※捏造
※ドリームマッチ(照美14歳)微ネタバレ




 神様なんて記号と同じでしょう。ベータが爪先で水たまりをついと撫でる。尾を引くように広がる波紋を照美は見つめていた。偶像は目に見えた方が、耳に聞こえた方が、口に出せた方が都合のいいことを知っている。ベータをβと結んで数式に組み込めば彼女は組織の駒になる。或いは夜空に放り投げて、二番目の輝きと指差せば機嫌を損ねるのだろう。如何せん我が強い。穏やかさに自信をのぞかせる過剰は神に似ていた。けれどもやはり、ベータは神よりも女が似合う。細める瞳の妖艶なこと――! 神をも喰らう気かいと戯れに光を灯せばそれは鬼の趣向でしょうと一息に消されてしまう。 雨上がり。石畳に陽光を受けて輝く粒を、ベータは容赦なく踏んづけた。煌めきは無造作に落ちていてはい けないのだと、磨きもしない天然を怠惰のように厭っている。照美はできるだけ、彼女とは反対の仕草を心がける。美しさは磨くもの、与えられた才能に感謝を、目を潰しても美しさをそれと知るだろう。成程僕は美しい。事実を並べればベータは呆れたと肩を竦める。他人にばかり謙虚さを求める身勝手、それが彼女にはお似合いだった。

「アフロちゃんはとても可愛い」
「その呼び方はやめてくれないかな」

 抗議の声と、指先を交わしてベータは駆け出した。速さに適した姿勢を保つ。風を裂いて行くように。けれどもそれでは飛べないのだと、影二人分ほどの距離で立ち止まった彼女はくるりと後ろに手を組んで振り返る。笑っていた。駆け出す瞬間の歯を見せる笑顔とはほんの一瞬ですり替わるそれを、照美はやはり女の成せる業と見る。

「一番でなければ、認めて貰えやしないの。アフロちゃん、この意味わかる?」
「価値がないと?」
「わかりません。私の価値観じゃなくてマスターの価値観でしょうか…」
「マスターとやらも記号なのかい?」
「記号!」

 呼称については一先ず指摘を見送った。不満げに頬を膨らませるベータには、照美の切り返しはどうやらお気に召さなかったらしい。それでいい。戯れたがる少女には多少の意趣返しくらい許されるだろう。一番の価値を知らないわけではないけれど。勝者と呼び表すことをしない立ち位置は、きっとベータの手に入ったことがないのだ。βは記号、組織の駒は並列に兵隊を部隊に仕立て目印に配置された彼女は勝者ではなく一番であることを探す。勝率、個人技、統率力、或いは総合的な強さ、利便性。その全てを人は兼ねられないから組織というものがあるのだと、悲しい哉ベータはもう気付いている。活かされた瞬間の閃き、身体が突き動いてただできるという感触に包まれたこと。あの時彼女は一番で一つのピースだった。けれど駒などではなかったと、どこかときめきが疼いてじっとしていたくない。
 照美を見つめる。綺麗な人間だ。神様などと名乗らなければ、率直に可愛いと伝えていただろう。神様は好きではなかった。それは所在を確かめようのない不確かさと、作り物めいた完璧さを、未来を生きるベータが尊ばないから。やがて神に近付いた人間の進化が人間を滅ぼしかけたとして、助けてけれたのは神ではなく人間の子どもだった。

「美しさは、永遠じゃあないんですよ」
「神を疑っているんだね」
「いいえ、信じたいとも、私これっぽっちも思っていません」

 だから未来に残らない神の姿を貴方が纏う意味もわからない。完全でも永遠でもないのなら、その神は紛い物ではないかしら。
 頭の先から爪先まで、ベーダは何度も視線を往復させて照美を観察したけれどやはり、彼女には彼が人間にしか見えないのだ。同じように、照美の目には自分がただの女の子に見えていることもわかっている。侮るなかれ、私は決して弱くはない。それでもベータは駒のまま。βは記号、二番目の印。アフロディテは神のひとつ。信仰の印。愛と美と豊穣を司る、勝利を求めるとはとても思えないような偶像。黄金の林檎は果たして彼の手の内に落ちたのだろうか。一番の証拠。ベータにとっての黄金の林檎は勝つことでしか示されない。けれど今までだって一度も目にしたことがない。もしかしたら存在すらしないもの。

「アフロちゃんは、とっても可愛い」

 先程よりも心を込めて。ただの人間の貴方が大好きだと伝わるように。どうにも、神様なんて不相応な称号だと思うから。白い翼が太陽に焼かれて堕ちてしまうくらいならば、端から地面を歩いていた方が堅実だろう。高望みはしないのが賢い。もっとも、ベータが堅実を好むかと言われればそれは疑問が残るけれど。才能はあるにこしたことはない。可愛らしさも、美しさも、目に見えてわかりやすく誇示された方が納得もいく。実力は、隠していては意味がないのだ。戦って、叩き潰さなければ勝者にはなれないのだから。その為の、駒と毅然とした意志をベータは兼ねている。
 それに比べて照美の身軽なことと言ったら、神様なんて名乗りを上げて有象無象の信仰心に絡め取られていやしないのだからやはり紛い物なのだろう。天に愛されたつもりの、ひた隠す堅実を嗤おう。可哀想なアフロディーテ、フィールド上に神様はいらない。ましてや美しさなんて。手を伸ばしても、照美の頬には届かない。可愛いお顔を不用意に傷付けなくて済むのなら、二人にはこの距離がお似合いだろう。神様は嫌い、けれど照美の顔は嫌いではない。

「黄金の林檎、私も欲しかったなあ」

 ――世界にたった一つなら、それはそれは美味しかったんでしょう?
 自身に宿る女神の名前、アテナもまた手にできなかった美しさの象徴を求めるようにベータは空に手を伸ばした。何かが触れるはずもない。

「ねえアフロちゃん、林檎、美味しかった?」

 照美に背をむけて、歩き出しながらベータが問うた。不和の林檎は神話の世界で輝いて、現実の、生身の少年の手元にあるはずもないけれど神ならば、本物であるならばそれはたった一人なのだから照美自身の物語であるはずだった。真実を疑わないのに、仮定をかざす愚かさにベータは笑う。それはとても楽しそうな笑みだった。くだらない話ばかり、さようならを告げる間も必要なくすれ違っていく二人の記号の話。

「アフロちゃんは、やめてくれないかな」

 最後の文句は、聞こえないふりをした。




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完璧な嘘をよろしく
Title by『3gramme.』



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