※アスイレ地球帰還後設定
※捏造注意

 空港は平日の昼間ということもあってさほど混雑していなかった。もっとも、滅多に空港になんぞ寄りつかない瞬木にはこの人の流れが激しいのか否かの判別はつけられない。毎年テレビのニュースで連休辺りに報じられる帰省や出国のピーク時の映像に比べれば閑散としていることは間違いなかったけれど。
 すれ違う通行人たちは時折振り返って瞬木たちの顔を見返して指を差しては声を潜めて何事かを囁き合っている。どうやらグランドセレスタ・ギャラクシーに優勝した結果はそのまま世界大会で優勝したという事実にすり替えられているらしかった。何も知らない人々に言い訳する必要がないことは気楽だったが、宇宙人の技術力とはたいしたものだと思う反面あっさり洗脳染みた刷り込みを受けている地球人に呆れたくもなってくる。

「そんなぼけっと歩いてると、はぐれちゃうわよ」

 瞬木の前を歩くさくらが振り返りながら言う。転ぶから前を向くよう言っても利かない。バランス感覚には自信があるのだと言い張って、それは足元の不注意に関係あるだろうかと思ったが言わない。人の痛いところを突くことに遠慮しなくなった瞬木ではあったけれど、さくらに対して飛び出した言葉が自分の小さな弟たちを過ぎらせての言葉だったから黙っておいた。うっかり同級生の弟たちと同列の扱いをされたとさくらに悟られれば余計に話がこじれるだろう。彼女は声が大きい。
 今日はさくらがお台場から沖縄に向けて帰る日だった。地球に帰って来てから数週間はアースイレブンのメンバーとお台場で過ごしていた。一応は世界大会の優勝チームということになっているので、メディアへの対応に付き合わされていたのだ。とはいえ、直接記者に質問されては世界大会と銀河の危機を救ったグランドセレスタ・ギャラクシーの記憶を思い浮かべている自分たちとの間に齟齬が生じてボロがでるだろうから、大抵は紙面による回答だった。それを仲間たちと辻褄を合わせつつ適当に答えて提出し、あとはもう顔を合わせるかわからないメンバーとの感傷に浸るかのようにサッカーをした。空いた時間を埋める手段にサッカーを持ち出すなんて、イナズマジャパンに招集された当初からは想像もつかない帰結だ。もっとも、あの頃の瞬木であっても誰かに声を掛けられれば応じていただろう。その場の空気を読むこと、それが何より重要だった、あの頃だ。何だか随分と昔のことのような気がしてしまうのは、こんな日が来るとは思ってもいなかったからかもしれない。

「あ、瞬木! 私お土産みたい!あそこ、見てこ!」
「はあ? 買い物ならもうアクアモールで充分済まして来ただろ? この上誰に買うんだよ」
「えー、いいじゃない。東京に出てくる機会なんて下手したらもう何年もないかもしれないんだし!」
「………そりゃあ、あんたはそうか」
「そうよ、あんたみたいに近場から招集かかった人ばかりじゃないのよ!」

 強引にさくらが瞬木の腕を掴んで露店を指差す。うんざりした返答も効果は無くて、どうしてこの場に二人きりでいなくてはならないのかという不満が湧き上がっても薄情なチームメイトたちは時間ギリギリに直接出発ロビーまで見送りに行くからだとか、先に地元に戻ってしまっている。天馬あたりは素直に見送りに行くよと笑っていたのに、直後にマネージャーから「空気を読みなさい!」と首根っこを掴まれて時間ギリギリに行く派にまわってしまった。
 つまりはこの二人きりという状況は半ば意図的に生み出されたのだ。そうする目的を察せないほど鈍くない。そして素直に便乗するほど、やはり瞬木は鈍くない。
 率先して瞬木を引っ張っていくさくらの横顔はいつも通り明るい。それが虚勢かどうかは探らないでおく。泣かれたら面倒だ。こういう考え方今の自分らしいのかそうでないのか、瞬木にはわからなかった。

