賑やかであることと騒がしいということのラインがわからなかった。風丸の隣で歩きながら休まることなく喋り続ける玲華の声は賑やかだった。そうして歩いている商店街の、周囲の音は騒がしかった。人通りの多さに気を抜くと直ぐに玲華と逸れそうになる。向かい側から歩いてくる人とぶつかりそうになる。手を繋いでしまえば安心できるのかもしれない。ただタイミングを計っている内に、段々と今更だなという意気地のなさが幅を利かせて風丸は両手を上着のポケットに突っこんでしまっている。
 大阪に土地勘を持たない風丸は、玲華に会うためだけに大阪を訪ね、彼女が案内してくれる範囲でのみ行動し、終わる。無計画なわけではないが、それとて玲華を中心に回るものだから彼女がいないという事態をまず想定しない。自堕落ではあるが、興味もないのだから無理をする理由がない。風丸は、自分の世界の狭さを知っている。途中で脱落した日本全国、優れたサッカープレイヤーを探して回る旅だとか、サッカーの世界大会だとか、舞台を移動することに抵抗は感じない。それでも、移動した場所で風丸は好奇心のまま動き回って脇道に反れるということをしない。損をしているわけではない。寧ろ篤実で、集団行動を求められる場では他者に迷惑を掛けないのだから好むべき人格者だった。風丸だって、自分の性格を問題視はしていないものだから変えようとは思わない。
 それでも、そんな自身の性格を把握してしまう風丸だったから、玲華のように遠距離を挟まなければならない相手に恋をするとは思わなかったし、土地柄と括っては乱暴だが姦しい少女に一向に辟易する気配が訪れないことが意外だった。それほどまでに入れこんでいるのかと確かめるように風丸が玲華の顔を覗き込むと、彼女は直ぐに悪戯心を起こして彼にキスをしようと身を乗り出してくるから危ない。戯れのような触れ合いは、時に風丸を怯ませる。人目があれば尚のこと。

「ねえ風丸君、夕飯は何にする?」

 喧騒の中、風丸よりも半歩前方を歩いていた玲華が振り向いて尋ねる。風丸は考え事をしていたのと、慣れない賑々しさの中で一度では玲華の短い言葉を拾うことが出来なかった。俯きかけていた視線を慌てて彼女に向けて「何だって?」と問い返すと、この距離で聞こえなかったのと言わんばかりに玲華は肩を竦めて呆れを示した。彼女の反応はもっともなので、風丸はその無言の非難を甘んじて受け入れた。
 玲華は、今度は聞き漏らさないようにと風丸の腕に自身の腕を絡ませて、わざわざ口元に手を添えて「夕飯は何にする?」と再度同じ文句を繰り返した。聞き漏らしはしなかったけれど、風丸は直ぐに答えることが出来ない。母親から似たような質問をされれば大抵「何でもいい」と無関心のまま答えてしまうような迂闊さは、きっと玲華を拗ねさせるのだろう。
 悩んでいるフリをしながら、実際は脳裏に過ぎる何でもいいの文句を振り払うことに必死で何も言葉が出て来ない。そもそもこの近辺でどんな料理が食べられるだとか、玲華の好みまで含めて答えを出そうとするとどんどん言葉が喉の奥に引っ込んで行ってしまう。

「風丸君、悩み過ぎ」
「……悪い」
「謝らなくてもええけど…それより風丸君、人混み苦手なん?さっきから随分歩きにくそうにしとる」
「――いや、まあ得意ではないけど…」
「何もないところ歩いてもつまらんかと思ったんやけど、苦手ならもっと早く言うたら良かったんに…」
「悪い」
「だから謝らなくてええってば!」

 腕を解く気配はなく、玲華は決まり悪そうな風丸の態度を笑い飛ばす。仲睦まじい姿を、誰が見ているわけではない。それでも人前で腕を組む仕草が風丸には恥ずかしくもあり、知り合いのいない大阪の往来の中では心強くもあり、玲華の温もりが愛しくもあった。ごちゃごちゃと複雑な感情が混ざり合って、この喧騒に似ていた。今度はそれを不快と断じない、軽々しい意見の翻しを風丸は内心で笑う。結局、この土地にやって来てしまえば風丸は玲華を除外して物を見、聞き、考えることをしない。その感染を、風丸は振りほどけないまま歩き続けている。

「風丸君?」
「――ん?」
「何にやにやしとるん?大丈夫?」
「ああ。……御堂がいないと、迷子になりそうだと思ったらなんか笑えた」
「は?」

 無意識に緩んでいたらしい頬を開いていた片手で覆って、重苦しさを紙一重の好意を出来るだけ軽量化して伝えてみる。迷子の二文字が、言葉通り往来に迷うだけならば良かったのだが。生憎そんな、携帯を取り出して連絡を取り合えば解決してしまうような簡単な事態では済まないであろう予感がして、風丸の苦笑はなかなか収まる気配を見せなかった。

「ねえ風丸君、人混みが苦手なら明日はサッカーする?リカとかにも付き合って貰ってさ」
「そうだな」
「――もう少し私と二人きりの時間を大事にしてくれてもええんよ?」
「それは思うけど、」
「けど?」
「こんな人混みより、サッカーしてた方が御堂を見失う心配がないから、そっちの方が良い」
「へえ、」

 腕を組んでいては歩きにくいと、誰ともぶつからないように意識して視線を前方に向ける風丸の死角から、刺さるほどの視線を感じる。きっと物言いたげににやけた玲華の顔が直ぐ傍にあるのだろう。そして風丸がどうしたと視線を彼女の方に向ければまたいつものように彼の唇を狙ってくるに決まっている。先程までにやけていたのは風丸の方だというのに。
 夕飯のことは何も決まらないまま、二人の歩みも止まらない。ほんの数歩分であっても前方を歩いてくれていた玲華は今ではぴったり風丸の真横に陣取っている。それ故に風丸の歩く先に目的地などない。ただ真っ直ぐ、なんとなく歩いているだけ。それでも、玲華はどこまでも自分に着いてきてくれるのだろう。彼女の隣に在っては、自慢の俊足を披露する機会は風丸には終ぞ訪れそうにない。



――――――――――

40万打企画/ラトア様リクエスト

ほんの少し、溺れてみたい
Title by『Largo』




「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -