手を繋いで、指を絡めて並んで歩く。恋愛に於いてやたら積極的な印象のあったリカは、どうやら結ばれてからのことに関してはとんと無頓着だったらしく、こういった恋人らしい仕草にいちいち照れるのだから可愛らしい。リカの隣りを歩くマークが、内心でのろけを繰り出していることなど知る由もなく、きょろきょろと視線を巡らせて目ぼしい店をチェックしている。

「どこか入りたい店ある?」
「んー、何の店とか良く分からんわ」

 二人は今、アメリカで共に過ごしている。勿論、まだ子どもで学生の二人だ。長期の休暇を利用してリカがマークの家に遊びに来ている。マークは、あの押せ押せなリカがたじろぐ程にリカが好きだった。結ばれる以前に散々想いを胸に秘め自己を抑圧しすぎた反動なのか、リカと結ばれてからのマークはそれはもう凄かった。人目を憚らずリカを抱きしめ頬や額にキスを落とし、手を繋ぎ指を絡ませる。恋人ならば、何一つ不自然では無い行為の全てを、マークはリカとの間に望んでいるようだった。リカだって、マークが好きだから。マークがリカに望む全てを、嫌だとは思わない。だが今まで追い掛けてばかりだったから、突然こんなに迫られると、何をどうしていいか全く分からなくて、困ってしまう。
 繋いだ手が、ぎこちなくないかとか、絡めた指が、気恥しさで逃げ出さないようにだとか、リカはいつだって必死なのだ。化粧だって、自分を良く見せる手段の重要な手段だったのに、マークと付き合いだしてからというもの薄くなって行っているのを彼は気付いているだろうか。それもこれも、マークがリカにやたらとキスをしたがるからなのだ。

「じゃあ先に何か食べようか」
「ん、そうするわ」

 時間帯的にも混んではいないだろうと、マークは周囲を見渡す。今日は、リカにとってはアメリカに来てから初めての遠出である。マークは何度か来ているらしいショッピング街は、今繋いでいる手を離してしまえばリカ一人簡単に飲み込む程度の人通りがある。迷子になんてなったら大変だ。一人ぼっちの自分を想像して、何だか急に寂しくなって来てしまう。思わず繋いでいた手に力を込めてしまい、不思議そうにマークがリカに向き直る。

「どうかした?」
「え…いや、迷子になったら大変やなあ、って…」
「はは、そうだな。でも俺がリカの手を離すわけないだろう?」
「…さよか、」

 さらりと臭い台詞を言ってのけるマークに思わず照れてしまう。顔が赤くなっていやしないかと、空いている方の手で自身を扇ぐ。マークは時折自分はリカに振り回されてばかりのような発言をするがリカとしては振り回されているのは自分の方だと思っている。過去の恋愛を相手に丸々知られているというのは果たして問題ないのだろうか。例えば、今回アメリカにやって来てそれなりに通用している自分の英語が、元を正せば誰と一緒にいたいが為に身に付けたものなのかということも、きっとマークは知っている。知っていて、触れない。それはリカにとって何よりの幸いで、少しの寂しさ。
 マークが今、自分にありったけの思いの丈を隠さずぶつけてくれる根底にある後悔を、リカはぼんやりと知っている。それが、自分の過去の恋愛であったことも、大分前に自覚したのだ。「好き」のたった二文字に振り回される自分を、彼を、時折滑稽に思えてくることもある。それ以上に愛しい気持ちが勝るから、今こうして手を繋いでいるのだけれど。
 本気の恋であればある程辛くなる。そう思った。あの日、自分の恋心が粉々に砕け散った時からリカはそう思って来た。そんな砕けた恋心を、地道に繋ぎ合せて修復してくれたのがマークなのだ。元通りでは無く、新しい気持ちを注いでくれた。

「リカ、嫌いな食べ物とか…」
「好きやで」
「え?」
「ウチな、マークのこと、好きやねん」

 大衆の中で、不思議と羞恥など感じることなく、リカはマークに言葉を渡した。こうして手を繋ぐようになる前に、当然告げた言葉を。マークが言ってと願う度に告げてきた言葉を。本当に珍しく、自分から告げた。マークはきょとんと瞬いた後、やはり不意打ちには慣れていないのか頬を染めて、そして「ありがとう」と笑った。
 突然、マークが繋いでいた手を解いた。一瞬ではあるが、リカには先程のマークの言葉の所為もあって瞬時に不安が湧いて来る。離れてしまった、指も、手も。だが直ぐに理解する。マークは、自分を抱きしめている。しかも、人通りの多い、道端で。

「…マーク!?」
「俺もリカが好きだよ」
「……」
「すごく、好きだ」

 あまりにマークが愛しそうに言葉を紡ぐから、リカはこれ以上の文句が続けられなかった。だが周囲の目線がちらちら自分達に集まって来ているのを感じては流石に辛い。マークを促すように彼の上着の裾を引っ張る。するとリカの要求を察したマークが「ごめん」と笑う。そのまま再びリカの手を握り指を絡め歩き出す。一瞬忘れかけたが自分達はこれから食事をするのだ。出鼻を挫いたのはリカ自身だが、まさかあの様な切り返しをされるとは思わなかった。思い出したら羞恥心がまたせり上がって来て、思わず自分の手を引きながら斜め前を歩くマークの背を睨みつける。

「…抱きしめなくても良かったやんか」
「そうかな、嬉しくてつい」
「ついって…」
「それにリカのことじろじろ見てる男もいたし…うん、何か嫌だろうリカは俺の彼女なんだから」
「そっちの牽制の方が狙いやったんと違う?」
「でも俺はリカが好きだよ。世界でいちばん、リカだけが」

 しれっと言ってのけるマークに、リカは溜息だけで返した。全く、マークは自分を好き過ぎる。そもそも自分を見ていたという男だって、自分が日本人だから物珍しさで視線を投げていただけに決まっている。まあ、それでもマークは相手が男というだけで気に入らないのかもしれないが。
 呆れたものだと考えながら、マークに「何笑ってるの」と言われ思わず片手で自分の顔を触って確認してしまう。無意識ににやけていたらしい。だって仕方ないだろう。自分はマークが好きなのだから。好きな人に独占されて、嬉しくない訳がないのだ。少なくとも、リカは。
 散々悩んでもみたけれど、結局行く着く先は自分達は幸せなのだということ。だからマークはこれからもずっとリカが好きで。リカもきっとずっとマークのことが好きなのだろう。導き出した安直な答えに二人は寄り添い続ける。当たり前のように、手を繋ぎながら。


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僕が幸福に生きる為には君が必要不可欠であって
Title by『にやり』






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