※殺伐・ミストレが凄まじく自己中


 恐らく渾身の力で殴られたのであろう左頬が徐々に痛みと熱を帯びる。痛む部位を抑えるのは女々しいような気がするし、何より人の倍以上は軽く高いプライドが許さないから、ミストレはそのまま微笑んでみせる。いくら女顔と言われても仮にもミストレは訓練を受けた身。多少の痛みには耐性がある。
 一方、ミストレご自慢の顔を拳で殴打した玲名は険しい表情のままミストレの顔ではなく自分の手に怪我がないか確認している。

「ホント、良い度胸してるよ」

 不躾に、他人を品定めするかのような視線。その視線と共に寄越される見下しの言葉。ミストレに言わせると褒め言葉のつもりである言葉の全てがいつだって玲名の感情の糸を弾いて不快の波を広げていく。
 普段は冷静かつ大人っぽいと周囲から見られている玲名だが案外耐え性のない性格だったらしく。エイリア学園のジェネシス時代に心底気に入らないと思っていたグランにだって無かったことだが、このミストレだけにはどうも反射的に手や足が出てしまうようだった。
 ミストレはその攻撃の大部分を回避出来るだけの身体能力を備えていたし、見た目に拠らず頑丈だったから、今の所問題になるようなことはなかった。頬を殴ってしまった今だって、ミストレは目の前でにやにやと不愉快な笑みを崩す気配を一向に見せない。そのむかつく余裕を屈辱に染めたいなんて特殊な性癖を持っているわけでもないが、自分を優位だと思い込んでいる傲慢さが気に食わないのもまた事実だ。
 玲名からすれば好印象の部分が一つもないミストレと顔を合わせること自体が億劫だ。当然、彼女から彼との接触を望んだことなど一度もない。全て気紛れにミストレの方から玲名の都合に気を使うことなくのこのことやって来ることが二人の唯一の繋がり。聞いたところによると未来人なのだから、さっさと帰ってしまえばいいのに。

「未来人というのは案外暇なんだな」
「未来人が過去で忙しく動き回っちゃ色々危ないんでね」
「なら未来に帰れ」
「無理」
「何故」
「俺個人が帰りたがっても上が許可しないと勝手に戻ったりは出来ないんだよね」
「ふん、それほど帰りたいと切望しているようにも見えないがな」
「ばれた?」

 ミストレの正論じみた答弁は結果として玲名の正論には及ばない。
 ミストレが過去に於いてするべきことはとうに終えた。そしてその軌道内で玲名と接触する必要性は皆無。初見は偶然でどこか冷たくすました印象を抱いた。だから落としてみたくなった。こんな傲慢な気紛れが、ミストレを玲名に近付けた。
 最終的な今現在。玲名の傍を離れがたく感じているのはミストレの方。落とすつもりが落とされるなんて物語ならありがちなことだったろうに。だが恋愛まで及んだのか否かは未だによく分からない関係は思いの外心地よかった。男女間の身体的な差を理解しているはずなのに、瞬間的な怒りに従ってやたらと暴力的に噛みついてくる所も、それなりに気に入っている。だから尚の事、玲名を虐げて屈服させたいというミストレの加虐的な一面が顕著に顔を覗かせるのだ。

「ねえ玲名、俺は結構強いよ?」
「…殴りたければ殴れば良い」
「まさか!玲名の綺麗な顔にそんなことしないよ。でも、例えばさ、」

 一度言葉を区切り、ミストレは玲名の腕を掴む。突然のことに反応の遅れた玲名だが、ミストレの握力は意外にも強く振り払えない。それでも抵抗の意思を示す為に視線に殺気じみた感情を込めてミストレを睨み付ける。そして勿論、自分本位な思考回路しか持ち合わせないミストレはにやにやと口角を上げ続けている。

「このまま玲名を無理矢理にでも未来に連れて行って、君の大事な人との幸せな未来を奪ってやるくらいなら、俺にだって簡単に出来るよ?」

 瞬間、瞳を大きく見開いた玲名をミストレはやはり笑いながら満足げに見詰める。
 面白半分で放った言葉が、ここまで玲名の感情を掻き乱せるとは思わなかった。予想外の出来事にミストレの機嫌は急激に上昇する。少なくとも、今掴んでいる玲名の腕を放したら確実に飛んでくる彼女の拳を甘んじて受けてやろうと思える程度には。

「まあ、玲名なら未来に連れてっても俺がちゃんと面倒見てあげるから安心していいよ?」

 次の瞬間、予想通り渾身の力でミストレの手を振り払った玲名の拳が飛んでくる。それを冷静に眺めながら、そして半ば玲名を未来に連れて行くその姿をを想像しながらやはりミストレは避けなかった。
 再び頬を打つ音が響き、そしてミストレは自分を打ったばかりの玲名の手をまえながら今日一番の微笑みを見せたのだった。


(そして彼女は、遠い場所へと浚われました)



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悲鳴は闇に消えていく
Title by『彼女の為に泣いた』




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