ほら、よくあるじゃないですか。ドラマとか、漫画の中での話ですけど。旦那さんが白いワイシャツに何処の誰とも知れない尻軽な女の趣味の悪い真っ赤な口紅を付けて帰ってくるとか。寝言で奥さん以外の女性の名前を呟くとか。後はそうですねえ、突然余所余所しくなったり、今までは違ったのに携帯にロックかけたりとか、やたらと夕飯を外食で済ますようになったらもうアウトだと思いますよ、私は。それはもう完璧にクロですね。探偵事務所に調査を依頼するまでもないですよ。何の話かって?やだなあ立向居君、私の話聞いてました?こう来たらもう浮気の話しかないでしょう。彼女の話にしっかり耳を傾けてくれなくちゃ困りますよ。浮気ですか?


 休日の朝から、ファミレスはそれなりに繁盛しているようで、春奈の息を吸う暇もないマシンガントークも周囲に響くこともなく紛れて行く。向い側に座る立向居は少し居心地が悪いようで窓から外に一度視線を外した。ブランチタイムなのか、家族連れが目立つファミレス本来の客層の脚は殆どが車である。二人の席から見える駐輪場に停まっている自転車は立向居と春奈が乗って来た二台だけだった。
 立向居の前で、メインディッシュなんてそっちのけで入店して早々に特大パフェを注文した春奈は先程からパフェを食すよりもスプーンをざくざくと突き刺す作業に没頭している。何故だろうか、立向居にはその音が、ざくざくよりもどすどすと物騒な響きを持って聞こえて来て、下っ腹の辺りが痛む。もう少し春奈が物騒な性格をしていたのなら、間違いなく今頃自分はファミレスではなく薄暗い河川敷の高架下に呼び出されて腹を殴られているに違いない。一人納得する。その思考は限りなく春奈に失礼なのだが、立向居は既に春奈に対して十分不誠実な態度を取って来たので、今更どうとも思えなかった。

「さて、立向居君。今回の件でもう直ぐ浮気、記念すべき大台の二桁に突入しそうですね」
「……ごめんなさい」
「別れましょうか」
「一番は音無だよ?」
「わかっていませんねえ。一番なだけじゃだめなんですよ。オンリーワンが良いんですよ。他は排除して欲しいんです。他と比べて一番ならどうぞ、よそへ行っちゃって下さい」
「嫌だ」
「即答ですか。とりあえずここの会計はそちら持ちでよろしくお願いしますね」

 普段ならば、同級生には普通に話す春奈が立向居に敬語で捲くし立てる。それは彼女が業腹であることの証拠で、次々に零れてくる言葉のリズムは軽快なのに表情は一切動かない。
 浮気は、いけないことなのだ。中学生の二人には大袈裟な響きかもしれないが、突き詰めれば法律だってそれを許さないし、身勝手だし、倫理とか道徳とかその他諸々。浮気は、駄目だと教えてくれる。だけど、立向居は、それをする。春奈が好きだし、両想いだし、付き合っているけれど。立向居は浮気をする。しかも、春奈に隠す気がないと言いたげに露骨に。
 春奈も最初は今よりも子供っぽく感情のままに激昂したりもしていた。しかし直ぐに落ち着いた。こうも頻度が高くては疲れてしまうのも早いものだ。諦めて、離れて、罵詈雑言を並び立ててなじってやるのが一番楽ではあるのだが、何故だろうか、時間が経てば経つ程に春奈の中には一つの感情が浮かび上がってくるのだ。同情。それは、立向居にではなく、浮気相手であった何人もの女子達に。どちらから迫ったか、それは大した問題では無い。関係を持った。その事実があれば春奈は浮気を浮気と肯定し拳を握りしめ冷めた目で立向居を眺めた。その度に、どこか嬉しげにごめんねと謝る立向居の脆さが、春奈にいつも寸前まで出かかった右ストレートを引っ込めさせるのである。なんて性質の悪い子供なんでしょう。春奈はそう立向居を称して眉を顰める。立向居は、春奈に浮気がバレるその度に相手の女子ときっぱりと縁を切る。用済みだから、たしかそんな言葉を送りつけて、春奈の目の前で、可愛らしい女の子の顔を歪ませていた。だから春奈は同情する。自分が、もう少しどうにかして立向居の手綱を上手く操っていたら、彼女等は立向居に傷つけられること無く、平穏に過ごせていたのかもしれないと。

「今度の子はよりによって私と同じクラスの子でしょ?いい加減にして欲しいな」
「仲は良くないよね?音無の友達に手を出したり、出されたりはしないよ」
「女社会のややこしさを舐めないでね」

 人の彼氏に手を出したのはあちらなのだから、春奈が謂れのない攻撃を受けることはないだろう。だが面倒なことには変わりはない。果たしてあの子は春奈に噛みつくか、いつ真実を明らかにされて自分が爪弾きにされるかと怯えて過ごすのか。それってすっごく可哀相。春奈は、誰にも言うつもりなどないし、寧ろ彼女より今はどうこの立向居をへこましてやるのかという方が大事だから、気にしてすらいないのだけど。
 パフェのアイスは既にどろどろに溶け始めていた。一掬いして、バニラ味のそれを口に含む。当たり前だけれど、甘かった。恋人同士の一応はデートである筈のこの場に流れる空気とは全く違う甘さに、春奈の内側がすっと落ち着いて行く。

「別れましょうかって、さっき聞いたじゃないですか」
「俺は絶対音無と別れないよ」
「貴方に選択権なんてないと思うんですけどね」
「…でも!」
「でも立向居君みたいな厄介な人と付き合ってあげられるのって私くらいだと思うんで、暫くはまあ様子見期間としましょう」
「音無…!」
「とりあえず今後浮気回数が二桁に到達したら立向居君のアドレスは着信拒否されるので頑張ってね!」

 瞬間、立向居の表情が引き攣る。今日見せた、一番の春奈の笑顔は、容赦なく立向居の横っ面を打った。直接的な暴力よりも、痛みを与える一撃があることを、春奈は知っている。そして、立向居がただの構ってちゃんで、自分の気を引きたくて馬鹿な浮気に走っていることも知っている。そんなことしなくても十分自分は立向居を見ている。そのことに立向居が気付くまで、彼がもう少し大人になるまで。春奈は気長に付き合うことにしている。とりあえず、今日は立向居の奢りと決定しているので、溶け切ってしまったパフェの代わりにケーキセットを頼もうと思う。拒否権なんて、ない。



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わたしはそういう風に愛している
Title by『ダボスへ』




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