背中にいつも躊躇うような気配を感じている。触れたいならば触れれば良い。そう思うけれどやっぱりそれは間違った考えかもしれない。だって私と不動は恋人なんかじゃないのだから。それに天の邪鬼の私だから、もし不動がらしくもなく勇気なんか振り絞って私に向って手を伸ばしたとしても「触るな」とか言ってその手を叩き落とすんだろうね。全く以て笑えない、やけにリアルなもしもの話もあったものだ。

「タカナシ、」
「……」

 不動の私を呼ぶ声はなんだかぎこちない気がする。口を開けば結果的にお互い噛みつき合うような会話しか出来ないから、自然と身構えてしまっているのかもしれない。否、身構えているのはたぶん私の方だろう。だから、可愛らしく返事なんてしてやれないよ。好きな男にぼろくそに言われて、まあ私達らしいなあとは思うけれど、嬉しいとか喜んでいるとか、そんなことは全然ないのだから。
 そもそもこんな私が何でこんな不動なんかを好きになったのかなんて全く覚えていないのだ。気付いたら、好きだなあと思った。世間一般の常識とか色々理解しているのに、だから逆に斜に構えて一々他人に突っかかって嫌われるような言動ばかりとるこの馬鹿を、何故だか放っておくことは出来なかった。かといって無条件に人一人の全てを受け入れてやれるほど私は寛大な女でもなかった。結局私と不動は似た者同士だった。

「おいタカナシ!」
「…んだよ、ハゲ」
「お前、可愛くねえな」
「は、知らなかったの?」

 小鳥遊はいつもこうやって俺の言葉に面倒くさそうな返答しかしてこない。ああ、随分とまあ嫌われたもんだなと思いながら、それでも一人だと思って周囲を見渡すと不思議なほど高確率で傍にいるこいつのことが、俺はどうにも気になって仕方ない。恋とか愛とからしくない。小鳥遊は、本当に頻繁に俺の傍にいる。だけどいるだけだ。彼女から視線が向けられることも声を掛けられることもない。只、自分に興味など無いと諦めるには、やはり彼女は俺の近くに居過ぎた。
 「可愛くない」「ブス」「死ね」「馬鹿なんじゃねえの」は俺がよく小鳥遊に対して浴びせる罵声の一部分である。前半二つに至ってはほぼ同意語であるし、しかも小鳥遊は見た目はそれなりに上等であるし、死ねと言えば「お前が死ね」と帰って来るあたり天寿を全うしそうなくらい逞しく日々を生き抜いているし、何より馬鹿では無い。少なくとも、小学生レベルの気の引き方しか思いつかない自分よりもずっと賢い生き方を選べるのだろう。
 もしも、仮に、俺が素直に小鳥遊に向って「可愛い」だとか「好き」だとかそんな言葉を連ねて見せたら一体コイツはどんな反応をするのだろう。少なくとも少女漫画のような初な反応は望めないだろう。望んでもいないから別に良い。高確率なのは頭の心配をされるか、翌日の天気の心配をされるか、はたまたいつものようにだんまりと無視を決め込まれるかだろう。そうして俺はまた可愛くねえと吐き捨てて自分の呟いた言葉を冗談だと嘲笑って捨てるのだろう。何だか想像が妙にリアルで最早清々しい気分になってくる。それと同じくらい、空しい。

「お前さあ、俺のこと嫌いかよ」
「嫌いじゃないよ、ムカつくけどね」
「嫌いと同じじゃねえの?」
「違うよ。まあお馬鹿な不動には分かんないだろうけど」

 俺を鼻で笑って見せた小鳥遊は、一瞬、瞳を合わせて俺を見下したように嘲笑ってまた視線を俺から逸らした。たぶん普段の俺だったら間違いなく切れていて、殴りかかるか蹴りを入れるかのどちらかはしていただろう。それが、相手が小鳥遊という理由だけで、手を挙げるという選択肢は消え去って、代わりにサッカー以外で働くことのない脳味噌がフル回転してこいつの言動の意図とか根底を探ろうとする。
 惰性で生きていれば気楽だと知っている。挫折したことのない様な人間が大嫌いだった。敗北の味は知っているが、それ以上にどんな汚い手を使ってでも目的を達するという結果こそが大事だった。それはこの小鳥遊も同様で、結局俺達は同じ穴の狢で、薄暗い場所を歩いてきた者同士だった。だから惹かれたという訳では、たぶんない。気付いたら何となく好きだった。理由とかキッカケはもう、忘れてしまった。

「お前なんで俺なんかの傍にいんの」
「はあ?何言ってんの?頭湧いた?」
「その反応うぜえ。死ね」
「本気で言ってんだったらウケる。私が死んだらアンタ泣いちゃうでしょ」
「そっちの方がウケるんですけど」
「私はアンタが死んだら泣いてあげるよ、不動クン」

 一瞬、釣りあげていた口端が引き攣ったのが、不動にばれていなかったかと焦る。傍にいる。それしか思いつかなかったから、傍にいるだけなのだ。生憎私達の間には目に見えない絆とかそんなものはない。遠く離れて今頃何かアイツ泣いてんだろうなあなんて察知するようなテレパシーは備わっていないのだ。
 もし、私が本当に死んだら、不動は泣くだろうか。それは分からないけれど、こうして私が不動の傍にいることに気付いているのなら、私がいなくなったことにだってその内気付いてくれるんだろう。だったらそれだけでいいかもしれない。墓参りして欲しいとか、泣いて欲しいとか、忘れないで欲しいとか、多分お互い重いだけだろう。生きるなら、身軽の方が良い。特に不動は、きっとそう。
 余計な感傷に浸ったら少し情けない顔を不動に晒していたらしい。驚いたような、戸惑ったような顔をして、でもきっと、心配してくれたのだろう。「泣いてんの?」と私の頭に添えられた手を、私は「触んないでよ」と払う。やっぱり、私達にはまだこれくらいの距離が丁度いい。



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隣は虚無しかございませぬが
Title by『自惚れ』




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