※風→円秋

 たった一言、人生最大の嘘であり出会ってから今まで願い続けた本音は、思った以上に風丸の口から言葉になって出て来てはくれなかった。
円堂と出会ってから、もう大分長い時間が過ぎた。きっとその間に、お互いの関係を変える為の契機は何度も訪れていた筈なのだ。変化を端から望んでいない円堂と、それを好意に塗れた欲で変化を望む風丸。変えたいならば、動かなければいけないのは風丸であったのは明らかで。それでも、臆病と妥協と、自分への甘さで先延ばしにしてきたから、結局最後までずるずると一番の友達の位置を動くことはなかった。きっとこの先も、動くことはないだろう。円堂の中で、一番の友達の価値が風化して行かない限りは。
結婚すると、何気ない会話の中に落とされた風丸にとっての爆弾を、円堂が投下したのはもう数か月も前のことだった。相手の名前など、今更聞く必要も無かった。
まるでそうあるべきだとでもいうように、円堂の隣には彼女がいた。実際、彼女の存在が円堂にとってどれ程大切で、慈しむべきであったか。中学時代、当の円堂よりも周囲で傍観しているだけだった風丸の方がよく理解していたくらい、彼は鈍感だった。それはきっと、彼女にとってどれ程残酷だったか、今の風丸にはよく分かる。それでも風丸が円堂に何一つ促さなかったのは、結局自分と彼女が円堂に向けている気持ちが寸分違わぬ恋心であると気付いていたからだ。負けたくないとは、思わなかった。勝てる筈が無かったから。それでも渡したくなかった。
 少し時間が流れて、廊下で話す円堂と秋の姿を見る回数が増えたとか、彼女が円堂を下の名前で呼ぶようになったとか、帰り道に手を繋いでいるのを見たとか、どれもこれも風丸を傷つける事実ばかりが増えていった。それでも自分に残された最後の権利だとでも言うように、円堂の幼馴染として彼の隣に居座り続けた自分を、滑稽だと嗤いたくはなっても間違っていたとは思えなかった。好きだったのだ。円堂が、世界中の誰よりもずっと。

「秋とさ、付き合ってるんだ」

 そう打ち明けられたのは、風丸が大した理由もなく長かった髪をばっさりと切ってしまった日の、翌日の放課後だった。何となく、気付いていたこと。自分にとっては祝福なんてしてやれない辛い真実。それなのに、どこかほっとした自分がいたことも、風丸は理解していた。隠されていた訳ではなかったことが、嬉しかった。自分がまだ円堂の中の優先順位に割り込んでいる現実の方が、喜ばしかったのかもしれない。
 おめでとうの一言を誤魔化したくて、やっとかよ、と苦笑いしてやったのを、今でもはっきりと覚えている。あの時、無理矢理にでも祝福の一言を彼に贈っていれば。そうして自分を追い込んでどん底に突き落として胸に残る恋心すら引き裂いてやっていたのなら良かったのかもしれない。
 今日、彼女と結婚する彼に、お幸せにの言葉を贈ってやれない自分は、なんて最低な幼馴染なんだろう。着けられる筈もないのに、手にオレンジのバンダナを握っている彼は本当に今日まで何も変わらない。子供から大人になった。然るべき成長を遂げて、だけど何も変わらない。出会った頃から、風丸の知る、共に駆けた円堂が、ずっといる。

「今日から、木野さんをなんて呼べばいいんだろうな」
「あー、そうだなあ。秋も円堂だもんな」
「円堂の奥さん、は長いからな」
「じゃあ名前で呼べば?」
「無理だよ」

 彼女を下の名前で呼んでいいのは、きっともうお前だけなんだよ。だけど、教えようとは思わない。昔から、風丸は円堂に、彼女のことに関してだけは何も教えてこなかったから、今回も、何も言わない。
 円堂のいる控室には、ついさっきまで昔の仲間たちが沢山集まっていた。女子はやはり彼女の控室の方に集まっているのだろう。懐かしいと呼ぶには頻繁に顔を合わせ過ぎている仲間たちが、心からの笑顔で円堂に祝辞を贈っている姿を、風丸はただぼんやりと眺めていた。彼女を好いていた一之瀬までもがそうあるのを見て、風丸は何故か後ろめたくなってしまった。割り切れないのは、伝えていないからだ。ありえないもしもを願える位、きっと自分は楽観的だったのだろう。好きでいるのは自由。果たしてそれは、本当に、そうだろうか。

「…好き、だったんだけどなあ」
「…?何か言ったか?」
「いいや?何も言ってないよ」

 時折、思う。円堂が、彼女との交際を打ち明けてくれたあの日。円堂があと一日早く打ち明けてくれていたら。自分がと一日遅く髪を切っていたら。女子の下らないジンクスみたいに、髪を切った理由に失恋したなんて嘘っぽい真実を添えて、誰にも明かさなかった恋心を殺してやれたかもしれないのに。あれ以来、伸ばされない髪の襟足は涼しげに風を受けている。
 どっちの風丸もカッコいいな、なんて笑った円堂を思い出す度に、風丸は悲しくなる。そうやって、自分だからというだけで無条件に受け入れるから、いつまで経っても馬鹿な期待が胸に残って消えないのだ。他でもない自分の弱さが原因だと、ずっと前から気付いてはいる。
 だけど逃げ続けるのも、きっと今日で終わりにしなくてはいけない。円堂と彼女の為ではなくて、これ以上惨めになりたくない自分の為に。燻り続けた恋心に止めを刺すのは、円堂では無く、自分でなくてはならない。だから。目を閉じれば瞼の裏に蘇る何気ない日常に感じ続けた幸せすら振り切って、円堂の隣に、これから自分と円堂が共に過ごした時間よりも長い時を過ごしていくであろう彼女と、最愛のこの幼馴染に向かって、呟いた。

「お幸せに」

 さよなら、は言えなかった。ありがとう、そう微笑む円堂は、きっと風丸の恋心なんて気付けないまま。彼にとっての最愛の幼馴染に、先程までこの部屋にいた友人たちへ向けたどの笑顔よりも嬉しそうに笑っていた。それでも、あと数分もすれば風丸を振り返ることなく円堂は、最愛の彼女の手を引く為に、この部屋を出て行ってしまう。だからやっぱり風丸は、音にはしないまま、さよならと残して円堂よりも先にこの部屋を出た。



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あなたとはこれっきり
Title by『にやり』




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