理由もなく体が気だるくて、布団から出るのを渋っていたら気付けば太陽はとっくに頂上付近へと近付いていた。何の予定もないからといつまでも惰眠を貪る訳も行かず玲名はぼんやりと未だに裸足の足元に残る熱にしがみつきたがる思考を叱咤して布団から抜け出した。
 身支度を整えて部屋を出ればお日さま園の見慣れた面子の姿が殆ど見えないことに気付く。リビングで一人読書を嗜むクララに声を掛ければ案の定みんなグラウンドに向ってサッカーをしているとのことだった。

「風介君たちが最後まで貴女を探していたわよ」
「そうか」
「具合でも悪かったの」
「いや、寝坊だ」
「そう、じゃあ行ってらっしゃい」
「ああ、行ってきます」

 するりとリビングを抜け玄関へ。サッカーをするつもりもなく選んだ私服は見事に運動をするのに適した軽装だった。玄関の下駄箱の上に袋に入れたまま置きっぱなしのスパイクを手に引き戸式の玄関から外に出る。寝起きからそう時間の経っていない目に昼間際の太陽の光線は痛い。手で目元に影を作りながら通い慣れた道を颯爽と歩く。数分で到着出来るグラウンドに着けば直ぐに目に着く三人組。ヒロトと晴矢と風介。珍しく三人揃って試合に参加する事無くグラウンド内で行われている試合を観戦しているようだった。
 グラウンドに目を向けている三人からは今グラウンドに到着した玲名は背後に立つ形になり彼女には気付かない。声を掛けようと近付けば耳聡く背後からの接近する気配を察知したらしき三人組の一人であるヒロトが振り向く。

「おはよう玲名、お寝坊さんだね」
「うるさい、」
「遅かったじゃん」
「チーム替えは午後からだから、玲名は午後から参加でも良いかい?」
「構わない。それから晴矢、黙れ」

 全く纏まりのない三人組だと思う。合流して早々吐かれた溜息にヒロトと風介は首を傾げ、晴矢は辛気くせえなあとぼやく。誰の所為だと思っていると足の裏で晴矢の脛を蹴飛ばしてやる。この四人で並ぶと本当に喧しい。各々がチームの纏め役としてそれなりの成長を遂げているだろうにと思うがどうにも違うらしい。結局、餓鬼は餓鬼のまま、張り合うことを卒業なんて出来る筈もなかった。それで良い。自分達は、幾分背伸びし過ぎていた時期がある。
 視線だけで、自分の左右に立つヒロト達を眺める。最近、この三人が一緒にいる所を良く見かける。微笑みあいながら談笑をしていたり、真剣な顔でサッカーのフォーメーションについて話し合っていたり、何だか、どこにでもいる友達同士みたいな光景が目の前に広がることが増えて、少し惑う。昔とは違う、だけど昔みたいな光景。ライバル心故に高め合うのでは無く反目し合っていた頃よりはずっと良い。だけど、今、当り前のように一緒にいる三人と、自分は今までどう付き合って来たのかを振り返った時、どうにも曖昧でつい反射的な言葉と仕草でしか対応できない。
 そんな自分の心境などお構いなしに、この三人組はいつだって自分に優しい。振り返りもせず、新しい未来にどんどん突き進んでいく癖に時折何の気もなしに此方を振り向いて手を伸ばすから、まるで甘えるみたいに手を掴んでしまいたくなる。彼らにとって、自分はいったいどんな存在なのか。ないがしろにされていないことだけは確かだから、それ以上は突き詰めないで放置している。それはきっと、今があまりに心地いいからだ。

「ねえ玲名、午後の試合、同じチームだと良いよね」
「…ああ、そうだな」

 へらりと笑い掛けるヒロトの言葉を、嫌がる理由はない。だから適当に同意の返事をすれば途端に晴矢と風介は何か気に食わないのかヒロトに異を唱えている。もともと同じチームで試合をすることが多かったヒロトと玲名がこうした草試合でも同じチームに割り振られる度、この二人はどこか面白くないといった顔をすることが多い。
 今となっては、自分にとってチームという括りはそう大きな意味を占めていない。だからヒロトと組もうが晴矢と組もうが風介と組もうが、全力でプレイ出来る。逆に、同じお日さま園で過ごしていながら全く関わっていなかった仲間とも楽しいサッカーが出来る。それは玲名にとって一つの楽しみとなっている。しかしその時もやはりヒロト達はあまり面白くなさそうだ。たぶん、仲の良い友達が新しい関係を築く時に生まれる嫉妬とかそういったものだろうと思っている。以前ヒロトにそう尋ねれば「うーん、それもあるけどそれだけじゃないんだよ」なんて煮え切らない言葉を口にしていた。

「ヒロトは玲名と長い間一緒のチームでプレーしてたんだから遠慮しなよ」
「いつの話してるの、風介は」
「そもそもお前玲名と同じチームになる確率高くね?」
「晴矢まで何なの急に。気のせいでしょ」

 チームを決める前からがやがやと騒ぎ出すから、本日何度目かわからない溜息を零す。基本的に同じチームにならない三人組は、いつもこうしてごねる。着く筈もない決着を争う三人は今日も相変わらずだ。置いてけぼりかと思うが案外そうでもない。チームをくじで決めるのはもう大前提なのに、誰と同じチームでやりたいと問われた時は一笑して流してやった。誰でも良い。誰とでも良いのだ。それが出来るのだから。

「ねえ玲名も何か言ってやってよ」
「別に、誰でも良いだろう」
「え?」
「今日組めないなら、明日組めばいい。明日組めなかったら明後日組めばいい」

 目の前では、まだ試合が続いている。楽しそうに、みんながサッカーをしている。そんな姿を眺めているだけで、自然と頬が緩む。そんな自分を見て、三人も釣られた様に笑う。それが少し照れ臭いから、利き手側に立っていたヒロトの背中を叩いてやる。ヒロトは相変わらず、笑っている。やっぱり少し気に食わないかもしれない。

「玲名、明日もサッカーしようね」
「ああ、」
「俺と同じチームでな!」
「まだ言うか…」

 いつまでも、とはいかない。だから愛しいのだと思う。それでも変らないこんな関係に甘えながら生きている。ヒロトが居て晴矢が居て風介がいる。当たり前だけれどどこか遠くて、諦めて心の何処かに置き去りにしていた日常が、此処にある。この三人が大好きで、自惚れでは無く彼らも自分を少なからず好いてくれている。くすぐったくて、温かい。
 今行われている試合はまだ暫く終わらない。横で行われている自分が誰と組むかの馬鹿げた言い争いも止めない。きっと、この光景は明日も広がっていることだろう。



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Title by『にやり』





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