「未来ってどんなところ?」

 可愛いあの子の質問はいつも同じ。きっと頭の中では、彼女たちが呼ぶ近未来的な――フェイにとっては現在かもしくは既に過去にあたる時間と場所――SF要素が日常に散りばめられた世界を想像しているに違いない。
 以前フェイが茜に「SFって?」と尋ねると「少し、不思議」と帰ってきた。茜にとっては自分の身の回りには存在しない未来の物体を少し不思議に感じることは何らおかしなことではない。フェイにとってはありふれたものだとしても。因みに「イナズマキャラバンも少し不思議?」と続けて尋ねてみたところ、「とても、素敵」という答えが返ってきた。「TSだね」とフェイが頷けば、彼女もまたその通りだと頷いたのであった。
 雷門のサッカー部員たちの記憶を取り戻して、サッカー禁止令は相変わらず施行されたままではあるものの元来人目に付きながらも人目に晒されない環境を持っていた雷門サッカー部はひっそりと、活発に今日も練習に励んでいた。日常生活の中で声に出してサッカーの話題を出すことは勿論、サッカーを取り戻すために近頃ではタイムジャンプを行っているんですなどと部外者に不審に思われるような言動も控えなければならない。そのためイナリンクで連絡や雑談を行う機会が日を追うごとに増えてきた。そこに遊び心を求めたフェイがイナリンクで使えるスタンプを作ってくれないかと白羽の矢を立てたのが茜だ。何故茜に頼んだのかと言われると、偶然彼女がパソコンを弄っている現場に遭遇したので大した期待もせずに事情――単にあまり明るくない現状とは反対に雑談の中での楽しさが増せばなという程度の――を打ち明けて作ってくれないか、或いは作れそうな人を知らないかと話しかけてみたところ、面白そうだと茜が微笑みひとつで請け負ってくれた。
 フェイから見た茜は雷門サッカー部のマネージャーで、それくらいしか初対面の挨拶を済ませ以降の情報は持っていなかった。勿論三人いるマネージャーにもそれぞれ個性はあって、それはフェイも感ずるところなのだけれど。もし茜だけの特徴を挙げるとしたら、やはり仕事中にカメラを構えてシャッターを切っているところだろうか。どうやら常日頃から彼女がサッカー部を被写体にしていることは、他の部員たちの様子を見ていれば察せられたのでフェイもわざわざ何をしているのかと聞きに行くことはしなかった。どうやらフェイが茜にスタンプを作ってくれないかと話しかけたときも、練習中に撮った写真のデータを整理していたらしい。サッカーが禁止されているせいで画像整理もこそこそ周囲に気を配って行わなければならないなんてと唇を尖らせる茜に話を切り出すタイミングを見計らいながら、内心今の表情は可愛かったなとど考えていたことは秘密である。

「――未来かあ」
「ね、どんな?」
「うーん、前も言ったけど、エルドラドが過去のサッカーに関する歴史を修正しようとしていたり、それを阻止しようとする動きがあったり、結構殺伐としてるよ?」
「世界情勢じゃなくて、世界情景の話をして欲しいの」
「そう言われても、僕もこの時代の隅々まで見て回ったわけじゃないから、何がどう茜の言う未来に向かって変化して生まれたものかとかよくわからないな」
「一つも?」
「そうだ、茜から見てこういうのがあったら未来っぽいってものを描いてみてよ。僕が合ってるかどうか見るから」
「ムリ」

 フェイの提案はあっさり棄却される。
 今まさにスタンプに使うイラストを描いている茜の視線は資料に選んだ部員たちの写真と並べたスケッチブックを交互に行き来しており、もう何分もフェイの方に見向きもしない。彼女の正面に座り頬杖を突きながら、真っ新な紙に慣れ親しんだ仲間たちが可愛らしいスタンプ用イラストに変換されていくのをフェイは眺めている。
 実用できる形になるまで部員たちに内緒にしておこうという方向で進められる作業は、実質茜ひとりが担いフェイはいつもその場に居合わせて眺めているのが常だった。隠れて何か作業していると、二人以外の人間に気付かれている気配はない。何せ茜は練習が終わってから会議室にこもって作業していることが多く、フェイももしかしたら彼女が作業しているかもとサッカー棟内を探して見つけたら近寄ってくるということが大半の為、二人が一緒にいるところをはっきりと目撃したことがある部員はいないだろう。フェイとしては、見ているだけの人間は確かにいてもいなくても変わらないだろうけれど、一回くらい誘ってくれてもいいのになあという淡い願望を抱いている。辺りが暗くなってからサッカー棟を出た後も、送って行こうかと申し出るフェイに対する茜の返事はいつだって「ありがとう、でも大丈夫」だった。素気無く扱われているわけではないのだが、どうも今一つ距離を測りかねる、そんな関係だった。

