※捏造注意



 近未来的な景観の中を、皆帆は興味深いと視線を廻らせながら歩く。滅亡の危機を脱したファラム・オービアスの街は、皆帆たちアースイレブンが到着したばかりの頃に漂っていた悲壮感とは打って変わって賑やかで活気に溢れていた。ブラックホールのせいで薄気味悪い暗がりに覆われていた空も、透き通る青空が広がっていた。この惑星にも太陽のような存在があり、また海がありこのような現象に囲まれているのだろうかと皆帆の好奇心が疼く。解明したいような気もしたが、我慢することにした。最優先に持ってくることではない。惑星の実態よりも、そこで生きる人々の観察をする方が彼の性に合っている。
 ブラックホールの消滅だけではなく、ララヤが真の女王として歩み始めたことへの期待、オズロックによって限界まで陥らされた絶望を宇宙中の仲間と打破したことへの希望が今のこの星を覆っている。その先頭で勝負していた皆帆へ注がれる視線は数が多すぎることは辟易してしまうがどれも暖かなものだった。ファラム・オービアスの負の側面として増える一方だったスラムの人々への救済策も迅速に進められているらしく、折角だから探検に出掛けてくるよと言い出した皆帆へ立ち寄らない方がいい場所として提示されることはなかった。単純に道先案内人がいたからかもしれないけれど。

「いいか! この道を真っ直ぐ行くとオレとガンダレスがよく行く店があるんだ!」
「へえ」
「それでここを右に曲がるとヒラリの行きつけの怪しい臭いのするキツイ感じの女たちが出入りする店があり――」
「香水かな」
「あっちにはロダンが爆薬を内緒で売ってくれる奴がいると言っていたが秘密の暗号が必要らしい」
「違法だろうね」
「そこのショップには気を付けろ。ここでメルヴィルと遭遇すると荷物持ちにされるんだ!」
「なるほど、気を付けるよ」

 皆帆の道先案内人を買って出たリュゲルは得意げに――単にいつもの調子で――ぺらぺらと市街地の様子を説明する。そのどれもが自分の生活範囲内での情報で、観光のガイドブックとしての評価は高くないと冷静に分析しながら、しかしその厚意には皆帆は素直に感謝している。ララヤの提案により地球に帰るまではファラム王宮にも自由に出入りすることが許されているのだが、そこで遭遇したバラン兄弟に「ちょっと市街地の方に探検に行くんだ」と予定を打ち明けたところ着いて行ってやると上から目線で言われたときには驚いた。しかも兄弟揃ってならまだしも、兄であるリュゲルは弟であるガンダレスをその場に残して行く気だと知ったときには猶更。

「ねえ、やっぱり弟さんも一緒にくればよかったんじゃないの」
「仕方ないだろう、一応紫天王として任されていたことをほっぽり出してくるわけには――」
「うん。それ、やっぱり君もここにいたら不味いんじゃないの」
「何言ってる! 客人をもてなさないで放置するなんてファラム・オービアスの紫天王としてもっとよくないに決まってるだろ!」
「そうかなあ?」

 正論で言い負かす自信はあるけれど、あまりにリュゲルが必死に言い募るから気が削がれた。しかしガンダレスは大丈夫だろうか。ひとりで王宮に残されて迷っていないだろうか。余所者である皆帆が、彼等のホームでもあるこの星での土地勘まで心配してしまうのは、やはりこの兄弟はいつでも一緒にいるイメージを強く抱いているからだ。そう思うと、こうしてリュゲルと一対一で向き合うのは初めてのことで、どこか新鮮だった。
 敵だったけれど、間違った知識をひけらかしては弟からの賞賛を受ける彼に敵への警戒心を持ったことは正直無きに等しい。試合中の実力は目を見張るものがあったけれどそれでもいつも一歩抜けている。黙っていれば、悪くない見た目なのにと分析し、本人に伝えては失礼かなと苦笑する。言っても、褒められた部分だけを耳に入れてふんぞりかえるだけかもしれない。

