※高校生・捏造過多
※みのりの中からポトムリ消失済




 葵の同居人であるみのりの帰宅時間は遅い。高校生にもなればアルバイトに精を出しているのだろうと思っていれば実際その通りだった時期もあれば単純に夜遊びを繰り返している時期もある。世間一般の目で語れば不良と括られてしまうみのりの生活パターンは葵を重なることなく、また縛られることが嫌いなみのりは葵にその日の予定を語らない。今日も今日とて用意した二人分の食事は半分を残して無駄になり、明日の葵の冷えたお弁当の中へと移動するのだ。
 葵の制服が可愛いからと進学した高校は、平均よりも少し上の学力を誇る一応の進学校で、中学時代の同級生をはじめ幼馴染はスポーツによる推薦で結局そのまま持ち上がるように進学していた。葵もまた変わることなくサッカー部のマネージャーを務めている。朝練のある日はまだ眠っているみのりを起こさないよう、いつの間にか葵の城となったダイニングキッチンのテーブルに彼女の分の朝食を用意してから家を出る。どうか遅刻せずに登校してくれますようにという祈りの確率は生憎低いまま。移動教室の度にみのりのクラスを覗き込むものの、机に突っ伏して寝ていればまだ胸を撫で下ろす方で、屋上でのサボり半分、そもそも登校すらしていない確率もなかなかに高い。それでも、葵が家に帰れば用意しておいた朝食だけは毎日綺麗にたいらげてくれていることが嬉しくて、忙しい朝の時間をどれだけ費やそうと調理にかける時間を削ることはできなかった。
 中学時代、みのりと初めて会ったとき、涼しげな相貌とこちら側を観察するような瞳はいつだって葵たちと一線を置いて佇んでいた。仲良くなりたいとはずっと思っていて、段々と会話を続けられるようになったと淡い喜びを抱き始めた頃、水川みのりが抱えていたとんでもない真実を知った。それから、本当の彼女の姿を。みのりの中にいたポトムリは、もしかしたら気を遣う意味を込めてできるだけ自分たちと仲良くならないように努めてくれていたのかもしれない。どれだけ葵がみのりと仲良くなったと生まれた絆を喜んでいたとしても、結局それは当人ではなくポトムリと重ねた時間でしかなかったから。そして本当の彼女はサッカーになど微塵の興味も抱いてはいなかったはずで。
 ――仲良くなるの、難しいかな。
 何度も思った。みのりの中にポトムリが入り込み、地球代表のマネージャーとして現れなかったら。世界中のどこかですれ違っていたとしても向き合うことなどきっとなかった。運動部のマネージャーと暴れん坊の不良少女とでは生きる環境が違う。現にみのりは、いつの間にか自分の世話を焼くように身近にいる葵を少なからず訝しんでいるはずだ。
 ポトムリが表層に浮かんでいる間、みのりは眠っているも同然だったのだ。葵との出会いなど彼女の中には存在しない。勿論、みのりがみのりに戻ってからもきちんと自己紹介はした。ただ、その自己紹介すらどうして成されたのかを理解して貰うことが難しい。一度は生死の境をさまよったみのりの生活態度を、彼女の両親は娘可愛さになかなか強気で正すことができないでいた矢先に、いかにも世話焼きな葵が友だちになろうと意を決したことは渡りに船だったようで。「みのりをよろしくね」などと見知らぬ大人に手を握られて懇願されたときの自分の顔はきっと引き攣っていたに違いないと、高校に進学して暫くしてみのりと二人で暮らすようになってから何度も思い返す。
 別にみのりの両親に頼まれたから一緒に暮らしているわけではない。友だちになれたと思っていた彼女が、別人だったこと、それは構わなかった。けれど本当の彼女とだってもう一度きちんと友だちになりたいと思っただけで。なかなかの鉄壁のお人、めげそうになる日は割と頻繁に。それでもみのりはどれだけ遅くなろうと、機嫌が悪かろうと葵と暮らすこの部屋に帰って来てくれるのだから諦めきれない。ときどき喧嘩の痕跡を残して帰ってくるのだけは、心臓に悪いので止めてほしいのだけれど。

