※ネタバレ&捏造



 メイアに勝った。それはずっとドレーヌが渇望していた現実のはずなのに、いざ目の前に広がる光景ときたら何の変哲もないものだった。
 ただセカンドステージチルドレンとしての力を手放してから手に入れた、楽しむだけのサッカーでメイアからボールを奪って駆けあがっただけのこと。けれどドレーヌにはたったそれだけのことがどうしてもできなかった。ギルのキャプテンとしてメイアはどこまでも完璧だった。プライドの高さに見合うだけの実力が伴っているとはどれだけ楽なことか、何度歯噛みしたか分からない。美貌と実力――比例しないドレーヌのプライドはいつだって勝手にメイアを仮想の敵に見立てては敗北を繰り返していた。スタメンとベンチ、その落差も手伝ってドレーヌの内面は日に日に屈折していく。兵器の開発でフェーダの中でも重鎮として一目置かれ、ギリスという恋人の隣で女の子としても幸せそうに笑い輝くメイアを直視したくなかった。ドレーヌの容姿を褒めてくれる男の子も大勢いた。フェーダという集団の中では目的や境遇が手伝ってそれほど容姿に頓着する必要はなかった。力に目覚める前に散々彼女をちやほやしていた連中が、力を恐れ蜘蛛の子を散らすように彼女の前から去ったことを思い出さないで済むからと忘れていた他人よりも優れているというドレーヌの自尊心をメイアはいつだって無神経に呼び覚ました。
 蔑ろにされていたわけではない。しかしメイアは特別ドレーヌに関心を示さなかった。被害妄想だと笑われるかもしれない。ただ、ドレーヌがメイアに向ける激しい執念はどこまでも一方通行だった。何故なら圧倒的な能力差があったから。自分を脅かさない小さな存在を、どうしてメイアが気に掛けるというのか。同じセカンドステージチルドレンであっても、こんな屈辱感を与える存在がいるなんて思わなかった。
 ――もし私がもっと優れた人間であったのならば、メイアは私を意識しないではいられなかったのかしら。
 どれだけ努力をしても埋まらない差に悔しさを押し殺して、ドレーヌはメイアを睨みつけてきた。同じチームとはいえ、メイアはザ・ラグーンの選手でもあったから猶更反抗的な気持ちが膨らんだ。SARUがメイアを重宝するだけの根拠があることはわかっている。メイアもSARUをリーダーとして認め従順であることは組織としてフェーダが機能しているということ。わかっていても、一々悪意を挟み込んでメイアの在り方を捻じ曲げなければ耐えられない。露骨なまでに向け続けた刺々しい視線に気づくのはいつだってメイアではない。彼女に敵意を持つなんてギリスに気付かれたら酷い目にあわされそうだけれど、彼もまたメイアしか見ていないものだから気付かない。

「何がそんなに気に入らないんだ?」

 そんな思慮の欠片もない質問を寄越したのは誰だったか、ドレーヌはもう覚えていない。だってその時もFWを差し置いてギリスとゴールを決めて微笑むメイアを睨みつけるのに必死だったから。きっと相手の方を見向きもしなかったのだろう。答えたかどうかもわからない。しかしその問いに対する答えならドレーヌは忘れない。出会った時から今日まで一度たりとも揺らがない答え。
 ――全部よ。
 自分より優れているメイアの全てが気に入らない。それを女同士故の攻撃性だとは思わないで欲しい。メイアは特別だった。良いとか悪いとか、傾向を与えることはできず、ドレーヌはメイアを無視できない。フェーダに属する他の女の子を意識したことはなく、彼女らは自分以下だとは思っていない。ただ圧倒的なまでにメイアが眩しかっただけ。その輝きを削がなければ自分の目が焼かれて死んでしまう。そんな恐怖心さえ抱きそうになるほどの敵意が、いつだってメイアにだけ向いていたのである。

