ファッションセンスだとかそういった物から来るチョイスの問題ではないのだと一之瀬は言う。これは単に俺の感性というか感覚というか、取り敢えず個人的な感想でしかないのだから、それを必ずしもリカが受け止める必要はないのだけれど、もしも、出来るのならば。どうか俺の希望を聞き入れて欲しいのだと一之瀬は困ったように告げるから、リカだって困ってしまう。

「スカートさ、止めない?」
「ダーリン、スカート嫌いなん?」
「語弊が生まれそうだけど、好きな方だよ」
「ほんなら何の問題があるん?」

 久しぶりに、二人きりで過ごせる時間。一之瀬に少しでも見栄え良く映りたくて、リカは女の子として当たり前のように身嗜みに気を使って服装を選んだ。妙な期待などしなくてもパンツスタイルは色気が無い気がしたからスカートを選んだ。何よりこちらの方が女の子らしいから。
 一之瀬の口から、服装の系統の好みを確認したことはない。女の子のあしらい方がお上手な一之瀬は、どんな格好でもありのままのリカが好きだよなんて同年代の男子が言いそうにない臭い台詞の一つや二つさらりと吐いてみせるのだ。そしてリカには、そんな一之瀬が世界中の誰よりも格好良く映るのだから本当に恋は盲目とはよく言った物である。
 そもそも待ち合わせ場所にリカが現れた時、一之瀬は何も言わなかった。褒めもしなかったけれど、咎めもしなかった。それが、一之瀬の自室に着いて、彼が飲み物を取りに一度部屋を出て、その間にリカが腰掛けて。一之瀬が戻って来た途端、彼は表情を曇らせた。ひとしきり悩んだような体を見せた後彼は申し訳なさそうに言ったのだ。スカートは、止めないか、と。
 これが一之瀬以外の人間からの要求だったら、リカは何の躊躇いもなくそれを突っぱねたろう。だって自分は可愛くありたいのだ。女の子だから。恋をしているから。そんな些細な切欠と、理由と衝動は尽きる事無くリカを動かし続けている。そしてその全ての根底に一之瀬がいる。リカにとって一之瀬は、恋そのものだった。だから、一之瀬がリカに何かを求めるならばそれに応えてやりたいと思う。だけど、今度ばかりは一之瀬の真意がはっきり分からないから、二つ返事では頷けない。一之瀬の為に、自分を着飾ることを、何故彼は止めたがるのか。理解できないことは、悲しいから、リカは黙って引き下がることは出来ないのだ。

「じゃあダーリンの前じゃなければスカートでもいいん?」
「そっちの方が駄目だよ。危ないじゃないか。変な奴に目を付けられたらどうするの」
「…?そんならウチは一生スカート履けへんやん」
「いやね、俺がいて外出する時ならスカートで全然構わないよ。可愛いリカを見せびらかせるから」
「……?意味がよう分からんのやけど」

 支離滅裂じゃあないかと、リカは唇を尖らせる。一之瀬はリカの隣で腕を組んで上手く言葉を纏めようと真剣に考え込んでいる。時折思いついた言葉を口にしようとはするものの直ぐに黙り込む。リカは待ちぼうけで少し退屈。それでも根気強く一之瀬の言葉を待つ。

「………」
「ダーリン?」
「…キスしようか」
「はい?」

 しようかなんて誘い文句は口先だけで、次の瞬間には一之瀬は既にリカの唇を自身のそれで塞いでいる。咄嗟のことで目を見開くしか出来ないリカは、結局一之瀬の考えていることなんて一つも分からない。いつもより少し長めのキスの後、ゆっくりと顔を遠ざけながら一之瀬は一人納得したかのように頷いた。

「やっぱりスカートは良くないね」
「え…は…?」
「リカに触りたくなるんだ」
「!?」
「特に、部屋で二人きりとか…まずいでしょ」

 だったら触れば良いじゃない、なんてふざけた切り返しは出来そうになかった。一之瀬が、驚くぐらい真剣な顔をしてリカを見詰めていたから。シリアスな空気は得意では無い。だがそれ以上にはぐらかすのが下手なリカは何もできない。そんなリカを一之瀬は結局素直で可愛いじゃないと寛容して好意的に受け止めているのだけれど、当のリカはいつだって居心地の悪い感覚に身を置かなくてはいけないから、やっぱりシリアスは嫌いだ。シリアスな空気を生み出している一之瀬のことはいつだって好きだけれど。
 そっとリカの髪に触れながら、徐々に徐々にと一之瀬はリカとの距離を詰めてくる。もともとそう開いた距離ではない。直ぐにまたキス出来そうな程近くリカに顔を寄せる。

「…ダー…リン?」
「出かけよっか」
「へ?」
「忍耐力がなくてごめんね?」

 申し訳なさそうに力なく笑いながら一之瀬はリカの手を引いて部屋を出ようとする。全てが一之瀬の自己完結で、リカには今一つピンと来ないのだが、何となく一之瀬が自分を大事に思っているらしいことは分かる。だから戸惑いながらも大人しく手を引かれ立ち上がる。未だもやもやする胸の中はそのままで、だけどどこか幸せだと思う自分がいる。好きな人が自分のことで悩んで考えてそして大事にしてくれる。
 一之瀬になら、と思う部分もある。だけどやっぱり怖いとも思う。前に前にと勇む気持ちと互いの揃えるべきペースが必ずしも一致している訳ではない。それでも手を繋いで歩ける今があることを、忘れない。せめて、伝えたい。自分も同じくらい、一之瀬のこととなると忍耐力がなくて焼き餅焼きで弱くなってだけど強くなれることを。

「ダーリン、他の女に目移りしたらあかんで?」
「…リカ?」
「ダーリンはウチの彼氏で、ウチはダーリンの彼女なんやから!」
「あはは、ハニーじゃなくて?」
「それはまだ先や!」
「……そうだね」

 茶化した言葉を、リカが当たり前の未来として想定していることが嬉しくて恥ずかしい。思わず赤面してしまい慌ててリカから顔を逸らす。繋いだ手を離しもせず、心も離せず、いつかきっと。自分だけが彼女を幸せに出来る未来が来ればいい。
 だけどその前に、少し前のリカへの言葉を撤回したくて堪らない。本当は、スカートだとかそんな恰好関係なしに、こんな可愛い自分の恋人を他の男に見せたりなんて、これっぽちもしたくないのだ。


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ねえ馬鹿な君、僕がどれだけ
Title by『にやり』




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