「わあ、これ可愛い」
「出た、女子の可愛い」
「何よ、文句あるの?」
「別に?」

 腕時計を確認すると、時間にはまだ余裕があった。寧ろありすぎるくらいで、その余った時間全てをさくらが買い物に費やそうというのならば瞬木の気は重くなる。
 出先のらしさを感じられない小さなハート形の石がついたストラップを可愛いと褒めそやすさくらは、ポケットに手を突っ込んで手持無沙汰をアピールする瞬木など見向きもしない。ピンク色の石が付いたストラップと緑色のそれを掲げては残念そうに溜息を吐く。

「好葉とお揃いにしたかったなー」
「森村はもう京都に戻っただろ」
「わかってるもん!あーあ、好葉も飛行機で帰ればよかったのに。何で新幹線にしちゃったんだろ」
「あんたと一緒だと疲れるからじゃないか」
「この期に及んでそういうこと言うのやめてくれる!? 不安がっても払拭しようがないんだから!」

 他人からの心象に不安がる可能性を覗かせたさくらを意外に思いながら、瞬木は肩を竦めてみせた。一応、了解の意を示したのを感じ取り、さくらは入念に彼を睨みつけるとそれからさっさとレジに先程のストラップを持っていく。何色を買ったのかはわからなかったが、袋を小分けにしてもらっていることからしても複数買ったのだろう。連絡先はアースイレブンの全員が各々交換しているので後から送ることもできる。瞬木は携帯を持っていないので、家の電話番号と住所を取り敢えず教えてある。携帯を買ったら天馬や直接顔を合わせやすい誰かにアドレスの拡散に努めるよう約束までさせられた。いつの間にか仲良し集団になったものだと思いながらも、断固として拒否する姿勢を取らなかった自分も自分だと思う。
 誰も彼もがサッカーを続けるわけではないだろうに、いつまでこの絆が続くものだろうか。それは今疑うべきではないのだろう。そうでなければ、さくらの見送りだって億劫になってしまう。
 そんな瞬木の感傷と呼ぶには歪んだ思考を遮るように会計を終えたさくらが戻ってくる。そして彼の胸に小さな紙袋を押し付けた。ポケットに突っ込んだ両手をそのままに首を傾げた瞬木に「可愛くない!」と「さっさと受け取りなさいよ!」と二つの言葉を矢継ぎ早に紡いでさくらはさっさと彼の隣をすり抜けた。見失わないよう、慌てて視線で追いかける。

「――何これ」
「餞別」
「え、要らないんだけど」
「うるっさいなあ! 去る側があげるって言ってるんだからその場しのぎでもいいから笑顔で貰っておきなさいよ!」
「あっそう」
「それから! 私が飛行機に乗るまで中、見ちゃダメだからね!」
「はあ?」
「ほら、仕舞って仕舞って!」

 急かされて、言う通りにした。瞬木が渡された紙袋を仕舞うのを見た途端、さくらはほっと安心したように顔を綻ばせて、笑った。

「最後くらい、和やかにいなくちゃね」

 別にいつもいがみ合っているわけじゃない。衝突なんて滅多にしなかった。けれどたぶん、瞬木の性格と自分の性格を合わせ見たら自分に素直な人間と負けず嫌いな人間のやり取りが穏やかに済む可能性の方が少なかった。現にここまでの会話だって、相手の言葉に一々素直に頷けた例がないのだから。
 けれど急に、最後くらいなんて笑って言われてしまって瞬木は反射的に言いかえしかけた言葉を飲み込む。見送りに来ているのだから、今更言わなくてもわかっていることだ。それなのに、冷や水を浴びせられたかのように頭の片隅が冷めてしまったのは何故だろう。お土産やら、既に別れた仲間を恋しがっていたのはさくらの方だったのに。もしかしたら、ロビーで手を振って、出発のゲートを潜ってしまった瞬間から彼女は自分たちのことを過去の誰かとあっさり割り切ってしまうのだろうか。
 さくらは今回招集されたメンバーの中でも露骨にサッカーを楽しく思うようになっていたようだけれど、当初の目的は世界でも有名な新体操のクラブに留学する為の資金を得ることでお台場なんて振り返る余地も無くなるのだろうか。
 それならそれで、瞬木だって同じように自分の生活に帰ればよかった。弟の世話を見て、サッカーを続けるにしろ陸上に戻るにしろ回帰した日常は今まで通り目まぐるしいだろう。そんな張り合うような姿勢がそもそもおかしいのだと、瞬木自身わかってはいるのだ。
 いつの間にか待合エリアに自然と足は向かっていて、考え込むあまり進行方向をさくらに預けっぱなしにしていた。ベンチに座り隣を叩くさくらから微妙なスペースを空けて瞬木も腰を下ろす。不自然な距離感に、幸い彼女は追及して来なかった。

