痛めつけてしまった想いだから、きっともう二度と目にすることも耳にすることもないのだと思っていた。ましてや触れ合ったりすることなどあり得ないのだと。白竜の通常から述べるならば今生の別れという奴だ。君は来世を信じるかいなんて気紛れにも問うたことはないが、恐らく彼は現世で究極を目指すことが至上のようだから考えたこともないだろう。自分が死ぬという、生きた果てに行き着く結果。
 シュウの概念は酷く曖昧で究極を目指す白竜の足下よりもずっと脆かった。彼が諦めてしまうものはいつも忘却でしか消せない。死を過ぎ去って、死よりも安らかな終わりを迎える日をぼんやりと期待してはいる。憎悪の感情は薄れ悲惨な記憶が暗闇になった。条件反射のようなものだから、サッカーと強さはイコールで結ばれなくては気が済まなかった。間違っていたとは思わない。少なくともシュウが生きた時間と場所、場面ではサッカーに於いての強さは必須だったから。
 そしてそれは長い時を経ても変わらないのだとばかり思っていた。シュウの眼下で残酷な特訓に虐げられている子どもたちが求めているものとて強さ以外の何物でもない。ただ強制という大人からの理不尽に怯えるだけの子どもにまで才能があるからと脱落を許さないのは見苦しかった。大人は伝統をなぞった旧式を疑わない体質でもってシュウを不快にする。幼い頃大人に導かれ守られ軽んじられた経験はいつしか子どもを彼らが厭った大人そのものに移し替えていく。シュウもそうなるはずだったのか、時折暇潰しがてら想像してみるものの苦笑すら浮かばない。楽しくないもしもは、果てない時間を持て余す彼には苦痛なだけだった。

「おかえりって、言ってあげたいんだけどさ」
「ただいま」
「そんな仏頂面引っさげてまで来なくていいんだよ」

 いつぶりかと言えばそれは白竜がゴッドエデンの閉鎖と共に島を去って以来の再会。ただあれからどれだけの時間が流れたのか、シュウは数えていないからわからない。膨大ではないはずで、それでも最後に見た姿よりも若干逞しく見えた。

「――背、伸びたんだね」
「お前は変わらないな」
「そりゃあそうさ、僕はいつまでも僕のままなんだから」
「…?身長が伸びても俺は俺のままだが…」
「そりゃあそうさ、君はいつまでも白竜だよ」

 ふざけているつもりはない。だが短気な白竜にはわかりにくい表現をしてはいけないとシュウは知っていた。二人きりの時は特に。
 久方ぶりにこの島を訪れた白竜を、シュウは彼がこの森に足を踏み入れた瞬間に見つけていた。何を思っているのやら、探し物をしているようで忙しない首の動きは臆病な小動物を連想させてらしくない。彼のお目当てが自分だとは頭の片隅で理解しながら姿を隠し続けた。いるかどうかもわからないだろうに、そんなに必死になることだろうかと笑ってしまった。白竜は時々本人よりもずっとシュウを大切に価値あるものと押し上げる。それがまさか恋心まで含んだ親愛の情であったとは、二人で共にいた時に気付けなかった。
 白竜が島を出る船に乗り込む間際にその想いを晒して見せたのは、シュウはもしかしたら此処に残るのかもしれないと察したからなのだろう。手ぶらで隣を歩いていたことも怪しかったが、言葉の端々に滲んでいたのかもしれない。この先には何もないと知りすぎた寂寞の気配が。ならばその不用意の責はシュウ自身にもあるのだろう。咄嗟に叩き落としてしまった気持ちを白竜は捨て去って行ってはくれなかった。それは、彼の瞳を見ればはっきりとわかる。
 ――本当に君はどこまでも白竜のままなんだね。
 褒め言葉ではないので念の為口は噤んでおく。再会を望んでいなかったといえば嘘かもしれない。嫌いではないんだよと気休めを言葉にすることに躊躇いはない。だけど、諦めていたことだって事実だったから。

「さっきも言ったけど、その仏頂面はやめてよ」
「ならあの日の返事を寄越せ」
「――は?」
「わ、忘れたとは言わせないぞ!?」
「え、いや言わないけど……」

 顔を真っ赤にして何を言い出すのか。これまでの真面目な回想を返して頂きたい。とはいえ、どれだけ空気が和もうとシュウが白竜に差し出せるものなど何もない。いつだって白竜はシュウの先に立っている。だから見つけられない姿を必死に探して駆け出したりしないで欲しい。君が進む先に僕はいないよとシュウは泣き出したくなってしまう。

「白竜、僕はね、ずっと此処にいるんだ」
「そのようだな」
「今までの話をしているんじゃないよ。これからの話をしているんだ」
「………」

 白竜の認識の間違いを指摘するに浮かべてしまった微笑はやはり彼の機嫌を損ねた。シュウとしては上手く言葉を操れない自分自身への嘲笑を含んだもののつもりだったが白竜は別の意味で受け取ったらしい。遠回しに自分を遠ざけようとしているとでも思ったのだろうか。それも強ち間違いではないから言い訳はしない。

「君はこの先この島の外でずっと広い世界を見て、サッカーをする。そこに僕はいないんだよ。当然ながらね」
「居ればいいだろう!?この島を出て俺と――」
「聞き分けのない子どもは嫌いだな」
「子ども扱いするな!」
「こっちの台詞だよ。見てくれに惑わされて僕を子ども扱いしないで」

 険悪な雰囲気に怯むことを知らない二人は睨み合って立つ。原因は白竜の無知でシュウの怠慢。両成敗は期待できずに子ども扱いを嫌うならば冷静になるべきだと先に気が付いたシュウが一言詫びを入れた。それであっさりと緊張を解く白竜も大概だ。

「…お前がこの島を出れないなら」
「うん?」
「俺が来ればいいという話だな!」
「………何で?」
「お前がさっさと告白の返事を寄越さないからだ!」
「…っ、じゃあ僕がこの場で君のこと好きじゃないって答えれば…」
「なら好きと言うまで粘るだけだ」
「何だよそれ、」

 根本が変わらないんだよと諦めを促すには、シュウは白竜の根本を変えられない。呆れて顔を覆った指先に触れた水滴は白竜のせいに違いない。悲しいのか、おかしいのか、痛いのか。今のシュウにはわからなかった。けれどこの空気の中留まることは恥ずかしくて仕方ない。だから誤魔化した。

「お土産は忘れないようにしてよ」
「図々しい奴だな」

 そんな軽口の裏側で、きっとここから自分はまた新しい罪を背負ったのだとシュウは嘆く。その重さを知らない白竜はただ子どもの情熱で以て愛しい人を繋ぎ止めることに必死だった。そこに悪はなく結果だけが罪となる。それを知らない白竜も、自覚しながら悠久の時間にかまけて結論を先延ばしにしてしまったシュウも、心のどこかで愛を求める子どもだった。



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やっと真理が見えなくなった
Title by『ハルシアン』





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