豪炎寺から、無言で差し出された兎のぬいぐるみを前に、夏未は首を傾げた。一方ぬいぐるみを差し出している豪炎寺はといえば逆に何故受け取らないのかと言いたげに首を傾げている。
 おずおずと両手でぬいぐるみを受け取る。手触りの感触の良いそれは、とても可愛らしい顔つきをしていて、夏未の頬も自然と綻んでいた。

「これは何?」
「土産だ」
「何所の?」
「FFIの」
「え?」

 真顔で語る豪炎寺の様子から、彼が冗談を言っている訳では無いことは一目瞭然。未だ終わっていない世界大会のお土産とは、一体どういうことだ。考え込むまでもなく答えは出せる。そういえば、自分は当初留学すると彼に偽って日本を離れたのだと。そしてこのぬいぐるみは、そんな自分へのお土産として彼が購入しておいてくれた物なのだろう。
 何故だか、ほんの少し前のことなのにすっかり記憶から抜け落ちてしまっていた事実に夏未は苦笑する。夏未は豪炎寺を遠くに感じたことはなかった。寂しい時は確かにあった。一人ぼっちの所在ない手を、心細く握り締めたこともある。それでも、自分はサッカーと関わり続けている。それはきっと、豪炎寺と繋がっているということだったから。それだけで、夏未は真っ直ぐ前を見ていられた。だが、豪炎寺はそんなことは知らなかったのだ。離れ離れだと、思わせてしまっていたのかと思うと、少し申し訳ない気持ちになる。

「良くないわね」
「…?何がだ」
「貴方といると幸せで、まるでそれが当たり前のことみたいに思えてしまうの。離れていた時間なんて嘘だったみたいに」

 勝手よね、と珍しく饒舌に、赤裸々に気持ちを吐露する夏未に豪炎寺は目を見張る。
 夏未の言葉は、豪炎寺の心にもそのまま突き刺さる。離れ離れだと思っていた。結局予想以上に彼女は近くにいて、今また日常を共に迎え過ごせる程近くに帰って来た。それを嬉しく思い、また当然だと思い込んでいた自分がいる。だから、こうして彼女の為に用意していた土産のぬいぐるみを渡すタイミングを図りあぐねた。
 最初から最後まで、夏未はきっと自分の傍にいてくれる。そう思い、また願いながら様々な不安には目を伏せる。夏未の隣が、豪炎寺には心地良すぎた。

「お土産、ありがとう。嬉しいわ」
「ああ、どういたしまして」
「でもどうして兎?」

 ぬいぐるみの両脇の下に手を入れて掲げてみる。薄茶の兎は愛くるしい表情で夏未にされるがまま。可愛い物は嫌いではないが、やはり好いた相手が自分の為にと選んでくれた物。理由も当然気になってしまうのだ。

「夏未は寂しがりやだからな」
「え、」
「だから、兎にした」
「そ、そんなこと無いわよ!」

 顔を赤らめながら、説得力に欠ける抗議と言い訳をつらつらと述べ始める夏未を、豪炎寺は愛しく思いながら見つめている。本当は、ちゃんと分かっている。誰かの為にと、一人世界へ飛び出せる彼女は寂しがりやだとしてもとても強いのだ。寂しがりやなのは、きっと自分の方。
 夏未が留学することを、豪炎寺は実際本人からそう詳しく聞かせては貰えなかった。そのことが、最初は何故と繰り返し豪炎寺に疑問を抱かせては寂しさの波に突き落とした。その後、自分もチームを離れなければならない瀬戸際で円堂にしか真実を話さなかったのだから、他人を責めることなど出来そうにもなかったけれど。
 幸せが当たり前に思える。それはきっと、自分を幾分我儘にしてしまったのだろう。特に、夏未のことに関してのみ言えば、自分は融通が利かない人間に映るのかもしれないから。独占欲に似た感情はいつも豪炎寺の脳内を行き来し、無意識に目が夏未を探す。彼女の声が、視線が、いつだって自分だけに向けば良いと願う自分の貪欲さに、最近では諦めを含んだ苦笑しか零せないのだ。当然、夏未本人に伝えることなんて出来る筈もなかった。

「豪炎寺君、聞いてるの?」
「ああ、夏未は寂しがりやだろう」
「違うわよ!」
「俺は寂しかった」
「…!」

 寂しかった、とても。言葉を繰り返せば途端に夏未の眉が申し訳なさそうに下げられる。そんな顔をさせたい訳じゃない。好きな相手にはいつだって笑っていて欲しい。陳腐な台詞はいつだって的を射ている。だけど、言葉にして伝えてやりたい言葉ほど、上手く口を衝いて出て来てはくれないのだ。不器用では無いけれど器用では無い。それはお互いが似ていて、だから相手を理解して寄り添えるのだと美点ばかりを挙げられれば良いのだけれど、自分の中に在る消化不良の気持ちまでも伝えてやりたい時に、どうしようもなく歯痒く感じられるのだ。

「夏未、」
「……何?」
「夏未と離れて、俺は凄く寂しかった」
「…そう、」
「だから、今こうして一緒にいれて嬉しい」
「…うん、ええ、そうね。私も嬉しい」

 ほっとした空気が流れて、それと同時に夏未が豪炎寺から貰ったぬいぐるみを抱き締める。まるで泣きたいのを堪えるような仕草に、今度は豪炎寺が申し訳ない気持ちになる。嬉しくて、幸せなのに、人と想い合い生きるということはきっと凄く難しい。一番大切な人とだから、きっと尚のこと。

「私も貴方にぬいぐるみを買おうかしら」
「何故?」
「だって、貴方も寂しがりやなんだもの」

 お揃いって、何だか素敵じゃない?そう綺麗に微笑む夏未に豪炎寺は苦笑し、彼女が抱えるぬいぐるみの頭を撫でてやる。夏未の提案が本気なら、今度この兎を買った店に二人で出向かねばなるまい。
二人して兎のぬいぐるみを抱えている姿を想像してみる。多分、お互い顔を見合せて笑い合っているんだろう。お揃いって、何だか素敵だな。呟いた豪炎寺の言葉に、夏未はそうでしょう、と得意げに微笑んだ。



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寂しがりのラブソング
Title by『にやり』





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