※アニメ軸かつ後再度タイムジャンプ可能なご都合時間軸注意


 マサキは困っていた。困っているのと同時に腹立たしくもあった。マサキの数メートル後ろにいて、年上のくせにいやに無邪気な瞳でもって彼を見つめてくるジャンヌに何やら余計なことを吹き込んだらしい霧野をとっ捕まえて殴りかかってやりたいという衝動を――もっとも実践したところで華麗に避けられてしまうだろうが――必死に抑え込んでいた。
 一度タイムジャンプした時代にならば、歴史に影響を与えない範囲で再度タイムジャンプすることができるという理屈がそもそもおかしいのだ。過去の偉人とそう易々と友好的な関係を築いていいのだろうか。マサキがその席を譲ったことでジャンヌと出会い、心を通わせ彼女の力を借り得るに至った当の霧野は今回TMキャラバンの定員の都合で現代に残っている。ジャンヌに会いに中世フランスに来ているのに霧野が来ないことも初対面の際に同行しなかったらマサキからすれば気まずさを覚える要因なのだが、天馬や黄名子は特に気負いなくジャンヌやその周囲の人々と接している。彼等は霧野同様にとっくに彼女と友好関係を築いているからいいだろうが、マサキからすれば知人の知人と初対面で馴れ馴れしく接することができるほど心の敷居が低くはないのだ。へらへらと本音を隠す笑顔はお手の物だけれど、感情の上っ面だけで接するにはジャンヌは純粋でそれでいて霧野に吹き込まれたマサキの曲がった性根を待ち望み過ぎている。変な人だとマサキは戸惑う。きっとへそ曲がりだとか、周囲の部員にばれないように霧野にマサキがしでかしてきたあれこれを人の悪意に傷付きやすいジャンヌを怖がらせない程度に薄めてはいても聞き及んでいるはずだ。

「あなたがランマルが言っていた、あの――?」

 ジャンヌが初対面のマサキに言い放った言葉にうすら寒い何かが背中を走って、未だまともな会話を交わすことなく逃げ回っている。親しみの印に飴玉を配るのが趣味だと聞いていたが、勿論そんなものを受け取る前に過去の景色が物珍しいふりをして、怪しまれない程度に首を回して散策を続ける。ジャンヌは未だマサキの後ろを歩いている。



 可愛げのない後輩がいるのだと霧野が呟いた時、ジャンヌは彼等の前でサッカーをしている天馬たちをざっと見渡した。ジャンヌには全員が――年下だからといって一様に子ども扱いできるほど彼等は未熟ではなかったけれど――可愛らしく思えた。その可愛らしさは、彼女にとっては善良であることとイコールで、勿論霧野だって可愛いし格好いい。如何にもピンと来ていない顔のジャンヌに、霧野は笑って、ここにはいない奴の話だと教えてくれた。少々性格に難があるし、可愛げもないが結局イイ奴なのだという。その後輩の名は狩屋マサキというのだが、彼が気を回してくれなければ自分はこうしてジャンヌと出会うことはなかったとも。ジャンヌは、霧野と出会えなければ自分の信仰すら見失ってしまっていたかもしれないと心底信じていたものだから――霧野がいなくても歴史上彼女が成すべきことを成すことは決まっていただろうけれども本人がそれを知るはずもないので――、ならばそのマサキという後輩は自分にとっても恩人になるのだろうと感謝した。ジャンヌの発想の素直さを、霧野は眩しそうに眺め、そうかもしれないと頷いた。もしも会うことがあれば話してみればいいとも。きっと霧野から自分の話を聞いているジャンヌに猫のように警戒心を露わにして、それから戸惑って逃げ出すだろうと彼は笑った。逃げ出してしまうのかと眉を寄せるジャンヌに、逃げるのならば追いかければいいと吹き込んで、「アイツは逃げ切れた例がないよ」と、やはり愉快そうにその話題を結んだのであった。
 そして今、ジャンヌの前には霧野の予想通りの動きを見せるマサキがいる。だからジャンヌも霧野に言われた通り追いかけている。マサキが諦めて振り向くか、ジャンヌが落胆して立ち去るか。これは根競べなのだ。可愛らしい見かけと裏腹に、ジャンヌは根競べには自信があるのだ。戯れに神が味方しなくとも、今は此処にいない霧野が味方してくれているという確信が彼女を心強くさせていた。



 もう限界かもしれないと、マサキは肩を落とす。霧野がこの場にいない以上、とっちめる相手もいないのだ。ジャンヌがマサキを追いかけ回す理由を知っているのは彼女だけで、話を聞く相手もまた彼女だけだった。そうして気持ちが諦めの方向に傾いて来ると、頭の中で霧野の意地悪い微笑みが再生されるからやはり腹立たしい。自分の性格の厄介さをマサキは自覚しているが、霧野もそれなりに難ありではなかろうかとマサキは思っている。今の所、誰にも同意して貰えない説である。

「――えーと、ジャンヌ……さん?」
「!! はい! 何でしょう!」

 ――いや、そんな嬉しそうな声を出されましても。
 足を止めずに声を掛けて、恐る恐る顔だけでジャンヌを振り返った。そこには声音と一致する喜色満面な顔でマサキを見つめている彼女がいて、しかしマサキはこの後に続く言葉が思いつかなかった。「何で着いて来るんですか」とは、如何にも拒絶の響きを纏わせていないだろうか。そしてそういった拒絶は、にこにこと笑っているジャンヌを傷付けはしないだろうか。人間関係に衝突が付き物だとして――マサキはそれを避けて来たけれど――、けれど彼女を傷付けることは一様にして顰蹙を買う悪事のように思えた。
 けれど、やはり他に聞きたいことも言うべき言葉もマサキは持っていないのだ。

「何で、俺の後着いて来るんですか?」

 作ろうとした穏やかな声は、予想以上に怯んでいた気持ちに引っ張られて情けなくも掠れていた。文面の素っ気なさなど、ジャンヌには通じないということなのか彼女は相変わらずにこにこと笑っている。返答はない。それから思い出したようにポケットの中をまさぐり、白い布袋を取り出して、マサキとの間に横たわっていた距離をあっさりと詰めてしまった。後ずさることはできなかった。ジャンヌは、手にした袋から紙に包まれた飴玉を二つ、掌に乗せてマサキに向かって差し出す。表情は、相変わらず笑顔のままだった。

「私、マサキとお友達になりたいんです!」

 輝かしい笑顔の裏に他の思惑などあるはずがないと言わんばかりの笑顔に、マサキの選択肢は一つしかなかった。つまり、礼を言って、彼女から飴を貰い友だちになること。戸惑いはあるけれど、不思議と嫌悪は微塵も感じられなかった。



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やがて、うららかなるあなた
Title by『3gramme.』



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