※両名スカウト設定



 時計の長針がひとつ進む。窓のないロッカールームは薄暗い。明かりを点ける必要性を、白竜は感じなかった。彼は瞼を降ろしている。こくり、居眠りに舟を漕いでいた。今日の天気は雨だった。天候に左右されずにサッカーができることは雷門の魅力のひとつだろう。それで疲れきって帰宅する体力すら消費してしまえば世話のない。自主練と称してまだ屋内のグラウンドでボールを蹴っている天馬たちが鍵閉めを理由に白竜を追い立てるまでは、この心地よい微睡みに浸っていてもいいだろうかと本格的に意識が途切れかけた矢先、長椅子に腰掛ける、眠るには不適切な姿勢でいた白竜の背中に温かい熱がしがみついてきた。微塵も気配を感じさせなかったその動きに、白竜はぱっちりと瞳を開く。

「――ベータか」
「あら、起きてたんですか?」
「ああ」
「ふーん、つまんないの」

 睥睨しても、効果はないと知っている。首を回せばにこり雷門のユニフォームに身を包んだベータが思った以上の至近距離で白竜の顔を覗き込んでいた。ここで、その接近に異性を感じて戸惑う白竜ではないということが、ベータにとっては新鮮なのであり不愉快でもあった。
 押し付ける贅肉のボリュームが足りないのだろうかと密着した身体に意識を向けても、やはり白竜から動じる気配は一向に伝わってこない。ぷう、ともはやお決まりの仕草で拗ねてみたとして、白竜は既に前に向き直りまた瞼を閉じていた。慌てて名前を呼べば、彼は一体何だと眉を寄せて億劫な機嫌を隠さずに振り返る。あの、尊大を地として他者を呆れさせる白竜にこんな反応をされてはベータとて意地がある。俗に言う、構ってちゃんな接近を試みたのは彼女の方であったとして、誰が相手であったとして彼女のプライドもまた尊大であり横柄を許されたいのだ。習慣としてちくり棘のある物言いをするベータからすれば、白竜の些事すら流せない実直さはついつい面白くて引き寄せられてしまうのだ。ベータはこう自身の白竜への接近を分析しているのだけれど、実際は単純に彼を好ましく想う気持ちが働いているということに、彼女は当然として白竜も気付くはずがない。

「今日の最後のシュート、あれは私に任せた方が確実に点を取れたと思うんですけど」
「――何?」
「だって私、今日絶好調だったじゃないですかあ、貴方にはマークが二人付いていて、私は完全にフリーだったのに無理にシュートに持っていくなんてチームプレイが疎かとしか言いようがありません」
「…お前に言われると腹が立つな」
「貴方が言っちゃうんですかあ?」

 抱き着いたまま、嫌味をひとつ差し向けてみる。練習中、最後に二チームに分かれて試合を行った。白竜とベータは同じチームで、ポジションも同じフォワードだった。白竜の場合剣城と別チームであったことも手伝って練習とはいえ気合十分であったのだが。ベータの言う通り、今日は彼女の調子が非常によかった。神童からのパスを受けて、アテナ・アサルトで試合開始早々に一点をもぎ取ってから攻守ともに素晴らしい動きだった。その調子に合わせて、彼女のモチベーションを下げないよう試合を展開させた神童の技量をこそ褒めるべきなのかもしれないが、仮にその名采配を理解していたとしても己の功績も忘れないのがベータという少女である。
 白竜の方は雷門に来てから、元々フォワードであったポジションを中盤に下げたりと試合と練習で差が出ることがある。勿論、それを理由に不調に陥るような彼ではないのだが、今日の調子はいまいち奮わなかった。絶不調というほどでもなく、アシストやディフェンスでは申し分ない動きを披露した。単に根が点取り屋であるが故、得点に絡まない自分に納得ができないのである。試合終了間際、ディフェンダーを二人つけた状態でボールを持ち強引にシュートに持っていこうとした動きは確かに最善の選択ではなかったと白竜も自覚している。練習でなければ、致命的なミスになっていたとしてもおかしくはなかった。ベータの言う通り、彼女にパスを出す方が得点できる確率は高かったかもしれない。

「――今日のお前のシュートは良かったからな」
「……ま、まあ当然です!」
「お前のトップスピードへの加速には俺も時々置いて行かれるからな、大したものだ」
「それ褒めてるんですか?」
「ああ。お前は凄いな」
「――!!」

 ふっと吐息が漏れた。見上げた白竜の微笑みは、きっと寝惚けているだけなのだ。咄嗟に何度も言い聞かせる。強く、強く。それなのに、じわじわと熱くなる頬がベータの意思を撥ねつける。こんな柔らかい彼の表情を見ることになるとは夢にも思わなかったと、うつつに舟を漕いでいるのは彼の方なのに。
 意思の抑制が利かなくなっているというのなら、白竜が今ベータに告げる言葉は本音とみなしていいのだろう。彼の胴に回す腕に自然と力が籠もる。ベータの羞恥に震える腕力など気にも留めないのか、白竜は何も言わない。そもそも抱き着いたこと自体に無反応なのだ。それが気に入らなかったはずなのだ。それなのにどうして、心音を乱しているのは自分の方なのだ。

「ベータ」
「な…何…」
「温かいな」
「ちょ、何すんだテメエ!?」

 これはひどい。普段の白竜を知る人間がこの現場に遭遇していたのなら誰もが口を揃えて言うだろう。寝惚けているとはいえ、よりによってあのベータを抱き枕のように抱き締めながら眠りこける彼の姿など想像もつかない。だが現実に、白竜は名前を呼んだだけで怯み、腕の力を緩めてしまったベータを引き寄せて、抱き締めて、その肩に顔を押し付けて眠りに付こうとしていた。そしてこの眠りは、きっと深い。
 声を荒げて、腕を振り上げてみたものの、白竜はベータの反応など既に視界に収めてはいなかった。腹立たしさは突き飛ばすことを要求し、触れた温もりの心地良さは疲れているのだから休ませてあげなよ仲間でしょうと囁く。まさに悪魔と天使がベータの中で格闘し、果たして勝つのは――。
 自主練を終えて、ロッカールームに戻ってきた天馬が目にした光景は、仲良く身を寄せ合って眠りこける白竜とベータの姿だった。


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