イナズマジャパンの選手たちが合宿中寝泊まりしているホームエリアとスタジアムとでは以外に距離がある。外のグラウンドで練習をする際は宿舎からの移動も短時間で済むのだが、スタジアムでの練習の際は練習開始時間から移動時間にゆとりを持って行動しなければならない。なにせお台場サッカーガーデンは一般の人々も施設を利用できるしアクアモールなどの商業施設も充実しており、一般の人々も大勢行き来しているのである。朝からの練習ならば移動も容易だが午後からであったりすると移動するだけでも人混みを縫っていくのに大変な労力を必要とする。小さな子どもたちなどは天馬たちを見つけるとはしゃいで近寄ってくる子もいる。日本中のサッカー少年たちの代表に選ばれている自覚は持っているつもりだが、日本中に自分たちの顔がテレビによって映し出されているという意識の薄い天馬たちにはうまい躱し方がわからない。それでも純粋に応援してくれる声を貰っては無視して駆けて行くことなどできずについ膝を折って握手してしまったり、お礼の言葉を返していたりしている内に練習開始時間ぎりぎりになってしまうこともままある。
 そんな天馬のお人好しによる窮状を見兼ねたのか、最近ではスタジアムで練習する際の移動に葵が付き添ってくれることが多くなった。もともとひとりで移動することの方が少なかったが、自主練やらで他の仲間たちがバラバラに行動することもあるし、何より天馬の尻を叩くという意味に於いては葵がもっとも適任であるという認識は出会ってからまだ日の浅いイナズマジャパンの面々にもしっかりと浸透しているらしい。キャプテンとして練習に遅刻するわけにはいかないし、マネージャーとして先に諸々準備しておく必要のある葵に合わせて出発すれば余裕を持って行動できるはずだと天馬は遠慮なく幼馴染である彼女の世話になることを決めたのである。
 それから数日、今日の練習は朝からスタジアムで行うと前日の練習が終わったときに監督から伝言があった。イナズマジャパンが勝ち進むにつれて取材の申し込みが殺到しているらしく、邪魔をされてはかなわないと屋外練習から屋内練習に予定を変更したらしい。天馬はそういった相手への対応が得意ではないから、この変更はありがたかった。そして相変わらず葵と一緒にスタジアムまで移動しようとホームエリアへの受付施設で彼女が来るのを待っているものの今日はなかなか姿を見せなかった。
 ――そういえば、朝食のときもいなかったなあ。
 数十分前には朝食を摂る為に座っていたのと同じ椅子に座り、脚をぶらつかせながら葵がやってくれば開くはずの自動ドアを見つめ続ける。朝食の時間帯はある程度決まってはいるものの、一斉に食事を摂るわけではないためすれ違うことがないわけではない。けれど今まで天馬と葵の食事の時間帯がずれこむことはなかったので気になってはいたのだが。

「ごめん天馬!遅れちゃった!」

 ぼんやりとしていた天馬の目をはっと覚ますように葵が謝罪と共に駆け込んで来た。宿舎から走りっぱなしだったのだろう、呼吸が弾んでいる。天馬の姿を見つけるよりも先に声を発していたようで、ぐるり視線を廻らして、天馬の姿を捕えるとほっとしたように小走りで駆け寄ってきた。その途中、自身の姿を映したウインドウを見てあからさまに顔を顰めた様に、天馬はどうしたのと首を傾げる。

「……ちょっと寝坊しちゃったの」
「あ、そうなの?」
「でも急げば朝食にだって間に合いそうだったのに…」
「だったのに?」
「今日に限って寝癖が頑固で頑固でもう困っちゃったわ!!」

 ウインドウに映る姿を頼りに、前髪と後ろ髪を一カ所ずつ指差して「ここがほら全然直らないんだもん!」と憤慨する葵に天馬は確かにちょっと跳ねてるかなと控えめな感想を返しておいた。言うことを聞かない髪は放置するに限る。天馬もなかなかの癖っ毛体質である為葵の気持ちがわからないでもないが、身嗜みが乱れているほどの跳ねとも思えない。もちろんそれは、必死に葵が時間ぎりぎりまで格闘した結果なのだろう。けれど朝食よりも髪を弄る方を取るなんてと思ってしまうのは天馬が重度のサッカー少年だからだ。女の子の気概というものが、天馬にはよくわからない。

「でも珍しいね、葵が寝坊するなんて」
「うう…本当にごめんね、スタジアム行こう?」
「うん。あ、別に怒ってないよ。もしかして夜更かしした?マネージャーの仕事キツイ?」
「違うよ、いつも通り寝たんだよ?ただね、ちょっと良い夢をみちゃって…その…つい布団にしがみついてしまったというか…」
「へえ…、どんな夢?世界大会優勝とか?」
「天馬じゃないんだから…、あ、ほら時間ギリギリ!早く行こう!」
「えっ、ちょ、待ってよ!」

 走ってきたばかりだというのに、また走って行ってしまう葵を慌てて追い駆けようとする。だが彼女が朝食を摂っていなかったことを思い返し、慌ててカウンターに駆け寄って残っていたバターロールと使いきりタイプのジャムを適当に引っ掴んで天馬も走り出す。伊達に運動部ではないので、葵に追いつくのは簡単だった。まだこのお台場サッカーガーデンが大勢の人で賑わうには時間があるようだ。
 天馬が一度止まるよう葵に呼びかけると、彼女は疲れていたのか素直に足を止めた。その頬は微かに紅潮していたが、天馬はそれを走り続けたからだと思い込む。それから、まだ時間はあるのだからと葵にパンとジャムを渡すと手掴みだったのはともかくと「お腹空いてたんだ」とお礼を言って彼女はそのセットを受け取った。

「ねえ葵、さっきの夢の話なんだけどさ」
「天馬には教えないよ?」
「えええ?何で?」
「だって本当に幸せな夢だったんだもん。誰かに話しちゃったらなんかその幸せが逃げちゃいそう」
「それは溜息だよ!」
「うるさいなあ、もう!」

 食べ歩きと食事中のお喋りは行儀が悪いとはわかっているけれど、そんなことには軽く目を瞑ってしまうくらい葵の幸せな夢の余韻は彼女を上機嫌にさせていた。口先では天馬にしつこいと唇を尖らせているけれど、内容を教える気は更々ないけれど、そのしつこさを許してあげられる程度、或いは強固な寝癖への落胆を上回る程度には。
 天馬が適当に選んだジャムのママレードの甘さと仄かな苦味が舌の上に広がって、いつもならばあまり得意ではないその苦味すら葵は小さく「美味しい」と呟く。それから、走り続けて結局乱れてしまっているであろう前髪と後ろ髪を軽く治す仕草をした。「跳ねてないよ」と言葉を添えてくる天馬に微笑みで応えて、咄嗟にこぼれそうになった言葉に慌てて指先で口を塞いだ。
 ――今日の夢にはね、天馬が出てきたのよ!
 それは、葵だけの秘密だ。自分が夢に出て来たから、葵が寝坊するくらい幸せな夢だったんだねなんて自惚れられては困るから。



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ママレードなんてお嫌いです
Title by『ハルシアン』




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