「ダメだよローコ、またそんな風にポケットをいっぱいにしちゃあ」

 そう、背後からかかった声にローコはぎくりと身体を震わせた。怒気のない、呆れたような声はそれでいて優しい。彼女はフェイのこうした穏やかな口調が好きだったから本当は振り返って飛びついて彼に笑いかけたかった。けれど、フェイに注意されてしまった事柄がある以上、まずそれに対する弁解をしなければならないとローコはゆっくりと彼の方へ向き直った。やはりフェイの顔に怒りの色は見当たらない。けれど言外に「またなの?」と困ったように下げられた眉に、ローコは咄嗟に否定の言葉を紡ぐけれど、彼の指摘したポケットの膨らみは引っ込んではくれなくて、彼女はもじもじと事態の展開をフェイに委ねてしまった。
 甘い物が大好きなローコのポケットはいつもそうしたお菓子で膨れていて、フェーダの仲間たちも今更その膨らみは一体何だと尋ねてくることもない。好物をポケットにしまっておくくらい個人の自由で、けれどそれを咎めるフェイはチーム・ガルのキャプテンとしてローコを甘やかせなかった。何せ練習をしている最中ローコが駆けた後に転々と飴やチョコが点々と道標のように続いていては無視することはできないだろう。踏まれて機嫌を損ねるのはローコで、誰だって食べ物を踏んづけて良い心地はしないし、フィールド内にちょこちょこ物を落とされては困るのだ。
 だからフェイは、練習が始まる直前でも構わないからポケットはベンチにでも置いておくように忠言していた。元気よく手を挙げて返事をするローコは、しかし何度もフェイのこの忠言をきれいすっかり忘れてポケットを膨らませたままボールを蹴り、飛び跳ねてはお菓子を落とし、チームを苦笑させていた。怒り出す人がいなかったことが、ある意味ローコの呑気な性格に影響して、諌める効果を発揮しなかったのかもしれない。フェイもフェイで、練習詰めでもないものだから鬱憤が溜まるでもなしに、困ったなあと腕を組んで悠長に構えている節がある。それにローコは甘い物が大好きで、口寂しいと直ぐにポケットからお菓子を取り出してもぐもぐとそれらを咀嚼していたけれど、隣に仲間がいれば一緒に食べるかと差し出すことも厭わなかったから憎めなかった。特にフェイに関しては、ローコは積極的に彼を探しまわってお菓子を配分していたものだから猶更。
 何故フェイにだけ、ローコが進んでお菓子をあげたがるのかを、誰も詮索しなかった。色恋の匂いはなかったし、単純にキャプテンとして慕っていたのかもしれない。他のチームを見渡せば、ローコが一番親しみやすいのは間違いなくフェイで、そんな彼がキャプテンを務めるチームに割り振られたことを彼女は内心喜んでいた。

「フェイ、フェイ待って」
「ん?どうしたのローコ」
「はい!飴あげる!」
「わあ、ありがとう。でも良いの?」
「うん良いの、まだ一杯あるから、フェイは特別!」

 何度もこんな会話を繰り返している内に、フェイにも気付くことがある。ローコがお菓子を仕舞っている左右のポケット、フェイに差し出されるお菓子はいつも彼女から見て右のポケットから取り出されるということ。何か意味があるのかはわからない。偶々彼女の利き手が右で、満杯の状態でやってくれば自然とそちらを漁るのかもしれない。けれど、フェイが何気なく「いつも右ポケットから出したお菓子をくれるよね」と尋ねてみると、ローコは少しだけ頬を赤くして、囁くような声で「決めてるの」と言った。それからまた取り出したお菓子をフェイの手の上に乗せると、逃げるように走り去ってしまった。だからフェイは知らない。ローコが何を思って、右ポケットのお菓子だけをフェイに渡すと決めているのか。
 そんなやり取りを経て、フェイはまたローコを諌めている。悪気はないのだろうから、言い聞かせて、その場限りでも言う通りにしてくれるローコを怒鳴りつけたりはしないけれど。これはもう、何か策を講じた方がいいのかもしれないと流石のフェイも縮こまってしまった彼女の為だと信じ、思った。

「ねえローコ、この際お菓子はポケットじゃなくて何か袋に入れたらどうかな」
「……?」
「流石に箱だと持ち歩くのが大変だから巾着袋とか、紐がついてる奴、どう?」
「そんなの持ってないもん」
「今すぐじゃなくてもいいよ。えーと、じゃあ僕が用意するから、それならいい?」
「――うん、」
「とはいっても僕もそういうの持ってないから、近い内に買ってくるからそれまではなるべくお菓子落とさないように注意してね」
「…良いの?」
「ん?――ああ、今まで沢山お菓子貰ったから、袋くらい買ってあげるよ。キャプテンだしね」
「フェイ、大好き!」
「あはは、大袈裟だなあ」

 感激でフェイに飛びついた拍子に、またローコのポケットからぽろりと飴の包みが数個落下した。それらを拾ってあげながら、フェイはまさかここまで喜ばれるとは思わなかったと戸惑いで苦笑した。にこにこと笑っている、自分よりも低い場所にある彼女の笑顔を見つめながら、妹がいたらこんな感じだろうかと温かさと冷たさの混じりあったもしもを思い浮かべてみる。きっといくら無邪気でも子ども扱いはしないでとローコは憤慨してしまうかもしれない。折角上機嫌なのだからと、フェイは出かかった冗談を飲み込んだ。それから、巾着袋を買って渡すときにでもまたポケットの秘密を聞いてみようかと思った。右と左、ローコの中でのみ明確な基準を持って区別された彼女のお菓子袋。口が閉まらないのが難点で、けれどそれももう直ぐ解消される。
 ――あ、でもサルが大事な任務があるって言ってたけど、その前に買いに行けるかな…。
 まあ行けなかったとしてもそんな長期間の任務に当たったことのないフェイは、ローコに対してそうであったようにまた悠長に構えていた。まだ現物を与えていないのに、お礼だよと右ポケットから取り出された飴を頬張りながら、二人は待たせている仲間たちの元へ歩き出した。

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今日のおやつはなんでしょう?
Title by『魔女』




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