※豪←葵←京

 初めからわかりきっていた結末だった。あの人は私を子どもとしか見ていない。私はあの人が大人だから好きになったわけではないのに、あの人は私が子どもだからという理由で拒絶することができる。だけど、きっとそんな理由で拒まれていたのなら、私はもう少しあの人の不誠実を詰ることができたのだろう。どこまでも誠実に、真っ直ぐに私の瞳を見て私の想いを拒絶したあの人は、私の恋を確かに恋と認めてくれていた。憧れの錯覚じゃないのと同年代にすら嗤われたって仕方ないと思っていた、私の想いを。
 たった一つの我儘も聞き届けて貰えないまま、私の頭を撫でた豪炎寺さんは困ったように微笑んでいた。持て余しているのか、気まずいのか、まさかと思ったことだろう。この人に憧れる幼馴染たちの隣で、私が密かに恋心を抱いていたなんて思いも寄らなかったに違いない。私だって、気持ちを自覚した当初は随分戸惑ったものだから。
 天馬たちには言えなくて、他の誰にも言えなくて。不自然にならないように、時々隣に立って見上げて。本当にそれだけだった。私たちの間にあるものは。それなのに、随分燃費よく育ったものだと今更ながら感心する。恋する女の子は強いもの、優しい相手を想えば傷付ないわけではないけれど、それでも。はっきりと言葉にさえしなければずっと想っていられるのではないかと、浸って慕っていられるのではないかと思えるほど豪炎寺さんは他者と平等に私にも優しかった。



「フラれちゃった」

 葵の呟きに剣城は咄嗟に何と言っていいものかわからなかった。知っていると返すのは不躾だ。そもそも女の子の一大決心を経て行われた告白現場を覗き見してしまった時点で剣城の良心はじくじくと痛みを訴えている。勿論追い駆けて、計画的に行われたことではないとはいえ、憧れの人と好きな子が二人きりという状況はどうあっても通り過ぎることのできる光景ではなかったのだ。
 葵が豪炎寺のことを慕っているということは、彼女を慕う剣城だからこそどことなく察せられる部分があった。他人に自分から恋愛話を振っていくタイプではないから確認したことはない。しかし自分たちの練習風景を見守る豪炎寺の隣に立ちながら頻繁にその横顔を窺う視線を辿ってしまえば否が応でも理解してしまう。ただ、その他人の恋を知った時、剣城の胸に過ぎったのは自身の恋の崩壊よりも自分以外の誰も彼女の想いに気が付きませんようにという願いだった。どうして決めつけてしまったのだろう、そう後悔せずにはいられないほど剣城は豪炎寺が葵を顧みる光景を想像することができなかった。それは自分の恋心を擁護する意図もなく、効果もなく、不確定の未来を既に事実として見て来たかのような確信だった。
 ――痛々しかった、なんて。
 失礼で、最低だ。己の葵に注ぐ視線が、彼女が豪炎寺に向ける視線が、暗く早急な感情で以て一直線に連なっていたことを剣城だけが知っている。今に途切れてしまうであろう少女の視線すら、彼は追っていたのだから。もしも更に剣城の後ろに一連の想いの流れを無関係な立ち位置で眺める誰かがいたのなら、きっと誰よりも剣城を迂愚だと見抜いて、嗜めてくれただろうか。今になって、そんな救いを期待する。
 剣城の後ろめたさを知らない葵は、彼女の振る舞いがそこまで露骨だったかと振り返り、全てが終わった今となってはどうでもいいことだとあっさり結論を弾き出す。一度フラれたくらいで諦めてしまうのと、それで彼女の本気を軽んじるのは間違いで。見つめるだけの恋だった。けれどどこまでも一途に全力だった。そして拒まれた想いを差し出し続けるのは、豪炎寺にとっても葵にとっても苦味だけを広げることになるだろう。葵とて、剣城と同じように豪炎寺が振り向いてくれる未来の情景など微塵も描けないままなのだ。

「ねえ剣城君。恋って難しいね」
「―――、」
「届かないって、フラれちゃうってわかってるのにどうしても好きって言わなきゃいけないような気がして――実際はそんなことないのにね。フラれたから先に進めるわけじゃないし、終わりにしたかったわけでもないのに…」
「言わなきゃ良かったって思うのか」
「……ちょっとだけ、ね」
「………そうか」
「変なの、剣城君がそんな顔する必要ないでしょ?」

 果たして自分が今どんな顔をしているのか、剣城にはわからなかった。けれど葵が、自分の心の傷の広がりを抑えることに神経を注ぐべき彼女が指摘せずにはいられないほど情けないものだということはわかる。お互いの感情を映し合う鏡になったかのように、剣城は葵の恋を想い顔を歪め、剣城の顔を見た葵はくしゃりと涙を耐えようと歯を食いしばった。
 後悔なんてしていないよ、と清々しい強がりを浮かべるものと思った。彼女の幼馴染に感化されてしまったのかと疑うほど、目の前の傷を糧にしてあっさり前に進むのかと思っていた。だから予想外に後悔を滲ませた物言いが剣城を怯ませている。今度は、彼自身の恋心を慮るが故の怯みだった。

「大人になりたいなあ、」
「――ああ、そうだな」
「まあ大人になったからって豪炎寺さんが私のこと好きになってくれるわけじゃないんだけど…」
「そう…かもな」
「でも大人同士だったら、キスしてくれたかなあ」
「―――」

 剣城に背を向けて、空を見上げながら葵は乾いた声でもしもばかりを唱える。剣城の胸は今にも詰まってしまいそうなほどに息苦しい。
 少女の恋を散らせるのに、豪炎寺は優しい置き土産すら残しては行かなかった。若さは、わずかな取っかかりを希望にすることができるから。キスしてくれたら諦めるなんて、悪足掻かきが過ぎたよねと振り向いた葵の瞳が揺らめいた。
 ――泣けよ。
 不意にそんな感情が剣城の中に湧き起こる。今にも泣きそうな、ぎりぎりの場所にいるくせに肝心の涙だけはいつまでもその瞳から零れ落ちてこない。それがどうしようもなく剣城を焦らせる。決定的な拒絶を受けても、また葵の視線が豪炎寺に向けっていくのではないかという不安、そうなれば自分はいつまで彼女を見つめていればいいのか。結局は自分可愛さだと嗤いながら、しかし剣城はまだ葵に秘めた恋を打ち明けようとは思わない。
 子どもだから、大人だから。そんな後付の言い訳を使えない剣城の前に立ちはだかっているのが豪炎寺なのか、葵なのか、それとも憶病な剣城自身なのか、暗む心のまま問うものの答えはない。
 葵は泣かない。どうしてか、剣城は今にも泣いてしまいそうだと思った。



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うまく終われない予感だけしている
Title by『弾丸』





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