※一リカ←塔子


 今まで見たこともないような幸せそうな笑顔で一之瀬と付き合うことになったと報告してきたリカに、あたしは反射的にただ「よかったじゃん」とだけ返した。

――よかった?一体、何が?
 
 一之瀬は狡い。リカに振り回されるフリをしながら実際リカを振り回して傷付けてきたのに最後にはあたしの大切な彼女をその腕に閉じ込めてしまえるのだから。
 一之瀬はきっと知らない。リカがあんたを想って、いつもにこにこ笑いながらその裏では笑顔と同じくらい泣いていたことを。そしてその涙するリカのそばに寄り添って来たのはいつだってあたしだったってことを。ひょっとしたら気付いていたのかもしれないけれど、それならもっと性質が悪い。自分を想って泣いている女の子がいることを知って無視していたってことだろうそれで拒み続けるならばそれは一つの答えとして誠実にだって成りえたかもしれない。けれど実際訪れた結末はこれまでの一之瀬のリカへの態度からは真逆の物だったからあたしの腑に落ちない気持ちは一向に解消されないままなのだ。

「塔子さん、」

 突然、いやもしかしたら考え事をしていたあたしが気付かなかっただけで何度も呼ばれていたのかもしれないけれど、あたしを呼んだのは秋だった。
 「一之瀬君知らない?」と呟かれた瞬間、あたしは反射的に秋のジャージの胸ぐらを掴んでいてだけど口では「どうせリカと一緒だよ」と冷静な声色で言い放っていた。頭の中ではよりによって何で今あたしの前で一之瀬の名前を出すのだという苛立ちが広がって、それ以外にも何をしているのだと自分の非を咎める思考だって確かに働いているのにこの手は一向に秋のジャージを手放さないし謝罪の言葉だって吐き出せなかった。

――ああ、やっぱり理性よりも本能が勝つんだ。

 あたしのごちゃごちゃした整理のつかない感情とは無関係の秋にこんなことしちゃダメだって分かっているだけど一之瀬を嫌悪する根深い気持ちには抗いようが無かったのだ。どんな言い訳も、秋からすればとんだとばっちりの一言で片付いてしまうのに。

「……塔子さん?」
「あたしはっ…!……一之瀬一哉が死ぬほど嫌いだ。」

 秋に言ってどうなるでもない、だが心に抱く確かな真実を、あたしは初めて口にした。嫌い、憎い。餓鬼のあたしにはまだまだ大袈裟な表現だって使いたくなるくらい、あたしは全身で一之瀬を拒絶している。
 秋は大事な幼なじみに対するあたしの理不尽な感情の吐露をどう受け取ったのか。母のように平等な秋はあたしを咎めるでもなく眉を下げて「一之瀬君に何かされたの?」何て聞いてくるのだから笑える。秋は一之瀬があたしに何かすると思うのだろうか。
 それよりも秋はいい加減怒るべきだ。だってあたしは未だに秋の胸ぐらを掴み上げたままなのだから。

「一之瀬は、へらへら笑って、あたしの一番大事なモノを取った」
「…え、」
「でも、それはあたしの被害妄想だってことくらい、知ってる」
「塔子さん?」

 あたしはリカが好きだった。友情とか恋愛とかそんな線引きはどうでも良かった。だって好きは好きだ。
 好きになった順番や、相手を想い続けた時間が如何に恋愛や友情に於いて無関係か。あたしは何となく理解していたつもりだった。皮肉にも、一之瀬やリカを眺めていればそう実感せざるを得なかった。
 だから、仕方ない。リカがあたしを選んでくれなかったのは、あたしがリカを好きになったのが遅すぎたからとか、あたしの想いが弱かったからとかじゃない。リカはあたしを選んでくれなかったんじゃない。単に一之瀬を選んだだけの話だ。

「ごめんね」

 沈黙に落ちかけた瞬間、秋の放った謝罪があたしの鼓膜をやけに大きく震わした気がした。
 何故、どうして秋が謝るのか。そう秋の顔を凝視して訴えれば彼女はやっぱり困ったように眉を下げたまま、あたしの髪を撫でた。

「一之瀬君のこと、ごめんね」

 一瞬、秋が何を言ったのか理解出来なかった。けれど、途端にあたしの口端が歪に上げられたのが自分でも解った。
――可哀想、一之瀬は可哀想!想いを気付かれて受け入れて貰えなかったんだね。
 そんな感情が脳裏を駆け巡って、だけどリカに何も伝えずにただ一之瀬を憎々しく思っているあたしは何なのだろうと思う。
 秋があたしに謝るのはお門違いだ。一之瀬がリカを選んだってことは、もう秋への気持ちにはケリをつけた筈なのだから。秋が一之瀬の気持ちを受け入れてくれていたら、その仮定を選ぶならあたしは秋に謝られる正当性を得るのか。きっとその時はリカを選ばない一之瀬を責めるのだろう。
 簡単に想像できる自分の幼稚な理不尽さに、もはや嗤いしか浮かんでこない。
 お門違いに一之瀬を恨むあたしと、お門違いにあたしに謝る秋。母親みたいにあたしを撫でる秋と、秋の胸ぐらを掴み上げているあたし。端から見たらどれほど奇妙な光景なんだろう。
 泣きたくなくて、無意識に噛み締めていた奥歯がギリっと音を立てる。優しい秋の残酷さはきっとあたしの行いを咎めない。だからあたしは泣きたいけど泣かない。そして一之瀬を憎むことだって止めない。
 あたしが願うことはいつだってリカが笑っていてくれることだったのだから。もし一之瀬がリカを泣かせたら、それが嬉し泣き以外なら問答無用でリカと引き離してやる。そんでもって秋に告げ口してやろう。
 それがどれだけ無意味なことか、残念ながらあたしはとっくに理解しているけどね。


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所詮はわたしひとりの
Title by『彼女の為に泣いた』







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