※妄想捏造の塊。
※拓人←茜で茜+天馬



「シン様って、本当に素敵…」

 そううっとりと呟きながら、茜は拓人にピントを合わせてシャッターを切る。中学生が日常的に身に着けるには、若干不自然な気もするカメラを、彼女は朝登校する時も夕方下校する時も肌身放さず身に着けている。よほど大切なものなのか、それは誰にもわからない。ただ、そんな彼女のカメラの被写体と言えば専ら神童拓人、その人だけである。
 今日も今日とて、茜は拓人をそのカメラに収めては感嘆の息を吐く。そんな彼女の隣で、天馬は興味深そうに彼女の手にしたカメラを見つめていた。

「キャプテンを撮ったんですか?」
「ええ、そうですよ」
「わあ、見せて下さい!」
「駄目」

 体を捻って、天馬に背を向けて彼の視線からカメラを隠す。これは、拒否の意思表示だ。今撮った写真、これまで撮った写真、これから撮るであろう写真。どれも、彼には、彼だけではなく他の誰にも見せたくなかった。天馬は純粋に、写真を見たがったのだろう。被写体に拘わりなく、自分の目の前で撮られた写真に興味を示しただけ。でも、駄目だ。
 茜は、神童拓人しかこのカメラのレンズに映してこなかった。このカメラに閉じ込めた一瞬が、ただ拓人に憧れるしか出来ない茜が唯一、自分だけの拓人を手元に残せる手段なのだ。唯一、その甘美が彼女の中に独占欲を生み出す。憧れと恋は、凄くよく似ている。焦がれて焦がれて立ち竦んで。自分が拓人に向ける感情を、恋ではないと、どうやって否定出来ると言うのだろう。あと一歩、自分で認めてしまえば良い。そんな気持ち。

「どうして駄目なんですか」
「駄目だからよ」
「そんな意地悪ひどいですよ!」
「ひどいのは貴方よ」

 普段、穏やかな茜の瞳が、一瞬で剣呑な色を帯びて天馬を射抜く。怒気も嫌悪もなく、茜は天馬を責めている。茜の纏う静かな剣幕に呑まれてしまった天馬は、意味もわからず瞳を見開いて瞬く。彼女の機嫌を損ねるようなことを、自分はしたのか。察しようにも、今自分が怒られているのか、彼女が怒っているのかも分からないのだから、謝罪だって出来ない。
 茜の目元は、いつものように優しげで、だけど瞳は冷たい。涼しげに微笑むように緩められた唇が、すう、と息を吸い込んだ。

「新入生風情の貴方が、何をどうしたらシン様に気に入られるっていうの?良いわよね、下手くそでも、男子とゆうだけで貴方は其処に行けるのよ。シン様の隣にね。私には無理なのに。遠くから眺めるだけなのに。カメラなんて道具に頼らなければ私がシン様のそばにいれた事実なんて霞んで消えてしまうのよ。だってシン様は私のことなんてこれっぽっちも気にしていないんだもの」
「え、あの…」
「わかってるわよ。八つ当たりなの。お門違いよ。でも、貴方と私、どちらがシン様の近くにいるかと考えるとね、私が貴方に勝ってるものなんて一つもないのよ。羨ましいの。サッカーをしてるシン様が大好きよ。でも私にはサッカーが出来ないの。貴方は、まだまだ未熟だろうけど、それでもサッカーが出来るでしょう。それだけで貴方は私を打ち負かしたの。信じられる?私、貴方より沢山シン様のこと知ってるつもりよ。知ってるの。だってずっとずっと見てきたんだもの」
「……キャプテンのこと、好きなんですか?」

 きょとん、と天馬は茜の膨大な言葉に怯むこともなく切り返す。正直、膨大過ぎて理解は出来ていない。わかったのは、自分と、彼女と、それからキャプテン。彼女は、たぶん、キャプテンとの距離が遠いのが悲しいのだと、天馬なりに分析した。自分を羨ましいと思っている。理由は、キャプテンの近くだから。たぶんこんな風に、茜が発した言葉の多くを削ぎ落として、天馬は茜の本音に手を伸ばした。怯むのは、茜の番だった。憧れと恋を曖昧に混ぜてそこに甘んじていた筈なのに。自分の天馬への物言いは、ただの嫉妬ではないか。

「…好き、よ」
「俺もキャプテンが大好きです!」
「それは、」
「まだ2年生なのにキャプテンで、ゲームメイクも出来て、それから…えーっと、他にも色々!」

 それは違うのだと、そうではないのだと訂正する必要はない。天馬の好きも、確かに好意の一つの在り方だ。憧れや恋よりも、尊敬と称するのが相応しい。そしてやはり、自分のこの気持ちは恋なのだと、茜は思う。天馬の言葉に、自分との差異に安心した自分がいた事実を無視することは出来ない。
 一緒ですね、と。何も知らない天馬は無邪気に笑っている。その無邪気さの内側に、一途な願いと決意があることを、茜はなんとなく知っている。この雷門でサッカー出来る喜びを、天馬はよく周囲に分かるほどに溢れさせているから。

「……天馬君、」
「はい!…うわっ!?」

 呼び掛けて、断りなく天馬をレンズに映しシャッターをきる。時間的にあまり必要のないフラッシュの光に驚いた天馬が大きく飛び退いた。それがまたベタなリアクションだと茜は笑う。嘲るのではなく、本当に自然に頬を弛ませていた。
 拓人ばかりを追い掛けて、映して、残してきたカメラに、一枚だけ天馬がいる。つい先程までならばありえないような事実に茜はカメラを撫でた。誰を納めても、これはただのカメラでしかなかった。それでも、大事なカメラだ。

「後で今撮った貴方の写真、見せてあげますね」
「ええ、キャプテンのは?」
「シン様のは駄目よ。私の物だもの」
「そんなあ、」

 私と貴方は違うから、だから見なくていいの。貴方は四六時中眺められる紙切れ上のシン様ではなく、フィールドで走り回る彼を見て何かを学んで行けばいいのだから。
 きっと、拓人はこの先天馬を認め受け入れて共に駆けて行くのだろう。茜よりもずっと近く、拓人のそばに天馬はいる。それでも、尊敬と恋は別物だから、大丈夫。
 茜は、拓人に恋をしている。だから、大丈夫。


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いつもいつも考えている
Title by『ダボスへ』





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