「――見送り、ありがとね」
「何、急に」
「だって、独りで来たから」
「………」
「留学する為に、一番になる為に、独りで来たから。誰かに見送って貰えるなんて、何だか嘘みたい」
「……誰だって、そうなんじゃないの。キャプテンとか以外はさ」
「そうだね」

 素直な会話は存外居心地が悪い。前を通り抜けて行く人々を眺めながらぼんやりするしかない。他にも見送りに行くと言っていた連中はそろそろ来てもいいはずなのにと思っても、瞬木が期待するほど時計の針は進んでいなかった。

「瞬木」
「――何」
「ええと、――やっぱ何でもない!」

 さくらが慌てて顔を背ける。呼ばれてこちらを向いた瞬木との距離が、近かった。妙な意識をしてしまうからいけないのだとわかっていても、瞬木からも何と言っていいものかわからない。
 意図的に用意された二人きりという状況だった。その理由を察せないわけではなかった。便乗する気もなかった。けれどこの場を流してしまったらこれから先、二人に残されている選択肢は疎遠と決別以外に思いつかない。だって二人は、子どもの無力さをそれぞれの尺度で理解している。
 自分たちは、子どもなのだ。

「……野咲」
「――何よ」
「……触っていいか」

 繰り返しの会話。さくらが恥じらいで放り出した言葉を言い当てることは瞬木にはできない。だから、素直に告げる。バカみたいなことを言っている。引かれるかもしれない。
 瞬木が積み上げるさくらの手厳しい返答への防波堤は、けれど必要のない物だった。

「――いいわよ。最後だもんね」

 泣きそうな笑顔だった。綺麗だとも思ったし、なんて顔をしているんだとも思った。けれど、真正面に見つめたさくらの瞳に映る瞬木の顔だって似たようなものだった。別れの前の、もどかしくて情けない顔。お互い、らしくない。
 ゆっくりと伸ばした手がさくらの頬に触れて、彼女の肌の白さを知った。指先が輪郭をなぞって、少女の柔らかさに戸惑った。そしてこの先は、瞬木にはまだ、進みようのない場所だったからそっとさくらの額に自分の額を合わせた。視線はずっと絡み合ったままで、物言いたげな唇をその瞳に映している。

「ねえ、瞬木って、誰にでもこんなことする?」
「――しない」
「…そっか、うん、それなら、私、嬉しい」
「泣くなよ」
「うん。そろそろキャプテンたちも来るもんね」
「……そうだな」

 第三者の名前が幕切れの合図だったかのように、詰めていた距離が初めの位置に戻る。名残惜しげに、馴染んだ顔ぶれが自分たちを見つけて声を掛けてくるまではと指先だけを絡めた。言いたい言葉も、言って欲しい言葉もすぐそこにあるのに最後まで音にならない。意気地がなくて、湿っぽくてさよならみたいだった。そしてもうすこしで、本当に、さよなら。
 ポケットに入れたさくらからの選別の紙袋がやけに質感を増して痛い。かさりと音を立てれば耐えられなくて投げ捨ててしまいそうで、瞬木は余計な振動を与えないようそればかり気にしていた。中に眠る、女の子の軽々しい可愛い基準で選ばれた、さくらとお揃いのハート形の石の色を瞬木が知るのはまだあと数時間後のことだった。



―――――――――――

60万打企画/花織様リクエスト

愛は物音をたてない
Title by『春告げチーリン』




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -