木漏れ日が綺麗だと、そんな珍しくもらしくないことをぼんやりと考えていた。さわさわと風に木々が揺れて、見とれていた木漏れ日を揺らすから追いかけた。そうしたら、そこに、居た。

「水鳥、さん」
「おー天馬じゃん。珍しいな部活以外で会うのは」
「そ、ですね」

 上手く声が出せなくて、それでも戸惑いを気取られないように取り繕う。この人はきっと見抜いてはくれないという予感があって、そしてそれは間違いではない。この人はもう自分にはあまり興味がないのかもしれない。以前ほどには、視線も言葉も届かない。

「何してたんだ?」
「――え、」
「まだ授業中だぞー?」
「それ…は、」

 問われたから、答えようと思った。しかし降る太陽の光を追っていましたなんて恥ずかしくて言えなかった。どことなく幼い行為に思えて、天馬は仕方なく何もしていないと嘘を吐いた。 瞬間、僅かに顰められた水鳥の眉に、天馬はびくりと肩を震わせた。その怯みが露骨だったのか、水鳥は天馬から視線を外して空を見上げた。快晴とはいかないものの、穏やかな気候。サッカーをするには絶好の日和だろう。水鳥はそう思うのだが、目の前の後輩はどこかぎこちない動きとぼんやりと霞掛かった眼差しのまま立ち尽くしている。
 何もしていないと言った天馬は身一つで持ち物はなく格好も制服だ。今更校内探検をしていたわけでもないにしては、用事もなくふらふら歩き回る場所でもない。サッカー棟から離れた、テニスコート近くの木々の下、水鳥は自習時間を持て余して教室を抜け出し休んでいたのだけれど、まさか天馬が現れるとは思わなかった。サボリなんでするタイプではないだろうし、自習にしたって勝手に教室を出ることは好ましくないことで、同じクラスの葵や信助が放ってはおかないだろう。詳しく尋ねるつもりはないけれど、小さな違和感が引っかかる。水鳥にはそれを気にしないで捨てることができない。彼女は彼女の気持ちに則って真面目だった。

「天馬こっち来い」
「――え?」
「いいからこっち来い」
「無理ですよ、だって…」
「はあ?」

 口ごもる天馬は水鳥の命令に逆らって地面から足を離そうとしない。反抗心からくる抵抗ではないのだと、彼の表情を見ていればわかる。だから不快が募るのだ。水鳥に向かって伸びている天馬の影を、彼はこれ以上近付かせまいと踏ん張っているようでもあった。
 実際、天馬はこのまま近付けば自分の影が彼女に落ちてしまうであろうことを厭うていた。今、柔らかい木漏れ日を浴びている水鳥に降る光を遮ってしまうことを恐れていた。
 天馬は自分も同じ光を浴びていることに気付かないまま、水鳥だけを眩しいと目を細めた。瑞々しく、力強い輝きは外部から与えられるものではなく彼女が発する生命力の欠片なのだと信じて疑わない。天馬もまた、同じように輝く生命を持ち、駆けているのだけれど、やはり自分の足元よりも眼前にいる他人の方が見つけやすいのだろう。
 思い返せば、この雷門に来てから初めて外側から貰った優しい言葉は彼女からのものだったような気がする。幼馴染は内側にいて、理想よりも現実はずっと窮屈で。先人たちはその窮屈に慣れたふりをして新参者の声を我儘と咎めたけれど、彼女は違った。当事者からは一歩引いた他人事だったのかもしれないけれど、嬉しかったから慕った。先立つ条件を定めるのは狡いことで、知られれば水鳥は自分を嫌うだろうかと自問して怖くなった。
 水鳥の期待があったかといえば、無かったろう。彼女を突き動かしたものが何なのかを天馬は知らない。自分がいなくとも、サッカー部と全くの無関係ではなかったのだろうなという勘は、彼女が一年の時のクラスメイトがイタリアから帰国した時に漸く働いた。ちくりと胸を刺した痛みを、天馬は今日までずっと抱えて立っている。時間と共に馴染んでいく全てのことに、天馬は弾かれたような気がした。今ではもう、水鳥は天馬だけでなく雷門のサッカー部全員を当然のように認めて応援しているのだから。
 戸惑っていたくせに、失うと首を傾げる。天馬は幼く、優しい大人に恵まれ過ぎた。水鳥の干渉を優しさと括っていたから出遅れた。けれど遅くとも踏み出した一歩は、残念ながら気楽な感謝ではなく多難な情を孕んでいた。

「水鳥さんが、暗くなっちゃいます」
「……ん?」
「俺が水鳥さんに近付くと、太陽遮っちゃうから、暗くなります」
「妙なこと気に掛けてんなあ…。じゃあほら、こっち」
「………」

 天馬がどうにか絞り出した言葉も、水鳥はあっけらかんと笑って打ち返した。彼女が座っている隣の地面を手でたたき、前ではなく隣ならば問題ないだろうと言う。成程問題などあるはずがなく、天馬はおずおずと鉛のように重い歩をどうにか進めて彼女が指定した場に腰を下ろした。
 一筋、風が吹き抜けて木々を揺らし、鳴かせた。二人は何も言わず、暖かな風が吹き抜けた余韻すら消えるのを待っている。それから、また元の静寂が戻ってきたとき、ほっと息を吐いた天馬の髪に水鳥の手が触れた。驚きで身体を硬くする天馬に、彼女は葉っぱが付いていたと手にしたそれを地面に捨てた。礼を言うよりも、彼女が触れていて、あっさりと放ってしまった一枚の葉を視線で辿ってしまう。また、風が吹けば浚われてしまうだろうか。そうだとすると、あまりに惜しいと思う天馬は手を伸ばせない。

「もしかしてお前授業サボったのか?」
「え、」
「そんで今更ビビってるとか?だから元気ないんだろ」
「違いますよ!…教室出てきたのはいけないことですけど…自習です」
「なあんだ、」
「――俺、追い駆けて来たんです」
「…何を?」
「………木漏れ日」
「はは、何だそれ!」
「だから言いたくなかったんですよ!」

 笑わないでくださいと訴えても、水鳥はなかなか笑うのを止めてくれなかった。勿論、馬鹿にする意図はないとわかっているから悲しくも腹立たしくもない。
 それでも、あまり笑わないで欲しい。天馬が追い駆けた木漏れ日は、今こうして笑っている水鳥に続いていた。だからこそ、駆けたのだから。



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風がうつくしく揺れた
Title by『ダボスへ』





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