「――それでな、」
「うん」
「オレとガンダレスが生まれた場所は、あっちの方にある。ここからはちょっと遠いな。紫天王になる前、実力を見込まれて王宮に呼び出されるまで暮らしていたんだ」
「そうなんだ」
「いつか連れて行ってやるよ」
「――え、」
「遠慮しなくていいぞ!」

 言いたいことだけ言いきって満足げに笑うリュゲルを、言葉に滲む厚意とは裏腹に皆帆は嫌なことを言うんだなと思ってしまった。
 世界で一番尊敬していた父親を亡くしてしまった皆帆は置いて行かれる寂しさを知っている。叶うことのない約束を一方的に押し付けるということは、この寂しさに似ている。リュゲルの言う「いつか」を、彼自身心の底から信じているのだろうか。皆帆は地球人で、いつかファラム・オービアスを去り地球に帰らなくてはならないのに。その前提があるから、この惑星の人たちは一層自分たちに優しいのだと思っている。伝えられる内に感謝を伝えようとする思考は合理的だ。後悔は残すべきじゃない。お互いに。
 だから皆帆は答えなかった。「行ってみたい」とは言わなかった。遠くに行っている時間なんてないだろうから。皆帆たちが地球に帰る日は直ぐにやってくる。そんなことすら、リュゲルは覚えていないのか。

「なあ皆帆、確かにこの王宮に続く道は賑やかで栄えているけど、他にもこの星には良い場所が沢山あるんだ。連れてってやるよ」
「――気持ちは嬉しいけど、あまり遠くへ行っている時間はないよ」
「……ちょっとくらい大丈夫だろ!」
「行けないったら」

 皆帆の正論に勝てないリュゲルは、皆帆の手を取って歩き出そうとした。何処へ連れて行こうという算段はなかったけれど、皆帆の反応が自分の望んだものとは違っていたことが気に入らなかった。子どもじみた癇癪への発展が早すぎた。行こうと思えば何処へでも行けるわけではない。それなりの準備と時間がいることくらい、いかにこの星の技術が優れていても当然のことだ。勢いで取ってしまった手を、皆帆は振り払わなかった。大股で歩き始めるリュゲルにも抵抗しなかった。それは、どうせすぐに直面する現実に匙を投げるしかないだろうと見守る親の眼差しに似ていた。
 実際、リュゲルは数分歩いて足を止めた。頭が冷えたのだろう。俯いて、繋いだままの手をしっかりと握り直す。

「――帰る?」
「もうちょっと…、案内してやる」
「そっか。じゃあお願いしようかな」
「感謝しろよ」
「うん」

 リュゲルの決まりが悪そうな態度に、皆帆は何も言わなかった。繋がれたままの手にも。道行く人々の目に、男同士手を繋いだまま歩く自分たちがどう映っているのか、気になるがそれはあくまで自分を観察対象に据えての好奇心だと誤魔化すことにする。幸い、奇異な視線を向けられることはなかった。この星のことをよく知らない皆帆を、リュゲルが面倒見よく案内しているように映っているのかもしれない。それは正解しているようで間違っているのだけれど、やはり皆帆は満たすべき好奇心の順番を調整して今はリュゲルの厚意を受け取ることを優先した。

「――遠くへ行くのは、また今度にしよう」

 今度は得意げな顔で言い出すリュゲルに、やはり皆帆は何も言わなかった。けれどそれは、掛ける言葉がなかったから。自分本位に生きていればなるほど純粋なままなのかもしれない。嘘吐きにはなるまい。そう唇を噛んだ皆帆の顔が、アースイレブンの仲間でさえ見たことがないくらい悲しみに歪んでいたことを、彼の手を取って喋りながら先を歩くリュゲルが気付くことはない。行けるものならリュゲルと遠くにも行ってみたかったと思っていたことも、知る由のないことで。
 だからせめて、今繋いでいる手は解かないでいようと思った。その為の時間を長引かせるように、皆帆はリュゲルが案内してくれているこの道を通るのが二回目であることを教えようとはしなかった。



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ひとはこれを過去形で語るだろう
Title by『告別』



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