※捏造


 フェーダに於いて、力に覚醒する前の境遇はさして意味を持たない。セカンドステージチルドレンという集団は進化を遂げない人間を総じて見下しているのが常であるけれど、組織の中でも能力差というものはある。それは個性で括られる次元ではなく優劣の問題だった。だからSARUを皇帝として、彼の下に付くことを誰もが認めていたし、チーム毎にキャプテンがいてそれに不信感を抱き反発する人間が輪を乱そうと画策することもない。ただそういう地位を取り去って、個人的な因縁を吹っかける分にはそこに異端の文字を見つけることはないだろう。優れているからとそこで止まってしまえば進化の意味がない。好き嫌いの手前、そりの合う、合わないは付きあってみればどうしようもなく芽生える感情なのだから。
 だからメイアは気にしない。自分の管理するチームに、自分に敵愾心を抱いている少女がいることを見抜きながら何もしない。それがどれだけ相手のプライドを傷付けることかも、微塵も意識しなかった。そもそも視線に険があることには気付いたものの、それ以上を探ろうとしなかったものだから、メイアはそれが容姿に向けられたものなのか能力に向けられたものなのか地位に向けられたものなのかを頓着しなかった。全てひっくるめて私なのよとふんぞり返る以前の問題。
 メイアを睨みつけている少女は――ドレーヌはそういったメイアの堂に入った態度を傲慢だと貶すことができなかった。彼女はどこまでも他人の頭に足を置くなんて発想のないままに他人の上にいたのだから、貶すだけ無駄なのだ。そう、自分は懸命に彼女を分析しているだけだと自己弁護を測るもののドレーヌの心には平穏が訪れない。恋人を呼ぶメイアの媚びた甘い声が耳朶を掠める度、ドレーヌは仲睦まじい恋人同士に一瞥をくれるとその場を足早に立ち去っていた。見たくないと唇を噛む胸に広がる苦々しさは一体どこからくるのだろう。間違ってもメイアを恋敵などと呼べないドレーヌには皆目見当もつかなかった。ただ、フェーダという組織に巡り会い似た境遇の仲間を得ても、抱えた孤独を打ち明けるに至る特別を持たないことが寂しいのかと思うと、やはり自分にないものを持ち恥じらいもなく人前でその特別を晒すメイアにドレーヌはまたしても苦々しい気持ちでいっぱいになるのであった。
 それから数日後、ギルの新しい戦術を試そうとチームメイトに召集が掛かった際、ドレーヌは体調を崩し参加することができなかった。たったひとりの欠員でじゃあまた後日にしましょうと予定が繰り下げになるはずもなく、ドレーヌは自室のベッドの上で病状からくる苦しみとは全く別の理由で顔を歪めていた。ギルのベンチメンバーに甘んじている自分が、更に後れを取るような事態が許せない。この時ばかりは招集を掛けたメイアに責任を転嫁するわけにはいかなかった。監督のいないフェーダのチームは全てに於いてキャプテンが絶対的な権限を持っている。とはいえ主にメンバー編成に於いてであるが、メイアが自分の個人的な感情を差し挟んでチームの実力を貶めたことはない。ただ純粋に、最も効率的に力を発揮するメンバーがスタメンに選ばれる。選ばれないのならば、それはドレーヌに至らない点があるからだ。そう素直に認められるのに、ポジションも違うメイアをどうしてこうも敵のように睨みつけてしまうのか。嫌いだからと言葉にすることは憚られる。セカンドステージチルドレン同士で、いくら本音を偽っても心底根付いた嫌悪を隠すことは能力上不可能ではあるが、ドレーヌは体裁だけでも美しく振舞っていたいのだ。

「具合はどう?」
「――え、」
「あら、何その顔。折角お見舞いに来てあげたのに」
「…別に、」
「頼んでないって?お見舞いを頼む人間なんていないわ。こういうのはね、見舞う人間の勝手なのよ。私の勝手、おわかり?」
「………」

 ノックもなしにドレーヌの部屋に足を踏み入れてきたのは、まさかここに現れるはずのないメイアだった。驚きのあまり取り繕った返事のできないドレーヌの漏れ出した本音を弄ぶようにメイアは彼女が横になっているベッドに腰掛けた。その、パーソナルスペースに陣取るメイアの物怖じしない姿はまるで自分たちが親密な友人同士であるかのような錯覚を与える画だった。けれどそんな幻は、メイアが実体を持ってドレーヌの前に現れれば現れるほど塵となって消える。
 二人の間に友情なんてものが存在しない以上、メイアがドレーヌを尋ねる理由はギルのキャプテンとしてだけ。ならば自分はどれほど鋭利な言葉を差し向けられようとも耐えなければならない。体調が回復するのを待てないほどに、彼女は自分に急いで何を伝えに来たのか全く心当たりがないものだからドレーヌの警戒心は最大限まで高まっていた。それを懐きの悪い野良猫程度に視界の端に収めたメイアは小さく笑みを零した。
 練習中、いつも自分に向かってくる棘のある視線を感じないことを不思議に思い、一度だけメンバーたちを見渡してみた。欠員の連絡を受けていた筈なのに、メイアの中でドレーヌの顔は名前でよりも私を内心嫌っている子という印象の方が勝っていたようだ。
 ドレーヌの部屋を訪ねたのは気紛れで、勿論チームメイトに場所を聞かなければ部屋の在り処さえ知らなかった。だから労りの言葉すら用意しておらず、ただドレーヌの目に見えない攻撃を退ける為にメイアの唇は難なく動いたのだ。

「具合が悪いって聞いたけど、もう随分よさそうじゃない」
「…ええ、」
「それだけ私を睨めれば充分よね。今日の練習については誰か他の人に聞いて頂戴?」
「ええ」
「私が嫌いなら、もう少し私を追い落とす努力をしなきゃね」
「なっ――」
「その方が、私も楽しいわ」

 手頃なおもちゃを見つけた幼子のように、メイアはウインクを残して立ち上がると部屋を出て行った。残されたドレーヌは自分の感情を気取られていたことと、その延長に自分がいることをメイアが知っていたことに驚愕し、呼び止めることもできなかった。好意でも悪意でもメイアは相手がドレーヌである限り向かってくる感情の内容を問わない。ただ不快であれば潰すし、無害であれば直ぐに忘れるし面白ければ刺激して増長させて楽しむのだ。

「――最低、」

 そんな、相手が自分を追い落として飲み込んでしまう恐ろしい事態に発想が至らないメイアはきっとドレーヌを自分と同等とは思っていない。そんなことはフェーダに来た日から変わらない事実だ。いつだってメイアは仲間として重宝され異性として愛される喜びを知っている。ドレーヌが嘗て持っていた幸せは、メイアが持っている幸せとは違う。それでも持っていないよりは持っている方が羨ましいからとやっかんでいるのか、自問してそんなことはないとドレーヌは否定する。
 メイアが座っていたベッドのシーツが不自然な皺を作っている。立ち去るメイアの髪が靡いて香った甘い匂いがドレーヌの肺を満たした。花のような匂いに、その名前を思い出せないドレーヌは瞼を閉じて思い浮かぶだけの花とメイアの香りを照らし合わせる。もし答えを見つけたら、私は絶対にその花だけはこの手に抱いたりしないと思いながら。



―――――――――――

きみが消せない
Title by『魔女』


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -