秋には宝物がある。それは鍵の付いた小さな宝石箱だった。子供向けのおもちゃとは違いしっかりとした造りのそれは、秋が今よりずっと小さかった頃に祖母から譲り受けたものだった。まるで映画や絵本の中のお姫様の持ち物のようだと、幼い秋は胸をときめかせながらその箱を抱えていた。いつしか、箱そのものを大事にするよりも、自然と秋は中に宝物を入れるようになった。だけど結局その宝石箱をひっくるめて大切な宝物として秋には大事にされて来た。
 小学生の高学年になった頃、秋は宝石箱を開ける鍵をなくしてしまった。理由は忘れてしまったが、秋はいつしか宝石箱を開かなくなっていた。中に何が入っているのかも忘れてしまうくらい、幼い少女の宝物は小さな物でしかなかった。日常に於いて重宝される実用品などであるはずもなく。めまぐるしく流れていく日々の中で秋は少しずつその存在を忘れて行ってしまった。そうしている内に、箱を開けるのに肝心な鍵をなくしてしまったのだ。それでもこの小さな宝石箱の中に、自分が大切にしていた物が入っていたのを覚えていたから、無碍に捨てることも出来ずに秋はまた箱を引き出しに戻しずっと仕舞っておいた。
 その宝石箱が、再びひょっこりと姿を現したのは、秋の部屋に遊びに来ていた一之瀬と、少し懐かしい昔話でもしようかと幼少の頃のアルバムを探していた時のことである。宝石箱を手に取り懐かしいと呟く秋の後ろから、一之瀬が彼女の手元を覗き込む。そんな一之瀬に、秋はこの宝石箱についてを話して聞かせた。勿論、今は中を確認することは出来ないということも。

「壊しちゃえば?」
「…一之瀬君、サイテー」
「冗談に決まってるでしょ。合い鍵とかなかったの」
「あったらとっくに使ってるわ」

 それもそうかと一之瀬は秋の手から宝石箱を受け取る。上から下まで眺め回しても、やはり箱は開きそうになかった。秋の宝物が入っている宝石箱に、一之瀬がそう大きな思い入れを抱いているはずもないのだが、秋が大事にしてきた物だから、当然のように一之瀬もこの宝石箱を慎重に扱った。

「一之瀬君がくれた指輪も入ってはずよ」
「…そんなのあげたっけ?」
「勿論、おもちゃの指輪よ。ほら、プラスチックの。青い石が着いてたの、覚えてない?」
「ああ!俺の誕生日プレゼント分の指輪ね!」
「何それ?」

 幼い、しかも男の子である一之瀬が、おもちゃとはいえ指輪なんて持っている筈がない。しかしあの頃既に大好きだった秋に、一之瀬はどうしても指輪を贈りたかった。理由を思い返せば、それは両親の指に在る結婚指輪の意味を知ったからだったような気がする。随分と、ませた子供だった。
 珍しくサッカーとは無縁なものを親に強請った。両親は不思議そうに一之瀬に理由を尋ねた。恥ずかしくて、一之瀬には本当の理由は言えなかった。黙り込む息子を前に、両親は甘やかすことを良しとせず、結局それは一之瀬の誕生日プレゼントとして彼の手元にやって来た。そしてそれを、一之瀬は一目散に秋に渡しに走ったのだ。
 思い出してみると、昔の自分の方が今よりだいぶ直情的で、微笑ましく思えた。

「ちゃんと持っててくれたんだ」
「手には取れないし、思い出したのも今さっきなんだけどね」

 忘れてたしまっていたことが、一之瀬と秋の間には沢山ある。それが二人でこうして一緒にいて、些細な会話をして、それだけで蘇ってくることがある。離れ離れになって、ばらばらになって埋もれてしまっていた欠片達を拾い集めてまた元の形に修復して行くような、幸せな作業。

「ねえ、秋。俺がもうちょっと大人になったらさ…」
「…うん、」
「また指輪を贈るよ。今度はおもちゃじゃなくて、もっとちゃんと、気持ちも言葉も秋に伝わるように、ちゃんと」
「一之瀬君?」
「秋の一生の宝物になるような、指輪を贈るから、待っててくれる?」
「馬鹿だなあ、一之瀬君は…」
「…秋?」
「そういう素敵な言葉は、プロポーズとか、もっと大事な場面に取って置いてよ」

 泣きそうだよ、と秋は泣いた。それは勿論、嬉しかったから。何となく、期待もあったのかもしれない。いつかまた、一之瀬から指輪を贈られる未来。それはきっと二人が迎える一番幸せな形。まだまだ子供だから、将来のことなんてわからないことだらけだ。期待とか不安を抱くよりも手前の夢物語でしかないと割り切ることも出来る。それでも秋は、一之瀬との幸せな未来に期待も不安もなく確信を抱いているのだから、それはきっと一之瀬の所為だと微笑んだ。
 一之瀬は、今度はちゃんと伝わるようにと言った。けれど、もう充分伝わっている。気持ちも言葉も、秋にはしっかり伝わっている。それを一之瀬に伝えたくて、秋は一之瀬に抱き付いた。その背に、直ぐに一之瀬の手が添えられることも、秋にははっきりと分かるのだ。



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未来だとか恋人だとかに私が教えてやれること
Title by『ダボスへ』





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