この男は本当に自分が好きだなあ。この時ばかりはリカはマークに対して自分への有り余るほどの愛情を認めざるをえなかった。普段ならば、友達から送られる「リカは愛されとるねえ」の言葉に「それなりに、」と言葉を濁して逃げる事も出来るのだけれど、今回ばかりは無理だった。その通りだと、頷かざるを得なかった。
 マークとリカは、距離とか付き合いの長さとかの問題以上に、相手は自分以外の誰かが好きだとかそんなお互いの勝手な思い込みという最大の難関を乗り越えてなんとかお付き合いまで漕ぎ着けた。それでも結局日本とアメリカというお互いの拠点を移すことなど出来ないのだから、始まって早々遠距離恋愛という形を取るほかなかった。別段そのことに不満はない。好きならば、その内自分の足で色々な障害を飛び越えられるようになってから実行すればいいと思っていた。言い換えれば、それしか方法はないと思っていた。ここまでが、数分前までのリカのマークとの恋愛に対する考え方である。

「リカ!」
「……はい?」

 学校が終わりそのまま友人等とサッカーの練習をしていた。そして帰宅して家の引き戸を開けた途端、見覚えのある金髪の少年が其処にいた。言わずもがな、マーク・クルーガー本人である。見覚えのあるアメリカ代表のユニフォームに身を包み、呑気にお好み焼きを焼いているマークが、目の前にいたのである。
 寝耳に水の事態に立ち尽くすしかないリカではあったが、流石にドアを開け放したままでいる訳にもいかない。何とか一歩を踏み出して、後ろ手に戸を閉める。だがそれでも未だに思考は混乱したままで一向に整う気配が無い。どうして、何で彼が此処にいるのだろう。日本に来る予定があるなんて、一言も聞いていない。
 マークは直ぐにでもリカに駆け寄りたいのかもしれないが、目の前のお好み焼きが焦げてしまうことも気がかりなのか、慌ててお皿に作っていたそれを盛っていた。正直、へらを持つ姿があまり似合っていないと思う。
 そもそもマークはエプロンを着けていないではないか。こうして家の中に彼がいるということはかなり不本意ながらリカの母親が彼を通した訳である。そしてマークは人様の家で勝手に料理を始めるような不作法者でもない。これもまたリカの母親が材料等を渡してやったのだろうから、ついでにエプロンくらい着けさせてやれば良い物を。
 混乱するあまりに余計なことばかりが目に付いてしまう。手の空いたマークは漸く嬉しそうにリカに駆け寄ってくる。ああ、本当にマークが目の前にいるのだ。そう実感した途端、マークが自分に抱き付こうとしているのが分かってしまって手を突き出して制止する。

「リカ…?」
「ああああのな、抱き着くんはあかん!」
「…?どうして?」
「あー、さっきまでサッカーの練習しててん、汗かいとるから…」

 言わせないで欲しかった、こんなことは。羞恥に顔を赤く染めてぷい、と逸らす。きっとマークはそんなこと、と笑うのだろう。嬉しそうに、愛しそうに。それでもリカはマークが好きな只の、だけどマークにとっては特別なたった一人の女の子だから。らしくないとか、そんなことと笑い飛ばされたとしても、譲れなかったり拘ってしまうことだって沢山あるのだ。
 好きの想いのまま突っ走ってくっついていなければ落ち着かなかった過去を思い出して苦笑する。今はこうして女の子らしさなんて求めてくっつかないでと叫んでる。それは、マークが自分を愛してくれていると知っているから。触れ合わなくても相手は自分を好いていると確信するなんて、少し図々しいだろうか。

「あのさ、俺もさっきまでお好み焼き作ってたんだ」
「ああ、せやね。少し見えとったわ」
「だけどさ、エプロンもしてなかったし、料理とか得意じゃないし」
「うん?」
「ジャージも少し汚れてるし、だからさ、」
「…マーク?」
「やっぱり、今すぐリカのこと抱きしめたいんだけど、良いかな」

 ダメなんて、言えそうにない優しい声だった。おいで、と促すようにそっと手を広げるようにリカの前に立つマークが、少しだけ大人びたように微笑んだマークが、凄く格好良く見えたから。こんな素敵な人が自分をこうして想って求めてくれることが嬉しかったから。リカはなんだか泣きたくなって来てしまう。だけどそれは今は場違いな気もする、泣き顔なんて可愛くないし、マークには見られたくない。
 だから、二人の間に残っている最後の一歩を大股で縮めて、自分からマークの腕の中に飛び込んだ。瞬間、届いたマークの香りはこの家には馴染んでいない異質なもので、それが少しリカを悲しませたのだけれど、背中に添えられたマークの手が暖かったからやはりリカは嬉しかった。

「会いたかった、凄く」
「うん」

 今、リカの後ろにある戸をお客さんだったり、どうやら出掛けているらしい母親が帰って来て開けたとしたら、たぶん恥ずかしい気持ちになるのだろう。だけど、戸の向こうに絶えず行き交う通行人の気配なんてお構いなしにずっとマークに抱き着いていたかった。だって幸せだったから。
 マークがぽつりぽつりと言葉を吐く。会いたかったと繰り返して、好きと呟く。愛してるはまだ、リカが気恥ずかしくて嫌がるから言わない約束。大人っぽい言葉は苦手だ。マークの言葉に小さく頷きながら、自分も同じ気持ちだと伝えてみる。見えないマークの顔が嬉しそうに緩んだ気がして、リカも笑う。以心伝心とか、照れてしまう。会いたいから、会いにきたと、此処にいた理由を問えば少しだけバツの悪そうな顔で教えてくれた。一緒にいれるように、その努力は出来るようになってからでいい。確かにリカはそう思っていたけれど、会いたいと願う気持ちはまた別だったから、素直にありがとうと返した。
 ふと視界に映るマークが作っていたお好み焼き。これからあれを一緒に食べて、その後に、好きな人が作ったお好み焼きを食べたら結婚しなくちゃいけないなんて嘘を教えてみたらマークはどうするだろう。たぶん、喜んで彼の未来を差し出して、なおかつ自分の未来を受け取ってくれるだろう。だってマークはリカを想っていて、逆もまた然りなのだから。



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意図的な体温で触れる
Title by『にやり』




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