小さなことでもコツコツと。積み上げれば大きな結果になるのだから侮ってはいけない。ありがちな励まし文句が春奈の内側に浮かんでは消える。得たい結果が、この先にはないと知りながら何を積み上げて行けば良いのだろうか。諦め妥協慣れ溜息だとか途方もない疲労感。何だか積み上げてもマイナスにばかり働きそうなものならばとっくに山の如く春奈の内側に積もっている。
 隣に立つ成神は、そんな春奈の心情など知る由もなく、寧ろ無視しているのではないかと思う程涼しい顔をしていた。

「…私、帰って良いですよね?」
「駄目だよ。俺が寂しいじゃん」
「じゃあどうして私は暇を持て余しているんでしょうかね」
「暇なんでしょ?じゃあ良いじゃん」
「誰の所為ですか!」

 そもそも春奈は道連れにされたのだ。せっかくの休日に、こっそり兄の家を訪ねて驚かせようかなんて考えながら家を出た。そこまでは鼻歌なんて歌い出すくらいご機嫌だったのだ。それなのに、途中でこの成神健也に出会ってしまったばっかりに。そう嘆かずにはいられない。
 何故か春奈は商店街にあるCDショップの前で開店待ちをしている。勿論春奈の当初の予定ではこんな場所に用はない。用があるのは成神で、彼のお気に入りのアーティストの新作の発売日だとか。しかもなかなかマイナーなアーティストらしく。場所によっては入荷していないのだと成神は言った。個人経営らしいこの店の店主と成神は趣味が合うらしく、彼が欲しがるCDはこの店ならばほぼ手に入るそうだ。
 入荷枚数が少ないからと休日の朝から待つのはいい。だが何故自分が付き合わなければならないのか。春奈は納得出来ない。
 そもそも自分と成神の接点なんて兄しか思い付かないのだ。正直、声を掛けられた時は一瞬名前を引き出すのに戸惑ってしまった。まともに会話した記憶などなかったのだから仕方あるまい。

「今日はお兄ちゃんに会いに行こうと思ってたのに…」
「毎日会ってるんじゃないの?」
「学校と家とじゃ違うんですよ!色々と!」
「ブラコンじゃん」
「いけませんか!」
「何で怒ってんの?」

 全く自分の所為だとは思い至らない様子の成神に、春奈はもう開いた口が塞がらないというか抗議することすら馬鹿馬鹿しくなってしまう。諦めきれない部分も確かにあるのだが成神はどうあっても春奈を兄の自宅に向かわせてはくれないようだ。ならばさっさと時間が過ぎて彼の用件が済めば良いのだ。そうすれば自分も自由になれる。精一杯のポジティブな考え方。しかし時間を潰す方法となるとかなり数が限られる。メールや電話は一番の頼みの綱だがなにせ休日の朝なのだ。友人等に迷惑になりそうなので少し気が引ける。となれば次に有効なのは、すぐ隣にいる成神と会話することなのだろう。共通の話題など到底見つかりそうもない。
 何よりこの成神は春奈の神経を逆撫でするような言葉を平気で選ぶ。揚げ足取りばかりされると春奈の機嫌は悪くなる一方だ。女の子は総じてお喋り好きなタイプが多いが春奈だってその一人である。弾む会話は楽しいが一々段差をつけられてはそこで転ぶ。同級生にからかわれていると認めてしまうと単純で少々熱血な気のある春奈はどうしてか張り合う。成神は生意気で、春奈は愚直だった。要するに、二人とも根は素直なのだ。

「成神さんはよく私を覚えてましたね」
「だって鬼道さんの妹じゃん」
「でも音無春奈ってフルネームで覚えてるなんて驚きました」
「……そ、」

 今度は成神がつまらなそうに目を伏せる。春奈は今か今かと店のシャッターが上がるのを待ってそちらばかりを見つめているから成神の様子には気付きもしない。
 春奈は結局、成神について何も知らない。サッカーでのポジション、プレースタイル。そんな試合を見れば誰にでも解る程度の情報しか所持していないしそれ以外を探さない。
 例えば成神が案外人見知りでそうそう友達でもない女子に話しかけたりはしないことだとか、鬼道が春奈と呼ぶ少女のことを彼と近しい先輩二人にそれとなく尋ねていたことだとか。今日発売されるCDだってとっくの前に店主に頼んでカウンター内に確保して貰ってるから、こうして朝早くから並ぶ必要なんてないことだとか、偶然見掛けた春奈に思わず声を掛けてしまって、予想以上につんけんした態度を取られて実は結構へこんでいることだとか。どうやったらまた会ってくれるかと次の約束を取り付ける為に成神の頭の中はさっきから必死に働いていることなんかも、春奈はちっとも知らないのである。



―――――――――――

あいにく余裕なんてものは持ち合わせておりません
Title by『彼女の為に泣いた』





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -