい願望と、朝見た天気予報に基づきそんなことは有り得ないのだと冷静な判断を同時に下す。結局は、自分の瞳から落ちる雨を引っ込ませるしかないのだ。スカートに顔を押し付けて、じっと涙の引きを待つ。プリーツの乱れは今ばかりは仕方がないと妥協して、冬花はずっとひとりでうずくまっている。
 冬花はひとりでも平気だった。友達と呼べる存在は多少はいたけれど、その内のどれだけが自分を擲ってでも冬花を選んでくれるかと極端な想像をすればそんな存在は思い浮かばなかったし、冬花もそんな他人の為に自分の全てを擲ったりはしないのだと知っていた。それがいけないとは思わないし、だから友達じゃないなんて訳でもない。世界中の殆どが似たようなもので、つまりこれが一般的な友達と呼ぶものだと冬花は思っていた。自分を愛してくれる父と、そんな父を尊敬する自分。平凡で幸せな家庭。愛する家族と友達と。普遍的な存在で自分の周囲は構築されていて、それは誰もが同じこと。結局誰もが、他人に囲まれたひとりぼっちなのだと、冬花は納得して受け入れていた。それなのに。
 いつからか、どうしてか、冬花な無性に泣き出したくて堪らなくなる時がある。寂しいと思いながら、大丈夫だと偽りながら、冬花はひとりでうずくまる。弱虫を感づかれない安心と、誰の温度も感じない虚無を抱えて冬花はふらりと仲間達の輪を外れる。どうせ誰も気付かないでしょうと、自嘲なのか、言いがかりなのか、それは冬花自身よく分かっていないことだった。

「おい、」
「……!」

 自分の鼻を啜る音しかなかった場所に、突然聞き覚えのある声が介入し冬花を呼んだ。びくりと肩を揺らしてのろのろと顔を上げる。初めは逆光で黒い影としか認識できなかった相手が冬花と高さを合わせるようにしゃがみ込んだことで漸くはっきりとその姿を確認出来た。声と同時に脳裏に浮かんだ通りの、その人だった。

「不動君、」
「また泣いてんのかよ」

 取り繕いようのない跡を頬や目尻に残している冬花は、泣いていた事実をどうにも否定しようがなかった。また、とわざわざ付け加えられている言葉は、冬花に少しの疑問をもたらしたが、こうして一人泣きじゃくるのも初めてではないのだから、もしかしたら今までにも不動に見られていたのかもしれないと思い直す。だとしたら、情けなくて、悲しくなる。恥ずかしくはないけれど。
 不動は、躊躇いもなく冬花に手を伸ばして前髪を掬った。前より露わになった表情をまじまじと眺めながら不動は何も言わない。不動を捕らえているのか、涙でぐらぐらしている冬花の瞳はどことなく虚ろだった。

「ばっかじゃねえの」
「………」
「何ひとりで泣いてんだよ」
「不動君は泣きたいときに誰か誘って泣くの?」
「…そういうことじゃねーよ」

 意味が分からないと、冬花は不動を相変わらずぼんやりと見詰める。不動は埒があかないと忌々しげに冬花を見詰める。冬花はそれを、敵意とは感じなかったけれど、でも穏やかじゃないものだとは思った。優しくない手付きで、ジャージの袖口で冬花の涙を拭う不動は、正直冬花がこんな手の掛かる子どものような一面があるとは思わなかった。
 自己主張の少ない、よほど譲れないことがなければ多数の意見に従うことを厭わない。それが、不動の冬花に対する端的なイメージだった。尤も、自分達の出会った場にあったサッカーで全てを捕らえるならば、マネージャーとはみんなそんなものだとも思えた。ふわふわと漂いながら微笑んで日々を過ごす冬花が、いつからか一人グラウンドの片隅でうずくまり泣いていることに、不動は気付いていた。だからといって、駆け寄って理由を尋ねてやるのはどこか違う気がして、何より自分のキャラじゃないとわかっていた。きっと、冬花は泣きたいから泣いているのだと思った。明確な理由などなく、ただ自分でも止めようがなく涙が溢れるから、一人で泣くしかない。不動は少しだけ、そんな冬花の気持ちが分かる。ただ彼の場合、訳もなく泣くのではなく訳もなく周囲にある全てに苛ついて仕方なくなる。だから自分の周りに大切なものなどない方が安堵する。傷つけるかもなんて仮定に怯えながら生きるのは、きっと面倒だ。
 そんな、自分と似ているようで、だけど誰も傷付けず、自己の内側だけに淡々と何かを溜め込んで行く冬花を、不動はやはり女なのだと感じる。泣けるという事実自体が、見栄っ張りな不動にはそう感じさせるのだ。
 だから、不動は冬花の涙を拭ってやらなければいけないと思った。今日、泣いている冬花を見つけたのは本当にただの偶然で、近付いてみたのだってただの気紛れだった。それでも、目の前で女の子である冬花が泣いているのなら、男の自分がそれを拭ってやらなければなるまい。そんな、変な思い込みが不動にはあった。

「…不動君、あんまり優しくすると好きになるよ?」
「言ってろよ」
「……意地悪だね」
「知ってる」

 そんな妙な思い込みをしている不動だから、冬花のおよそ質の悪い冗談だって鼻で笑って流してやった。相変わらずの下手くそな手付きで拭う冬花の目元から、涙が乾いて落ちなくなるまで、他愛ない軽口を重ねながら、不動は冬花だけの男の子なのであった。



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距離感が掴めない日
Title by『にやり』





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