「へえ、やるじゃない」

 長い回想からドレーヌを呼び戻したのは、悔しさの欠片も滲ませないメイアの声だった。信じられないものを見るような目で見つめ返せば、彼女はその可愛らしい相貌をそのままに首を傾げた。
 今まで一度たりとも負けたことのないドレーヌにボールを奪われたことを全く意識していない。その事実が、彼女の腹の底に渦巻く暗い感情を増長させる。奥歯を噛んで、誰が見ているかもわからない試合中に思いきりメイアを罵倒してやりたいと思った。他人の気も知らないで、貴女は随分呑気に人生を楽しんでいるのね、と。実際、セカンドステージチルドレンの力を捨ててからのメイアは享受する日常を甚く楽しんでいるように見えた。これまで見下していた人間、大人たちと同等かそれ以下になることに怯えている仲間もいたというのに。それを元キャプテンとして無責任だと責めることはできないのだろう。その証拠に、メイアはこれまで以上にギリスと一緒にいるしエルドラドのベータとも仲が良い。そう思えるくらい頻繁に一緒に居るところを見かける。すると今度はまるでひとりでは何もできないのかという苛立ちがドレーヌを襲うのだ。メイアの輝きを削ぎたかったのに、自分の知らないところで凛としたそれを失ってしまうような振る舞いが許せない。

「――昔の貴女なら、私なんかにボールは取られなかったのにね」
「え?」
「弱くなったんじゃない?」

 汚い言葉を吐かなくてよかった。醜い言葉だとは思うけれど、ドレーヌは自分のなけなしの理性に感謝する。嫌味くらい、フェーダにいた者なら誰もが使うと思っている。実力に裏打ちされた真実の言が、棘となって攻撃性を持つだけのことだと知っている。だからこれは、ドレーヌが初めて直接メイアに向けてはなった攻撃なのだ。あの頃は、こんな生意気なことを言うだけの距離に近付くことすらできなかったのだ。

「私、こんな弱い貴女を見たくなかったわ」
「――そう」
「言い返さないの?」
「…ええ。弱くなった自覚はあるの。それから心配しないで、私はこれから強くなるのよ」
「―――、」

 一点の曇りもなく、ドレーヌが厭い続けた輝くばかりの瞳でメイアは言い切った。自分の全てはこれから始まるのだと、手に入れた未来を信じている。その姿は、ドレーヌが執着し焦がれているギルのキャプテンであった彼女ではない。
 目障りな程に立ち塞がった障壁は、いつの間にか消え去り視界に映り込まないほど彼女を置き去りにしていた。昔のメイアの方が良かったと思っていた。どこまでも不快で、傲慢にドレーヌを抑え込んだ強者。そんなメイアを、メイア自身が弱者として仕舞い、歩き出してしまった。

「ふふ、次は抜かせて貰うわよ」

 言い残してメイアは試合に戻ってしまった。そう、まだ試合は終わっていない。遊びとはいえ、皆真剣なのだから。早く自分のポジションに戻ってボールの位置を確認して――やらなければと思うことは次々に浮かんでくるのにドレーヌの脚は動かない。走り去ってしまうメイアの背に情けなくも手を伸ばす。
 ――届かないの?
 メイアの残した言葉は、今日のドレーヌの勝利を讃えているようでもあった。けれど違う。メイアは忘れてしまうだろう。そして宣言通り次はドレーヌを抜いてゴールを決めるに違いない。それはドレーヌに勝ちたいからではなく、目の前のサッカーをひたむきに楽しもうとする姿勢がそうさせる。メイアの中に自分はいない。知っていたはずなのに、理解していなかった。フェーダを離れては、もう一方的な敵意すら抱けなくなること。
 ぼんやりと、しかしはっきりと自分の足もとが崩れて行く絶望がにじり寄ってくる。試合終了を告げるホイッスルが鳴って、勝利したらしいメイアが同じチームのギリスたちと嬉しそうにハイタッチを交わす。そんな光景を水膜に揺らぐ視界の中央で、まるで映画を見ているような遠い世界のこととして見つめる。そして初めて、ドレーヌは自分の辿り着きたかった場所を知った。けれどその場所はどうしてか、とても遠い。



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骨をさらした少女たち
Title by『ダボスへ』





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