俺の恋人は気紛れだ。そしてただでさえ気紛れであるのに時折人格が豹変したかのような落差があって、そのふり幅にいつまでも振り回されている。もう慣れたと言いきれるほどの度量が俺にあればよかったのかもしれないが、生憎こちらも男女経験を持たないガキだったので対応はいつだって後手に回るしかない。
 今だって、俺を押し倒して馬乗りになった彼女の右手に握られている鋏に嫌な予感はするものの、寧ろそれしかしないというのに俺はどうしたものかなあと許容も抵抗も成り行きに任せるしかない。

「あらあ、抵抗しないんですね」
「ベータはいつも突然だからな」
「でもこの体勢で女の子にされるがままなんて情けないですう」
「はは、何、男がこのままじゃ情けなくなるようなことしてくれるんだ?」
「むう、可愛くないですね」
「そりゃあ俺は男だから」

 俺を見下ろすベータはふくれっ面で、これはまだ可愛い方だと安堵する。もう一方が可愛くないわけじゃないし、いくら先に述べた落差が激しいとはいえ別人のわけじゃない。ベータ自身の中でのテンションの幅が広いと捉えればいいのだろうか。口調も表情もがらりと変わるものだから、つい別人に接するように畏まった態度で応じたら顔面を殴られた挙句面倒くさい拗ね方をされたので、それ以来ベータはベータと納得するようにはしているが。
 ベータが付き合うに面倒くさい人種であることはさして問題ではない。どちらかといえば俺たちの間に200年の時間差が横たわっている方が大問題だ。訪ねてくるのはいつだってベータからで、彼女曰くルートエージェントとしての仕事をこなしてからご褒美として俺の時代にやって来ているらしい。つまり自分たちの関係は200年後のエルドラドには公の仲として認知されているから感謝して欲しいとのことで、感謝する項目が見当たらない。敢えて挙げるのならば、ベータの我儘を許してくれたエルドラドにだろうか。嘗ての敵、仲間。思い出せるだけの顔が次々に脳裏に浮かんでは過ぎて行く。俺よりもずっとベータと行動を共にしているであろう彼等に、焼くべき餅は切らしていた。だって本当にベータは我儘で嗜虐的で、仕事上では相手をできたとしても恋愛的な意味で相手をするとなるとそう相手は見つからないと思う。それが可能な自分が特別寛容で被虐的とは思わないし、ベータに言えば自惚れるなよカスと途端に毒舌と拳が飛んできそうだから言わない。その辺りは賢く振舞っているつもり。

「私、霧野さんのお顔好きですよ」
「――どうも、」
「あら?勘違いしちゃいました?勿論、顔だけじゃなくて霧野さんの全部が好きって大前提です」
「うん、それで?」
「えーと、何の話でしたっけ?……あ、そうそう私は霧野さんのお顔が大好きなんですけど、でも時々苛々するんです。だって可愛すぎるじゃないですか。女の子の中に放り込んだら霞むのかもしれませんけど、男の子でこんな顔されたら女の子が惨めになっちゃうじゃないですか。まあこのベータちゃんに限ってそんなことはありませんけどねえ」
「じゃあその鋏は何なんだ」
「これですか?ふっふーん、私気付いちゃったんです!霧野さんが女の子みたいに可愛く見えるのはその髪型のせいだって。ツインテールなんて女の子がする髪型ですよ?だから、その髪をばっさり切ればそれなりに顔の綺麗な男の子には見えても女の子みたいに可愛い顔とは言われなくなると思うんです!ベータちゃん頭良い!」
「逆方向にな」

 嬉々とした表情で鋏を振り回しながら語る内容は、所々俺の胸を突き刺して、もうこれ出血してるんじゃないかとじくじく痛みを訴える。ベータが未来で俺も顔を知っている野郎と一緒にいることを想像しても仕事だからと憤ることをしないくせに、男としての自分を貶されるとこうも気が滅入るのだから自己中心さが眼前に突きつけられて凹む。
 何よりベータが俺を恋人として意識しているかどうか怪しくなるのが不愉快なのだ。まさかとは思うが等身大のお人形遊びでもしているつもりではあるまいな、と。険しくなる眉間の皺を左手の人差し指で押さえつけてくるベータは至極愉快だと口元を綻ばせている。漂う怪しい気配に背筋が凍る。これは、来る。

「っとに女みたいな顔だよなあ?」
「…何が気に食わないんだよお前」
「そんなことも察せねえのかよ」
「あー?そうだなあ…」
「―――飽きた」
「は?」
「ねえ霧野さん、お出掛けしましせん?正直200年前で買い物しても良い物に出会えるとは思えませんけど、こうして家に引きこもってばかりじゃ霧野さんが引きこもりの汚名を受けてしまいますものね」
「おいこら、お前がくる時以外は真面目に学校に行ってサッカーしてるんだけど」
「まあ!恋人の前で一緒に居られない時間のことをひけらかすなんて酷いです!」
「はあ?」
「ほらほらいつまで寝転がってるんです?私が出掛けると言っているんですからさっさと支度してください」
「……はいはい」

 お前がいつまでも馬乗りしてるからだと頭の中で不満を述べて、身体を起こし出掛ける準備を始める。女子じゃないので化粧もお洒落も気にしない。ただ財布をズボンの尻ポケットに突っ込むとベータに行くぞと声を掛けた。それに不満そうにまた頬を膨らませる彼女を可愛いとか、少しくらいは思うのだ。だって彼女だし。我儘で乱暴で気紛れでどうしようもないくらい俺を振り回して労わりなんて微塵も感じられなくてもそれでも好きだと思う。
 ――やっぱマゾってことなのか?
 それだけは女認定される次に否定したい。他の人間から拳が飛んできたらカウンターものだし、暴言を吐かれたら倍の鋭さで言い返すし、馬乗りに何てされるまえに沈めてる。つまりこれは俺の愛なのだ。ベータだから許せる、俺の懐具合の問題なのだ。懐具合といえば、買い物に出掛けたがっているベータはこの時代の貨幣を持っているのだろうか。持っていたとしてもデートは男持ちとか言い出しそうな典型的なタイプだから、たぶん犠牲になるのは俺の財布なのだろう。

「霧野さんスカートは履かないんですか?」
「あはは、怒るぞベータ」
「きゃあ怖い。でも霧野さんが女の子でも私は一向に構いませんよ」
「おい」
「だって私霧野さんならどんな霧野さんでも愛してあげちゃいます!」
「―――っ、」
「あららあ?霧野さん照れちゃってます?ここは俺もだよって格好良く決めるところですよ?」
「勘弁してくれ」
「うふふ、はあい、霧野さんの可愛さに免じて許してあげちゃいます」

 ひたすら俺をからかって満足したベータが先に部屋を出て行く。さっさと追い駆けないとそれだけで機嫌を悪くすることがあるから、俺は熱を持った頬を冷ます暇も与えられず後を追う。片手で扇ぐ風は微弱過ぎて役に立たない。
 兎にも角にも嬉しい言葉を貰ったということは否定しがたい事実で、彼女の言う通り格好良く決めるべき場面だったことは惜しまれるが仕方ない。どれだけ俺が格好良く振舞ったとして、俺の外見が女の子のようだと謗られたとして、ベータが俺へ向ける愛情とやらには一切影響がないそうだから。



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クイーンはひとっ走りで恋をする
Title by『ダボスへ』





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