渡されたメアドも、求められた握手とやらも、背中に投げられた歓声も、これっぽっちも心に響いてないなんて言ったら、周囲の人間は落胆するんだろうな。ちやほやされるのって大好きなのに、だけどそういう他人の感情を、私が向けて欲しい時だけに向けて貰えるように調整できたらいいのに。だって私、アイドルじゃないし。スポーツ選手だし。普通の女の子には自分のウケが良くないことくらいわかってるわよ。狙ってやってるの、アンタに嫌われたって、その結果一番が私の所に転がり込んでくるなら願ったりかなったりだわ。そうやって、新体操ではそれなりに上手くやって来た。親の期待値だけは調節できなくて難儀して、褒められたくて私はどんどん苦しくなったわけだけど。日本の端っこでレベルの低い連中に足を引っ張られて埋もれて行くなんて考えただけでもぞっとした。だから海外の名門クラブに留学したかったの。名前だけで、その手の関係者には箔がついて響くレベルの。実力は足りていたと今でも思ってるわよ。だからあとは費用だけだった。両親に頼めば良かったのかもしれないけど、そうしたらあの人たちはきっとこう言っただろう。――それで、そのクラブに行ってあなたは一番になれるの? 正直そこまでの自信はなかった。私は挑戦したかったのか、逃げたかったのか、それすらわかっていなかった。サッカーに手を出したのは、たぶん日に日に閉塞的になって行く世界から逃げ出すために一番簡単な脇道として私の前に現れたからだ。

「昔話なんて聞いてねえよ」

 一息にまくしたてた私に、鉄角は不機嫌を隠さない。掴まれた右腕はずっと痛い。引きずられるみたいに連れ歩かれるの、正直好きじゃないのよね。女の子が男の装飾品だった時代って、とっくに終わってるはずなんだけどな。鉄角みたいな脳筋に刷り込まれている価値観って、やっぱり古臭いのかも。三つ指ついて傅いて、旦那の三歩後ろを歩く女とか好きそうだもんね。煽るのは、きっと私の悪い癖なんでしょう。負けん気が強いと褒めてくれたのは、いつだって頭ごなしに私のことを押さえつけられる大人だけなの。同年代じゃ、厄介なだけなんでしょう。でもね、鉄角の単細胞だって、駆け引きできなくって厄介なんだ。思った通りに、操れるほどの単純には収まっていないようだったし。

「――ねえ」
「うるせえ」

 会話も出来ないの、この馬鹿。

「腕、痛いんだけど」
「俺だって痛い」

 そんなはずないじゃない。

「なら医務室にでも行けばいいじゃない」
「なあ、お前井吹のこと好きなのか?」
「はあ?」

 そりゃあ確かに、あんたが無理矢理私を連れ出す前は井吹と一緒にいたわけだけれども。アンタと同じ脳筋だけど、素材がいいわよね。あとね、昔の私に照らしてみたら、似てるんだか正反対だったんだか面白くってついついつついてみたくなるの。私は周囲の人間全員敵だったけれど、井吹は周囲の人間誰も見えてなかったんだって。チームプレイにそれは致命的な溝を仲間の間に作って居場所がなくなったアイツは、サッカーを始めた当初から自分の気持ちだけに正直で初心者のくせにいきがってキーパーの練習してたし、自分が思考の中心にいるところに成程なって感心したの。昔の自分が間違ってたって話をするのは恥ずかしいんだか、腕を組みながら仏頂面の井吹の出来るだけ近くに立って、腕に触れてたのは――楽だったからじゃないかな。よくわかんないけど。
 それに、イナズマジャパンって何気ない会話する相手に選ぶと面倒くさい奴が多すぎるのよ。詮索したり、予測したり、嫌味だったり、いつの間にかサッカーしてたり、クソ真面目だったり、ちっとも私のペースで話せないんだもん。その点井吹って素敵よ。あと単純に背が高い男って良いわよね。別に、アンタにあてこすってないし。その為だけに井吹に絡みに行くほど暇じゃないし、アンタのことなんか考えてないし。

「お前さあ、」

 鉄角が頭を掻きながら口を開くのを、ただ見ていた。私のことを可愛いとか言って近づいてきた男たちとか、ファンですとか言って近づいてきた女たちとか、こっちは何も言っていないのに一緒に競い合って成長して行こうねなんて笑っていた女たちが、揃って私の態度に愛想を尽かして別れの文句を切り出すときの感じによく似ていた。ねえ、私が悪いの? いつだって、それだけが感想だった。行かないでなんて、引き留めないよ。

「いや、違うわ、お前じゃなくて――」

 言いたいことがあるならハキハキ伝えて欲しい。それよりも、さっさと腕を放してよ。ホント痛いから。ジャージの上着の下で、絶対赤くなってる。

「俺、お前が好きだから」
「は?」
「だから! あんま井吹と仲良くされんの嫌なんだよ!!」
「――え、ちょっと待って、あんたそれ、その好きって私のこと女として見てる好きなわけ」
「他に何があるんだよ!!」

 いや、あるでしょ。都合のいい、好きの置き場所って案外いろんなところに転がってるんだから。
 あ、無理かも。混乱しすぎて視界がぐるぐるしてきた。大体告白するならもっとムードっていうか、展開の脈絡からそういう雰囲気になるもんなんじゃないの? 二人きりになった途端そわそわしだしたり、なかなか話を切り出してくれなくて焦れた私の機嫌を損ねて慌てて意を決するとかそういう、わかりやすいの。
 私が井吹と話してたから、つまり、妬いたから無理に連れ出して、それで告白って完全に勢い任せだよね? アンタそれでいいわけ? 私は別にいいんだけどさ、いいって言うのは別にそういう意味じゃなくて――何だろう? 鉄角の告白は実際嫌じゃないのだ。考えたこともなかったのに、正直じわじわ喜びすら広がってくるような心地。でも、私直前まで井吹って素敵よねとか言ってたんですけど。その口で「ありがとう、私も好きよ」とか言えるわけないじゃん。だからやっぱり、鉄角のタイミングが悪いわけよ。そういうの、男としては致命的な欠点になりかねないのよ?

「ごちゃごちゃうるせー! 結局お前の返事はどっちなんだよ!」
「ど、どっちって言うか……いきなりすぎるっていうか……だからあ! 察しなさいよ!!」
「じゃあお前は今日から俺の彼女ってことでいいんだな!?」
「ま、まあ……いい、のかな?」

 何だか急に会話の主導権握られちゃって私としては不本意なはずなんだけど、でもやっぱり満更でもないのかも。
 強引な男ってあんまりタイプじゃなかったはずなんだけどなあと自分の好みの変化に驚きながら、私はようやく自分が恋をしているという現状に気付いたのだった。
 でもやっぱり、腕はさっさと放して欲しいかな。



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60万打企画/小鳥様リクエスト

ふたりの逃げ道が水没した
Title by『√A』





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