方法が間違っていたんだろうなということは、蘭丸が言葉を発した瞬間、引き攣った茜の顔を見ていれば誰だってわかることだった。そしてそれがわからないという神童は、もう少し女の子の気持ちを理解できるようになってから思春期をやり直した方が良いと思う。雷門中サッカー部の部員構成上利用者が少ないサッカー棟内の女子トイレ前に陣取りながら蘭丸は頭を掻いた。神童は口元に手を当てて何やら真剣に考え込んでいる。けれどきっと、熟慮の末に導き出される答えは蘭丸からすれば間の抜けたものになるだろう。そもそも唯一の出口を塞いでおけば確実だという意見は正しいがえげつない。逃げ道を塞いで追い詰めようという思考は優しさを欠いている。尤も、結局はその神童の意見に従ってしまうのは、蘭丸が求めているものが神童と同じである以上下手に道を逸らして後れを取りたくないという姑息な感情故なのだからどうしようもない。
 ただどうであるにせよ、この女子トイレに立て籠もってしまった山菜茜をどうにかして引きずり出さないことには話は進まないのである。



 いつ頃からだったかはもう忘れてしまった。けれど蘭丸は神童が茜のことを恋愛の情で以て好いていることを知っていた。打ち明けられたことはないけれど、自ら率先して藪を突きに行くようなことはしなかったけれど、妙な確信を以てそうであると知っていた。それはきっと幼馴染として過ごした年月からくる保証だったのか、蘭丸もまた茜に恋をしていたという同属の匂いが察知させた危機の予感だったのかはわからない。茜のカメラが追い駆ける偶像を憧憬と呼ぶことに納得を覚えていた蘭丸だったから、分の悪い勝負だと逃げ腰になることはなかったけれど、正直やりにくいなとは思った。神童のスペックの高さと、今までの異性への無頓着さによる恋愛の稚拙さに知らん振りを決め込めないであろう自身の甘さを嫌というほど自覚していればそれだけ上手く立ち回らなければという焦りは募った。それでも、片想いという立場で崩せる日常のマンネリは、最後の一手を打たなければ決定打にはならないことに安堵もしていたのだ。神童はたぶん、それが出来ないだろうという予感が、どうしてか蘭丸にはあったのである。そして確かにその予感は正しく、だがそれを覆すイレギュラーが蘭丸自身であったことは彼にとっても全く想定外の事態であった。



 いつ頃からだったかは大した問題ではない。けれど神童は蘭丸が茜のことを自分と同じ感情で好いていると知ったとき、ただそうなのかとその事実を胸に留めておくことにした。誰が誰を想うか、それはこの現代社会に於いて自由なのであり、神童にはいくら幼馴染であっても想いの矢印を曲げることはできない。それよりも重大なのは、自分がどうやって茜に振り向いてもらうかであって、蘭丸にどう動いて貰うかではなかった。サッカーで仲間を動かすのは得意だが、人の心となると思い通りに動かすのは難しい。何せ神童は女の子に自分のことを好きになって欲しいなどと思ったことが皆無だったので。思わなくても釣れていたので。とは流石に自覚していないが少なくともそんな環境にいたことは事実だ。そうこうして、煮え切らない恋の道に苦戦していると、己の道の困難さに起因してなのかきっと同じように苦しんでいるであろう蘭丸に少なからず敬意を表さなくてはならないと思い始めてしまったのが神童の思考回路の謎めいたところであり、彼にとってもまた自身の首を絞める行為を生み出す結果となった。しかし想う側の人間としての身勝手さで振舞う神童の行動の果てに最大の害を被るのは彼等の想い人である茜なのであった。



「俺たち、山菜のことが好きなんだ」

 そんな言葉を贈られれば、誰だってときめいてしまうものかもしれない。嫌悪している相手でなければ、告白されて嬉しいと胸が弾むくらいが純情だ。吐いて捨てるほど告げられてきたなんて経験も茜にはなかったので尚のこと。
 ただ問題だったのは、愛の言葉を贈った神童の隣に困ったような顔をして蘭丸が立っていたこと。彼の言葉もしっかり「俺たち」と言いきっていたことだ。これはもしかして、告白ではなくて日頃の感謝を伝える言葉だったのかしらと首を傾げようとした茜を制するように神童は真剣な言葉で自分たちの想いが真剣なものであることを教えてくれた。彼が言葉を重ねればそれだけ混乱していく茜の脳内を察したかのように蘭丸の顔も戸惑いの色が濃く滲む。そんな顔をするくらいなら助けて欲しいと手を伸ばし掛けて、やめた。この二人のどちらかに縋ることは、今この場に於いて何よりの失敗となるだろうから。
 神童と蘭丸が幼馴染であることは知っている。だからといって、偶々同じ人に恋をしたからといって、抜け駆けにならないように同時に告白しようという流れになるものだろうか。それで当人たちはまるで恋をスポーツのように美化できるものかもしれないけれど告白された人間の気持ちを考えているのかしら。悶々と茜は思う。責めているわけではない。ちょっと怒っているだけで。茜だって、彼等のことを嫌っているわけではないのだから。
 ――それでも。
 正直、茜自身の恋心に照らし合わせて返事を送れる状況ではなかった。神童と蘭丸、どちらの立場を立ててやるのかという状況に、茜は応えてやれそうにない。きっとそれは一時の凌ぎでしかなく、想い合う結果とは程遠い。そう判断するや否や、茜はくるりと踵を返して逃げ出した。あまり速くもない足で必死に走った。そんな彼女の行動に一拍ばかり呆気に取られた神童と蘭丸は、当然ながら彼女を追い駆けてきた。多少の距離があっても運動部の男子から逃げおおせるほどの走力を茜は持ち合わせていない。息切れと、一向に混乱の収まらない思考の弾き出すままサッカー棟の女子トイレに逃げ込んだのはもうどれほど前のことだろうか。流石に中には入ってこないものの、神童と蘭丸は入り口で茜が出てくるのを待っている。完全に袋の中のネズミ状態に陥ってしまった茜は個室の中で悩み続けている。神童は悠長に待っている。蘭丸は頭を抱えている。

「山菜、大丈夫だ。どちらを選んだって俺たちはきちんと受け止めるから。怖がらないで出て来てくれないか」
「なあ神童、お前どうして茜が俺たちのどちらかを選ぶ大前提で話を進めてるんだ」
「…?他にも山菜を好きな男子がいたのか?」
「そうじゃなくて」
「じゃあ問題ないじゃないか」
「あっそう、」
「霧野君そこで諦めないで!」
「悪い茜、俺は無力だ」

 妙な自信に溢れている神童は、入り口から何度も茜に向かって出ておいでと声を掛けている。茜はもはや涙声で無理だと拒否をする。蘭丸もどう収拾をつけたらいいものかわからないまま立ち尽くす。茜は一体どちらを選ぶのか、はたまたどちらも選ばないのか。死刑宣告を目前に焦らされているかのような仕打ちに、もうどちらでもいいから選んでくれと叫び出したい気持ちをぐっと抑えこむ。好きな子の気持ちを守ってあげたい半面、幼馴染のように開き直ってもしまいたい。
 取り敢えず、もしもフラれたとしたら次に恋をするときは誰かと同時に告白なんて絶対にしない。それだけを決意として胸に秘め、蘭丸は茜しかいない女子トイレに躊躇なく足を踏み出したのだった。




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おいで、こわいことはなんにもないよ
Title by『東の僕とサーカス』





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