日曜日の朝。綱海がいつもより少し遅く起きたら塔子がいなかった。リビングの高さのないテーブルの上には塔子の字で「30分後に集合!」とでかでかと書かれてメモが置かれていた。何の紙だと裏返せば、地元でそれなりの大きさのスポーツショップの広告だった。その隅にサーフボードが取り上げられていてうっかり見入ってしまった。
 綱海が我に返り時計を見ると起きてから既に一時間が過ぎていた。塔子がいったい何時から数えて30分とカウントしだしたのかは分からない。しかしもう確実にそのリミットは過ぎてしまっている。そもそも集合場所すら書かれていない書き置きに人を急かす効果を期待してはいけない。
 無計画に衝動のまま飛び出していくのはもはや塔子のらしさだが彼女同様感覚で動く綱海に感覚で働きかけては収拾がつかない。現に綱海は塔子の行く先を案じながら彼女が一人出掛けられる程沖縄に馴染んだことを喜んでいる。探していないのだ。どうにでもなると思い込んでいるから、普段と変わらないペースで出掛ける支度を整える。
 履き馴れたサンダルを引っ掛けて玄関の扉を開ける。上りきった太陽が眩しい。塔子はちゃんと帽子を被って出掛けただろうか。水分補給をしているだろうか。
 太陽光は人間に優しくない。いつだったか、塔子が綱海と歩きながら呟いた。その日は本当に暑くて、流石の塔子もばてていた。綱海が、サーフィンが出来るから俺は太陽好きだぜと言えば塔子もあたしもサッカー出来るから太陽好きだよと言った。あれはあれ。これはこれでそれはそれ。塔子の話題は結構突拍子なく始まり、逸れて、纏まりもなく終わっていく。太陽光は優しくないと始まったこの話題は、たしかあたし読書って苦手だの一言に辿り着いて途切れた。
 こんな感じだから、今朝の書き置きも何か意味があったんだろうけどそれは綱海には分からないし、もしかしたらこうして綱海が塔子を探している間にその意味すら変化してしまっているかもしれない。
 探すあてもないので、取り敢えず海に向かう。綱海の家から最短の道で行ける浜辺は、塔子も結構気に入っていたから、少し期待もしている。途中の駄菓子屋のお婆ちゃんに、塔子を見なかったかと尋ねれば間延びした口調でどうだったかねえと言われた。たいした情報は得られなかったけれど、お礼の意を込めてアイスを二本購入した。当然、自分と塔子の分である。溶ける前に、彼女に渡してやれるかは分からないけれど。
 今、綱海はアイス一本の命を預かった。これを塔子に届ける使命を授かった。脳内で馬鹿馬鹿しいと呆れながら自分の分のアイスを頬張りながら無意識に浜辺へ向かう歩調を速める。

「つーなみー!」

 人気などおおよそ無さそうな浜辺のどこかから、誰かとは言わず聞き慣れた声で名前を呼ばれた気がしてきょろきょろと周囲を見渡す。そうすれば、それは自分を呼んでいるのではなく、海に向かって叫ぶ掛け声のようだった。声の主は勿論、探していた塔子本人である。
 ざくざくと砂浜を歩く。サンダルだから、砂がサンダルと足の間に入り込んでこそばゆくまた熱い。けれどもう綱海には慣れた温度だ。しきりに海に遠吠えを繰り返している塔子は綱海の接近に気付かない。綱海も未だにアイスを咥えているから声を掛けないで近付いていく。塔子は、こんな日差しの中帽子を被っていないようだった。

「悪い、遅れた」
「ん?なんだ、遅かったじゃん」
「だってお前場所書いてないじゃんよ。ほれ、アイス」
「ありがと。あれ、書いてなかった?」
「でなきゃこんな遅れねーよ」

 少し、嘘である。綱海が、塔子が家を出てどれくらい後に起きたのか。綱海も塔子も分からない。綱海が広告に気を取られすぎて出遅れたことももう記憶の彼方に飛んでいってしまった。
 渡された袋を開けた塔子は既に溶け初めていたことに一瞬眉をしかめたが直ぐに笑顔でアイスを食べ始めた。冷たいからと舐めていたのでは間に合わない。最初から大口でかぶりついた。

「で?」
「んー?」
「集合って、これから何すんだ?」
「別に。ただデートは待ち合わせからだってリカが言ってた」

 なる程、デートだったのか。自分がこれまで漫画やドラマで培った知識でイメージするデートとは、だいぶ違うけれど。塔子はやたらと普段通りで、彼女が着ている服も一昨日一緒にサッカーをしている時に着ていて、昨日はベランダの物干し竿で揺れていた。取り込んで畳まれたのを上から引っ付かんで着たのがすぐに想像出来た。
 めかしこむことは義務ではないがデートっぽくない。しかし綱海も自分の服を見下ろすとそれも一昨日着ていた服に違いなかった。変な所で行動の波長が似ている二人なのである。

「デートすっかー」
「もうしてるじゃん」

 何言ってんだよと、アイスを咀嚼しながら塔子が呆れ顔を作るから、綱海はそうだったかと海を見る。いつも通り、綺麗な海が広がっていた。
 日曜日。毎日のように来ている海辺で彼女と二人溶けかけたアイスを頬張っている。どうやらこれはデートらしい。燦々と照りつける太陽の光の下、汗が一粒綱海の顎を伝って落ちた。



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引力によろめく海
Title by『ダボスへ』




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