「ねえ、お風呂先に入ってもいい?」
「いいよ。ご飯はどうする?もう直ぐでできるけど」
「…じゃあ、先に食べる」
「うん、わかった!」

 ぶっきらぼうな言い方だけれど、みのりは喧嘩腰な物言いを葵にしなくなった。気性の激しさの割に、表情があまり動かないのは彼女の場合警戒と許容の境界線を揺れているからだと葵はだんだんと理解してきた。料理がからきし苦手なみのりは滅多に台所に立たない。しかし葵が調理している姿を稀に後ろから眺める回数が増えている。単に葵の調理が終わるのを待っているだけかもしれない。しかし同居を始めたばかりの頃は、テーブルで向かい合って同時に食事を摂るにも葵が粘って誘いをかけなければならなかったのだから、彼女が自主的に席に座っているだけで葵は鼻歌を歌いだしてしまうくらい上機嫌になってしまう。背に腹は代えられないし、費用は両親が出しているのだから食事をこの部屋で取ることに抵抗はないようだった。

「みのりちゃん、明日も帰り遅いの?」
「んー、わかんない」
「そっかあ、もし早いなら明日はみのりちゃんのリクエスト聞くよ?何か食べたい物ある?」
「気が早い」
「ああそっか、今日の夕飯もまだだもんね」

 調子に乗って踏み込み過ぎないようにしなくては、おかずを大皿に盛って、味噌汁とお米を椀によそい空になったフライパンや鍋を流しに置いて水を張る。それから、着けていたエプロンを外しようやく席に着いた葵をみのりは不機嫌な顔で睨みつけてくる。驚いて、葵はぱちぱちと瞬いた。
 葵が座ってから、箸を手に「いただきます」と呟いて食事に手を付けたみのりは、どうやら二人とも席に着くのを待っていてくれたらしい。葵としては、料理をテーブルに置いた瞬間からみのりには食べて貰って構わないと思っていたのだが。
 ――どうしよう、何か、嬉しいかも…。
 徐々にみのりの縄張りに自分が侵食していく実感。同じ家に暮らせるほどの間合いに飛び込んでおいて今更かもしれないが、にやにやと緩む頬を気味悪がられないよう、滅多にしない自画自賛など自分の料理に浴びせてみたりして。案の定、みのりは呆れたように息を吐いたが何も言い返すことなく箸を進めてくれていた。

「…いつもと変わらないじゃん」
「そ…そう?ごめんね…」
「別にいつも不味いなんて言ってないだろ!」
「――それっていつも美味しいって思ってくれてるってこと?」
「はあ?そういうこと思っても直接聞く!?」

 味噌汁を啜っていたみのりが、葵の我慢できずに尋ねた言葉に顔を真っ赤にしてお椀をテーブルに叩きつけた。跳ねて零れてしまった中身を布巾で拭きながら、葵は「踏み込まない、踏み込まない――まだまだ」と自制を胸中で言い聞かせながら引き続き頬の緩みを防ごうと唇をきつく結ぼうと試みる。だが、無駄だった。みのりの迂闊に吐き出された本音が嬉しくて仕方がない。

「ねえみのりちゃん!私、明日朝練ないんだ!」
「……だから何」
「一緒に学校行こう!」
「絶対、嫌!」

 そんなこと言われても、明日は絶対みのりの部屋に飛び込んでふとんにくるまっている彼女を叩き起こしてやるんだから。朝食も、いつもより少しだけ豪華にしてみよう。
 二人で歩く通学路を想像して、葵はやはり今夜の食事はいつもより美味しいと未だ頬を紅潮させている愛しい同居人を見つめながら箸を動かした。




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羽化を待ちわびる瞳
Title by『弾丸』



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