※フィディオが残念なイケメン


 さて、今俺の目の前でどこぞのイギリス紳士よろしく巨大な薔薇の花束をこちらに向かって差し出している男について話そうか。


 こいつの名前はフィディオ・アルデナと言って、FFIイタリア代表の副キャプテン。顔立ちはかなり整っていて、きっとイケメンの部類に属している。一緒に歩いていると周囲の女子から羨望と好意の眼差しを受け捲っているので間違いないだろう。そしてその都度「マモルは俺が守るから安心して!」と親指を立てながら謎の宣言をしてくる。成程、イケメンの隣を歩くというのは男であっても危険なことなのかもしれない。その場所を私に譲りなさいと刺される自分の姿を想像してちょっと凹んだ。だがそんなことを気にしていたら、俺は殆どのチームメイトの隣を歩けないことになりそうだ。そう反応してみれば「他の男の話なんて聞きたくない…!」と言われる始末。確かに、ライバルチームの選手ということ以外ほぼ知らない人間の話をされても面白くないだろう。しかし涙目になるほど酷いことを言っただろうか。わからない。
 そして俺をジャパンの宿舎まで送り届けた(そもそもこの送迎の必要性がわからない)別れ際、フィディオは毎回寂しそうな顔をしながら俺の両手を握ってじっと見つめてくる。最初はイタリア人とはこういうものなのだと思っていたが、最近では若干顔が近過ぎやしないかと思っている。そして時間が長い。もともと気が長い方じゃないから、ちょっとしんどい。
 フィディオはたぶん、俺に言いたいことがあるのだろう。何かを言い淀んでは口を閉じ、恥ずかしそうに顔を赤くして背ける。いくらフィディオがイケメンとはいえど男である以上、正直気持ち悪いなと思ってしまうときも無きにしも非ず。これはつまりどっちなんだっけな、国語の成績は芳しくないのだ。いや、冗談。そんな友だちに気持ち悪いなんて思って無いぞ? ただ変な奴だなと思うくらい。本当に。
 ある日、フィディオに好きだと言われた。俺もフィディオはいい奴だと知っているから当然ありがとうと返事をした。けれどフィディオはそうじゃないんだと言って聞き入れない。いくら説明されても、フィディオの「好き」が恋愛的な意味というところまでは理解できるのだが、何故そんな感情が同じ男の俺に向かってきているのかが理解できない。結局、俺は首を捻るしかない。フィディオは俺の反応に相当落ち込んでいるように見えたが、そこはポジティブなイタリア人。スポットライトを浴びて打ちひしがれている舞台役者かとツッコみたくなるくらいの大仰さで立ち上がり「俺、マモルに伝わるまで頑張るよ!」とまた謎の宣誓を残してその日は去って行った。夕日がきれいな日だった。
 それからというもの、フィディオはほぼ毎日日本エリアにいる俺の所にやって来ては「好き」だの「愛してる」だの甘ったるい声で囁くようになった。周囲の人間が不思議がったり、何だコイツといった具合に怪訝な視線を寄越したりすることは別段気にならない。しかし「コイツ頑張るなあ」と他人事のように考える俺はもしかして冷たい人間なんだろうか。でも仕方ないだろう。初恋すらわからないのだ。女の子にときめいたことすらない。そんな俺が、どうすれば男にときめけるのか。わかるはずがないだろう。
 今日、夕飯前に自主練をしようと宿舎を出ると途端に視界が赤、赤、真っ赤に染まった。それと同時に強烈な花の香が鼻を突く。「うっ」と後ろに仰け反ればそれが薔薇の花だと気が付いた。そしてその薔薇の花束を突きだしていたのはフィディオで、ここで漸く冒頭部分に戻る。

「はい、マモル!」
「……あー、俺に?」
「うん、凄いでしょ」
「……俺、花とかもらってもすぐ枯らすぞ」
「受け取って貰えることに意義があるんだ」

 「だからはい」 とフィディオは俺に花束を押し付ける。これは受け取ってもらえたとは言わないのではないか。相変わらず強烈な花の匂いに顔を顰めそうになるがフィディオへの友情へと最低限の他者への礼儀でもって堪えた。小さな声で礼を述べることも忘れない。けれどやっぱり、こんな花束を貰っても嬉しいとは微塵も思えなくて、こういうのはもっとこういう花束が似合う女子を選んで渡してやった方がいいと思った。

「――なあ、フィディオ」
「何だい、マモル?」
「俺……『好き』とか、『愛してる』とか、訳の分からない難しいことばかり言ってくるフィディオじゃなくて、ただ『一緒にサッカーしよう』って言ってくれたフィディオの方が好きだったよ」

 同じ地球圏に住む人間の言語かと疑うほど、疎通のできない単語ばかり。一緒に走ることができた以前が懐かしい。押し付けられている気がしてならない気持ちは、嫌いになったわけではないのにひどく寂しくさせるからフィディオと会うこと自体が悲しかった。
 だからといって、離れてしまうこと怖さにフィディオの気持ちを受け入れることはできない。というよりもわからない。自分の気持ちが。

「―――。そうだね、ちょっと、焦り過ぎたかもしれない」
「……ちょっとかよ」
「あはは! まあ兎に角、一緒にサッカーしようよ、マモル!」
「――! ああ!」

 どこか吹っ切れたような、相変わらずのイケメンスマイルと共にフィディオは俺の手を取って駆け出した。それと同時に俺の手から薔薇の花束が零れ落ちる。小さく声を上げたオレに、フィディオはあんなものはもう良いと言うけれど良くないだろう。宿舎の入り口にあんなデカい花束が落ちているなんてちょっとした珍事じゃないか? けれど久しぶりにフィディオと楽しいサッカーができるのだと思うと、俺も花束のことなんて直ぐに意識から消えてしまって結局そのまま二人でグラウンドまでの道を全力ダッシュ。
 その日の夕日は、すごくきれいだった。



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