「ギュエールは、聖母様みたいやねえ、」

 リカの言葉に、ギュエールは首を傾げる。聖母様とは、果たして一体誰だろうか。気になったけれど、リカは別に深い意味を込めてこの言葉を呟いた訳ではなかったらしく、直ぐに手元の本に視線を戻していた。
 同じ部屋、同じベッド。そこで、ギュエールとリカは一日の終わりを迎える。無駄に大きいベッドがあって良かった。リカが初めてギュエールの部屋で夜を越すことになった日、ギュエールは初めていつからあったかも知れないベッドを撫でて感謝した。セイン達の部屋にだって同じベッドがあることは知っている。だけど自分のベッドだけが何か高尚な物であるかのような錯覚がギュエールを満たしていた。
 ギュエールは、頑固者だった。リカは絶対、私の部屋で一緒に寝るの。いつもふわふわと微笑むばかりの彼女がそう駄々をこねてリカの服の裾を握って離さなかったのはもう何日も前のこと。リカは結局ギュエールを甘やかした。彼女の駄々を受け入れてしまったから、リカは本来自分に宛がわれていた客間には結局一歩も足を踏み入れていなかった。滞在の為に持ってきた荷物はこのギュエールの部屋の隅に置かれている。弄られた気配があまりないのは、やっぱりギュエールが駄々をこねて自分好みの服を用意してリカに着せてしまっているからである。
 寝る前、リカはギュエールに恋バナやら自慢のギャグやらをギュエールに持ち掛けてみるのだけれど、住む世界が違うからなのか、ギュエールは微笑むばかりで一向に話は弾まなかった。それはギュエールとリカの相性が悪いという訳では無くて、純粋に、ギュエールには理解できないことだと分かったから、リカはそれ以上を続けようとはしなかった。
 狭い世界で生きてきたギュエールにとって恋とは不思議なものだった。知らなかったから、知ろうとも思わなかった。女の子が女の子を好きになるのが、悪くはないけれど、そう多くはないことだなんて、やっぱり知らなかったから仕方ない。気付いたらリカを好きになったことを、ギュエールはちっとも悪いなんて思わない。だってリカが可愛いから仕方ないの、そうでしょう。そう言った時のセインの何とも言えない表情を思い出す。貴方もリカが好きなら、困るわ。言葉にはしなかったけれど、そう思った。

「ねえ、リカは何の本を読んでいるの?」
「んー、色んな神話が入っとる本」
「なあに、それ」
「この部屋の本棚にあった本やで?」
「ふうん」

 ああ、だからリカはさっき私に聖母様みたいなんて言ったのかしら。神様とキリスト教は必ずしも一致しないのだけれど、ギュエールにはどちらも曖昧だから取り敢えず一纏めにして考えている。本棚の本は、何故か知らない間に増えたり減ったりしている。興味がなければ何処かに置き去りにしても探そうとは思わないし、お気に入りなら何度も読む。ギュエールは、自分が素敵だと思った物ばかりを身近に置いておきたかった。だからリカだって自分の傍に置いておきたい。自然な考え方だと、彼女自身は思っている。
 寝る前に読書をするのはこの数日間の二人の習慣となっていた。当然会話などそうそうあるものでもなく、けれど別段気不味い訳でもない。そこに相手がいてくれる安心感は確かに存在しているのだから十分。

「リカ、」
「…ギュエール?どないしたん?」
「リカは神様みたいだわ」
「へ?」

 本に添えられていたリカの手に、自身の手を乗せてそっと包み込む。神様みたい、神様なんて、知らないけれど。リカよりずっと閉じられた世界で、ずっと高い場所にある世界で、自分は随分無知なまま成長していたのだと、ギュエールはリカに会って初めて気付いた。リカはギュエールに新しい世界を沢山開いてくれた。それはきっとリカが神様だから、なんて考えるのは強引だろうけれど、それくらいギュエールにとってリカは唯一だった。
 ああ、でも私、神話はあまり好きではないわ。そう呟いてギュエールはリカが読んでいた本を閉じてしまう。抗議の声は、上がらなかった。リカも別に神話を好き好んで読んでいた訳では無いこともあるが、彼女はギュエールに甘いのだ。邪気のない自分を慕ってくれる可愛い女の子に、冷たく出来る筈がないのだと、リカは割り切っている。
 神様は、実に恋愛に多忙に生きていらっしゃる。たった一人の相手を一途に思い続けて、相手もそれに答えてくれるパターンなんて、凄く少ない。そして何より、神様は神様と結ばれなくては幸せになれないような気がする。身分が違えば、寿命とか、境遇とか全部が壁になって結局めでたしめでたしでは終わってくれないお話しばかりで何とも気が滅入る。
 ギュエールは天使で、聖母みたいなのだとリカは言う。リカは神様みたいだとギュエールは思っている。ずれている。それが何とも納得が行かない。ギュエールは自分のことをよく知らない。世間一般が言う天使がどんな存在かも知らないし、自分達がそれとどう似ていて違っているのか、それも知らないし、興味もない。ただリカと一緒に居られる。それが許されるのなら何だっていいと思える。ギュエールは頑固だから、リカと一緒にいられないだなんて、そんなことは認めない、許さない。好きなら一緒に居て良いのだと、頑なに信じ込んでいる。

「もう寝よか」
「ええ、そうしましょうか」
「ほな、おやすみ。ギュエール」
「おやすみなさい、リカ。また明日」

 すぐ近くで、お互い瞳を閉じる。手を繋いで眠るのは、やっぱりギュエールの我儘だ。寝てる隙にリカが誰かに攫われたら大変だもの、とこじつけた理由をリカは豪快に笑い飛ばして、だけとギュエールの要求は叶えてくれているのだから、彼女は優しい。凄く、好き。
 明日は少しだけ早起きをして、リカが起きるまで可愛い寝顔を眺めていよう。今私だけに許された特権だもの。そう決めて今度こそ眠ろうと思考を止める。おやすみなさい、良い夢を。悪夢なんて、見る筈がないけれど。



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眠るだけじゃ退屈なの
Title by『にやり』




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