「どうしてムリなの?」

 傍らに置かれていた茜の筆箱からペンを拝借して、スケッチブックの空いているスペースにまず直線を引く。縦、横、縦、丸、丸、その二つの丸を繋ぐ横線を一本。イナズマキャラバンのつもりで描いてみたそれは、バスらしきものとは判別できるが正解に一直線で辿りつけるような絵柄ではなかった。

「きっと上手に描けないから」

 茜の、間を置いてからの返事は一瞬フェイの落書きへの批評のように響いた。けれどフェイは文脈からきちんと意味を汲み取り、茜はそのまま筆箱から取り出された赤ペンで花丸を贈った。「シンプルでよろしい」と感想を添えて。

「こんなに上手なのに?」

 お返しに茜のイラストにも花丸をつけてあげたかったのだが、それではスタンプにする際に邪魔になるだろうから自分の描いたキャラバン(と思しきもの)の横に茜のイラストへ向けて矢印を書いてその下に花丸を咲かせてみた。

「想像では、上手には描けないよ」

 フェイが描いた花丸の横に、茜は「ありがとう」と書き込む。これで一先ず、筆談の方はお終いのようだ。

「未来のことって何もわからないでしょ」
「まあ、そういうことになってるよね」
「わからないことを描くことはできない」
「少し不思議なことも?」
「そう。私の想像の外側にあるものは描けないし、みんな不思議」
「そういうものかなあ?」

 首を傾げるフェイに茜は微笑む。それは彼の頼みごとを彼女が受けてくれたときに見せた微笑みと同じで一種の行き止まりだ。会話という手続きのお終い。茜は持っていたペンを――フェイが使って、筆談が終わると同時に放り出していた物と合わせて――二本ともしまうと、スケッチブックを閉じた。どうやら作業は一区切りついたらしい。
 鞄に出ていた荷物を仕舞う茜を、フェイは観察している。基本的に雷門に来ても授業を受けないフェイはいつも身軽だった。鞄からカメラを取り出して、筆箱とスケッチブックを仕舞って、それからまたカメラを入れ直す。二度手間をかけているように映るが、彼女にしてみれば何ということはないのだろう。カメラに触れる茜の手はいつだってそれを大切にしていることがわかる優しさが宿っていた。それはフェイには向けられたことのない類の優しさで、物に張り合うことも変だし、彼女が愛着を抱くまでの年月を考えてみれば自分は随分と彼女の表情や感情に囚われているような気もした。未来のことを知りたがる茜に、満足のいく返事をあげることもできないくせに、自分は満足の行く付き合いをしたいと思っている。
 どうして茜に対してこんな気持ちになってしまうのかフェイにはわからない。つまり、不思議だった。

「茜はSFだね」
「? 少し、不思議?」
「そう」
「でもTSだよ」
「とても、素敵?」
「そう! ねえ、今日は送って行くよ」
「いいよ別に、大丈夫」
「僕が茜と一緒に帰りたいんだ」
「…………フェイ君も、SF」

 茜のことはまだわからないし、わからないままから一歩踏み出したがるフェイ自身のこともわからない。ただそれならば、踏み出したいならば、さっさとそうしてしまえばいいのだと並んで歩きだしてみればフェイはたちまち陽気な気持ちが込み上げてくる。
 少し不思議なことに興味がある、少し不思議な女の子はとても素敵な女の子だった。
 言葉を馴染ませるように、目を閉じて文字を思い浮かべる。思い浮かべることのできる限り最大に楽しげな自分の声で耳の奥で再生してみる。その意味がフェイの内側に染み込んでくるにつれ、何も語らぬ口元には緩やかな笑みが浮かび始めていた。
 ――未来ってどんなところ?
 茜の質問が蘇る。どんなところ、エルドラドを最高意思決定機関に据えている、サッカーを消されかけている、戦争をしている、フェイの日常がある、珍しいものは特にないそんなところ。夢を壊してしまうようで、何が茜を喜ばせるかなんて全く分からなくて、真面目な返答なんて一度もしてあげられなかった。

「あのね茜、未来っていいところだよ!」

 だって少し不思議でとても素敵な女の子に出会えた。それはこの時代には存在しない時間を越える技術がなければできないことだったから。
 フェイの突然の、間が開きすぎた答えに、茜はしかし驚くことはせずに微笑んだ。

「そうじゃないかと思ってたよ」

 だって少し不思議でとても素敵なフェイ君が生きてる時間なんだから。
 お互いに言葉の裏側に含んでいた親愛を差し出し合うには、今しばらく現在の積み重ねが必要らしい。一先ずは、二人で一緒に帰り道を歩くことから始めればいいだろう。



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未来を愛せ!
Title by『にやり』



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