杏は昔から何かしら新しい服や靴を手に入れると直ぐ身に着けたくなる質だった。そしてそのまま走って晴矢に見せびらかしに行くのである。
晴矢というのは女心以前にデリカシーそのものが欠如している節があり、毎度毎度杏の機嫌を損ねる言葉をチョイスしては杏に叩かれ、茂人に注意され、ヒロトには困ったように笑われ、風介には鼻で笑われるのだ。そして女子は寄ってたかって晴矢を責めるのだから、いくら気の強い晴矢だってまだ幼かったのだし、一斉攻撃を浴びたらそれなりに怯む。
その内、晴矢は自分のどの様な言動が杏を怒らせているのかを理解出来ないまま、彼女が自分の下に駆けてくる気配を感じると無意識に逃げ出してしまうようになった。
杏は勿論不満だったが、当時の彼女は誰に、よりも褒められる、という方に重点を置いていたらしく、茂人や周囲の女子が新しい服や靴を似合っていると褒めてやればそれなりに上機嫌を保っていられたのである。
それが、小学生の低学年辺りの話である。


「何で今更そんな昔話が出てくるんだよ」
「キミの無神経さの歴史を紐解いてるんだよ」
「だから何でだよ!」
「うわ、晴矢まだ動かないでよ」
風介の不躾な言葉は晴矢の機嫌を損ねるのが得意だ。晴矢の手当てをしているヒロトの注意でこの場は軽く収まるが、全く物騒な二人である。

お日さま園の共同リビングで、ヒロトと風介が鬼道に録画して貰ったサッカーの海外リーグのDVDを観ているとき、玄関からバタバタと慌ただしい音がした。
風介はうるさい、と眉を顰め、ヒロトは姉さんがいたら怒られちゃうよ、と首すら動かさずテレビに見入っていた。
そしてすぐさまリビングの引き戸がすぱんと開かれると流石に二人とも其方を見た。そこに立っていたのは、髪の毛の色程ではないにしろ見事に頬を赤く腫らした晴矢だった。

「…おかえり?」
「おう、」
「今日は蓮池と出掛けるんじゃなかったのかい?」
「…帰ってきた」
「喧嘩別れ?」

晴矢に声を掛けながら救急箱どこだっけと腰を上げるヒロトとは対照的に、風介はリモコンで晴矢に気を取られて見逃した場面分の巻き戻し操作を行い停止ボタンを押す。ほら、晴矢座りなよと促すヒロトに素直に従った彼の頬を冷やしながら、内心ヒロトと風介の心情はどうせ晴矢が杏にまたデリカシーの無い言動をして怒らせたのだろうという見解で一致していた。


晴矢と杏は、休日を利用して一緒に買い物に出掛ける約束をしていて、実際に出掛けていた。
学校の昼休み、机で行きがけに購入した雑誌を広げながらこれが可愛いあれも可愛いと連呼していたのを晴矢も覚えていた。
どうせ荷物持ちだろ、とは思ったが杏もノリのいい性格だから帰りにゲーセン位には寄れるかも、と軽い希望も持っていた。
晴矢にとって杏の買い物は量ではなく時間が問題だった。
決めた予算内で悔いのない買い物をするのだと、杏はいつも何度も何度も同じ店を行ったり来たりする。それが晴矢には退屈なのだ。仕舞には女の店員に彼氏さんはどう思います?なんて振られた時の気まずさったらない。

「今日はもう買うもの決めてるから直ぐよ!」
「本当かよ?」
「そ!ワンピース!」

もはや常連中の常連となった店に足を踏み入れれば杏は迷いなく店内を進んでいく。なる程、これなら直ぐ済みそうだ。杏の後を追いながら、一応試着してくるから待っててという言葉に軽く頷いて此方に寄ってくる店員との距離を測る。
暫くして試着室のカーテンが開き、晴矢、と呼ぶ声がしてそれに釣られて声の方を見る。
杏は試着したワンピースをどう?と感想を求めてくる。
晴矢には杏がこのワンピースの何処を気に入って購入する気になったのか分からない。だがこのまま無言を通せば確実に杏の機嫌を損なうだろう。だから、晴矢は思った通りの言葉をさらりと口にしてみせた。

「可愛い」

晴矢の言葉を聞いた杏の口から、え、と驚きの様な、呆然の様な声が漏れる。そして次第に頬を真っ赤に紅潮させたかと思うと、思いっ切り晴矢にビンタを繰り出した。
今度は晴矢がは、と零し一瞬意識が真っ白になる。次には杏は光の様な速さでカウンターに向かい会計を済ませ、走って店から出て行ってしまった。呆然と立ち尽くす晴矢に店員が大丈夫ですかと声を掛け、漸く我に帰った晴矢も全力疾走でお日さま園に帰宅したのである。


晴矢の話を聞き終え、手当ても終わったヒロトは昔のように困ったように笑う。

「……晴矢が悪い」
「何でだよ!?」
「だって…ねえ、」

何年経っても女心を理解しない晴矢に溜息しか出ない。
風介は一言、面倒臭いと呟いてDVDの再生ボタンを押した。どうせ夕飯までには仲直りしているのだからそう騒がなくとも良いのだ。
彼の確信通り、夕飯の席で次の外出予定を立てている晴矢と杏に、ヒロトは微笑み風介は呆れの言葉を漏らすのだ。



―――――――――――

愛を歌う下手くそなふたり
Title by『にやり』





第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -