※高校捏造


 山菜茜と会うのは、随分と久しぶりのことだった。
 中学を卒業すると同時に分かれてしまった進路は、思いの外隔たりが大きかった。茜は写真を専門的に学べる芸術コースのある学校を選んだので、高校ではサッカー部のマネージャーにはならなかったらしい。被写体として近付くことはあったけれど、スポーツに力を注いでいる学校でもなかったので、大会での結果は毎度芳しくないものだったようだ。茜がサッカーに近付いたのは動機として聊か不純だったかもしれないけれど、当時憧れだった神童をより近くで写真に収める為の手段だったこともあり、彼女は神童の――つまり雷門の――サッカーしか応援したことがないまま外の世界に出てしまったので、世間では普遍として存在している実力差というものにびっくりしたのだという。
 ――雷門、本当にサッカー強かったんですね。
 全国制覇までしておいて、今更のように感心している茜に、神童は苦笑するしかなかったし、それ以上に彼女は自分に対して敬語で話していただろうかということが心に引っかかった。

「ボール、全然繋がらなくて。司令塔はきちんといるのに機能してないのかなってずっと思ってたんですけど、シン様を基準にするのはおかしい話って、笑われちゃったんです。雷門基準でサッカーを楽しむなら、やっぱりシン様や天馬くんとか、剣城くんが行った学校くらいのレベルじゃないとって――霧野くんが」
「霧野?」

 飛び出してきた名前はとても馴染みがあるものばかりだったのに、久しぶりに会う茜の口から紡がれると妙に違和感を覚える。日本一、時空最強、宇宙最強と普通にサッカーをしているだけではなかなか頂けない称号を得てきたチームメイトを最高と呼ぶことは当時全く憚りないことだったけれど、中学から高校に上がってみれば皆それぞれ自分の意志ひとつで他人を理由に学校を選んだりはしないのだから、思い出は本当にただの思い出だ。経験は身について力になっているけれど、過ぎ去って来た時間はどうにも遠い。
 二人がいるコーヒーショップには、同じ年代の学生から、生真面目さばかりが前面に出ているスーツ姿の就活生、パソコンを開いたビジネスマンまでありとあらゆる客層が揃っていて、制服の違う男女が一つのテーブルに向かい合って座っている姿をあっさりと埋没させていた。
 茜が纏う制服の校名を、神童は知らなかった。サッカーが強くないそうだから、そもそも候補にすら上がっていなかったのだろう。スポーツ推薦でさっさと受験を終わらせてしまってからは、またサッカーの自主練に精を出していたから、勉強を教えてくれと泣きついて来た数名の仲間以外の詳しい進学事情もまた神童は知らないままで卒業したのだ。連絡を取り合うことは簡単だと思っていたからこその軽率さで、連絡を絶つこともまた簡単なことだったと気付いたのは、実はこうして茜と顔を合わせてからだったりする。

「霧野には頻繁に会ってるのか」
「頻繁――ではないと思う。でも写真の展覧会とか、見に来てくれるから、その時はご飯食べたりしてるし、雷門の中では会ってる方――かも?」

 手元にあるアイスココアにささったストローを口に含む茜の思案顔は、霧野だけを特別に抽出することを他と比較して迷っているように見えた。つまり、霧野以外にも卒業以降顔を合わせているサッカー部の面子はいるのだ。それはたぶん、マネージャーで女同士気安い間柄だった水鳥や葵ではない。
 僅かに砕けた口調も、つまり畏まった物言いは意図的に用いられた応対用の言葉だったようで、曖昧になっている距離感に安堵して良いものか判断はつかないものの、こちらも構えて応じる必要はなさそうだという一点に於いて神童は昔を取り戻していた。もっとも、茜に対して構えるとは、どう対峙することかなんてわかっていないのに。
 茜の手元にはかつてのトレードマークだったピンクのカメラはなく、彼女の言葉の端々に浮かぶ変わることなく切られているシャッターは、学校の方で用意されている彼女の物より重たくて高価な備品によって写真となっているらしい。休日には、変わらず神童の記憶にも残っているカメラで散策に繰り出しているから大丈夫だと――大丈夫? 何が? とは聞けなかった――茜は笑った。

「それで、本題はなんだっけ?」
「ああ、そう。うっかり」
「音無先生から?」
「言い出しっぺは浜野くん、サッカー部のみんなで会いたいんだって。全員は無理だろうから、同じ学年のみんなでって話。音無先生に相談して、この間ちょっと用があって雷門に行ったらシン様、キャプテンだったからまずはどうかなって聞いてみてって頼まれたの」
「そうか。――うん、別にいいんじゃないか。音無先生に迷惑をかけるわけにも行かないし、名簿がなくても連絡先ならそれぞれわかってるんだから予定さえ合わせれば大丈夫だろう」
「ふふ、たぶん、一番忙しいのシン様」
「ああ――。問題ない、一日くらい空けるさ」

 思ったよりあっさりとした用件に、若干の拍子抜けした感じがする。茜が雷門を訪ねて行ったのは、単に課題として中学時代の印象的な物を被写体にした課題があったから。卒業生とはいえ在校生ではないので連絡先を知っていた音無に撮影の許可を求める連絡を入れたときに偶々相談された話を、自分たちの学年のまとめ役といえば神童だからという理由で持ってきただけのことらしい。
 不自然さの欠片もない理由に、どこか落胆している。無理にこじつけた理由に、茜の必死さを見て取りたいなんて、そんな傲慢な気持ちでいるつもりはなかったのに。どうやら、思った以上にこうして再会するまでに思い出を掘り返し過ぎてしまったみたいだった。
 けれどそれならば猶更、事務的な用事しかないというのならメールひとつ寄越してくれれば済む話だった。だから、過剰に意識してしまったのだろう。
 茜は、今日神童を呼び出すのに携帯ではなく自宅の電話に連絡を入れてきたのである。メイドに取り次がれた電話の感触は、告げられた名前を聴いた瞬間からひどく余所余所しいものに思えた。

「メールでも良かったのに」

 思っても口に出す素直さは、やなり離れていた時間が、茜と神童の間に積み重なっていた言葉への耐久度への経験値を吹き飛ばしてしまったからだ。
 そして茜は、神童の言葉に傷付くほど、彼を身近に映してはいないのだろう。それでも、思い出の残滓が消えることはないから、過去の彼女自身への慈しみとしてこうして向かい合っている。

「連絡先、消されてたら、寂しいから」

 放り出せない用事があるのに、直前に落ち込みたくなかったのと悪い想像を語る割には穏やかにココアを飲み進めていく茜に、そこまで薄情なつもりはないと言い募りたかったけれどどうしたって説得力がなかったのでやめた。
 代わりに、帰ったら相変わらず幼馴染として自分と括られている霧野を呼び出して展覧会って何のことだととっちめてやることにした。



―――――――――――

胸の片隅、残痕
Title by『3gramme.』



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -