「うまくいかないものですねえ、」と春奈が心底不思議そうに首を傾げるから、源田もそうだなあ、と首を傾げた。同じように同じ仕草をして見せる。しかし二人は噛み合っていなかった。今より少し前ならば、噛み合っていたのかもしれない。二人ともそう思ってはいるけれど敢えて言葉には出さない。するだけ無意味で、この現状を打破する力など微塵も持ち合わせていないと知っているから。

「冗談にはしてくれませんよね?」
「ああ、すまないな」
「いやだなあ、謝らないで下さいよ」

 何だか私が振られちゃったみたいじゃないですか。春奈が、いつもの爛々としたものではなくどこか歪な笑みに表情を変えた。辛そうに映る。きっと、春奈はそんな表情を浮かべていた。しかしそれ以上に、源田も困っていて、それを表すかのように眉をハの字に下げていた。普段の雄々しさなど見る影もなく、源田は立ち尽くしていた。彼がサッカー以外の場ではとても優しいと知っている春奈は、特別源田の表情に真新しさを感じたりはしなかった。情けなくもなく、源田はどうしようもない。言いたかったこと、言うべきこと。源田の内側でぐるぐると廻る感情は、言葉で表現するならば間違いなく春奈への好意だった。
 鬼道の妹。そこから始まり動き出すこともなかった感情が予想外の方向に走り出してしまった。きっかけは日常の些細な接触の中に様々に点在しているのだろう。だけど、あの日鬼道が、家の急用で果たせなくなった春奈との約束の代役に自分を選んだりしなければ、何も始まらなかったのにと思う。ショッピングなんて、雑に言えばいつでも出来るのだから。そう鬼道の頼みを断ろうとした源田を、雑に言えば誰とでも出来ますからと半ば強引に手を引き連れ出したのは春奈だ。責任を押し付けるつもりは微塵もない。それでも、物事の中心には結局春奈がいるから源田は彼女を切り捨てたりは出来ないのだ。

「好き、とか。私、嫌ですよ」
「……そうか、」
「でもそうすると、源田さんもう私と会ってくれなくなるんですか?メールとか、電話とか、他にも色々。無くなっちゃうんですか?」
「……君に、迷惑が掛かるだろう?」
「春奈って呼んでもくれなくなるんですね!」

 名前を呼ばなかった。この一点のミスは、春奈をえらく立腹させたらしい。苛々として爪先で地面を叩く。昨日磨いたばかりのローファーの爪先に傷が付こうとお構いなしに。源田のミスを、その理由を春奈は察すれど理解はしない。だから春奈は態度で源田を責める。間違ったのは、彼の方なのだと。
 「好きだ」と源田が言ってくれた。好意は嬉しい。だが受け取れない好意が世の中にはごまんと存在する。春奈が源田に向ける好意は、恋じゃなかった。それだけで、相手の好意を断る理由にはなる。源田が自分に、特別優しくしてくれていたことはなんとなく、気付いていた。だけどそれで彼は自分を好いているだなんて思う筈もない。源田と春奈の間に、比較対象となる別の女子がいなかったことも、春奈に少しの自惚れもさせなかった要因であろう。
 「春奈みたいな妹がいたら毎日賑やかで楽しいだろうな」と、出会ってから数度目の、ファーストフード店で源田が言った言葉。実際友人の妹を前に気遣った言葉なのか、本人が心からそう思ったのかは知らないが、春奈は嬉しかった。だから素直に「源田さん、お兄さんみたいですね」と返したのだ。手が汚れないようにと仕切りに春奈の手元に紙ナプキンを渡してくる様は兄よりも母のようだと笑い合ったことも、ちゃんと覚えているのに。
 春奈は、源田が好きなのだ。恋ではない思慕。妹で、年下と分類される人付き合いを大半とする春奈にとって、源田は自分を甘やかしてくれる人だった。悪い意味ではなく、言葉通り。仕方ないなあと許容し、享受し、導いてくれる人。悪いことをしたら、ちゃんと正しく叱ってくれるような、自己の確立された程良い距離感。それを何時までも保持していけるものだと、春奈は数分前まで微塵も疑わずに信じていた。裏切ったのは源田の方。否、彼に咎はないのだと頭は冷静に理解している。しかし今までの思い出があまりに優しすぎるから、感情が彼を責めるのだ。

「春奈が好きだ」
「またそんなことを言う!意地悪は嫌いです!」
「…意地悪なのは、春奈もだろう」
「違います!意地悪なのはそっちです!源田さんです!」

 地団太を踏んで、春奈は意地悪意地悪と源田を詰る。酷い言われようだと思いながら、苦笑だけで終わらせるのは、源田の甘さ。

「離れちゃ嫌です。私源田さん好きです。なのにどうしてそんなこと言うんですか」

 とうとう春奈は泣き出した。俯いて、ぽろぽろと大粒の涙を地面に落とす。悲痛な訴えは、幼稚だが幾分複雑だった。
 泣きたいのは、源田だって同じなのだ。好きな子に告白をして、断られたのに。その子は泣きながら自分を責めて、自分を好きだと言う。予想の斜め上を行き過ぎだ。慰めるにしたって、自分の好意を伝えた言葉を嘘にするつもりなど毛頭ない。だから、源田は春奈の肩を抱いてやることも、優しく涙を拭ってやることも出来ない。春奈が源田を男として見ないのならばそれをしてはいけないのだと思った。
 苦く痛い記憶に、自分と過ごした記憶がすり替わってしまったとしても仕方ない。恋愛とは痛みを伴うものだと源田は思う。いつか、今はまだ恋を知らず涙する春奈が、自分以外の誰かに恋をしたその時は。自分がこうして春奈に好きと伝えずにはいられなかった気持ちが分かって貰えたら良い。



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花はあなたを知らなかった
Title by『ダボスへ』





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