先輩後輩という上下関係はあれども実質的な年齢差はたった一年しかないはずの春奈のパワーに流されながら、女子ってみんなこうなのかと半田はひとり思案する。真っ先に浮かぶ可能性は、単に自分の押しが弱いだけというもの。けれど直ぐにいやいやそんなことはないだろうと首を振る。思春期なのだ。もう少し女の子に夢見ていても良いだろう。誰に対してなのかはわからない言い訳を内心で並べ立てて、ドリンクボトルの入った籠を持ち直す。前方から「早く、早く!」と急かしてくる春奈に溜息でわかっていると意思表示。大体、こういうのってマネージャーから選手に、女子から男子に頼むものじゃないだろう。通りかかったお優しい男子が、大変そうに、それでもひとりで一生懸命仕事をしようとしている女子に声を掛けて手伝ってやるというのがテンプレだと半田は思っていた。「重いから運んでください」なんて女子から頼まれたのは初めてだ。

「半田先輩って乙女思考なんですか?」
「そんなわけないだろ!音無がたくまし過ぎるんじゃないか?」
「いいことじゃないですか。どこが問題なんです?」

 なよなよした貧弱な乙女に運動部のマネージャーをやらせて活動が捗るんですかと問い質してくる春奈の考え方はきっと正しい。少なくとも半田の期待と妄想よりはずっと現実的だった。だから半田はまた春奈のペースに流されてしまう。運んでいた籠をベンチの上に下ろせば依頼主である春奈ではなく先にタオルを運んでいた秋が慌てて「ごめんね」と駆け寄ってくる。それに構わないと手を振って応えれば真横に立つ春奈の機嫌が一気に下降して心なしか空気が冷えたように思えた。

「半田さん、秋さんと私とじゃ態度が違い過ぎやしませんか」
「だって音無は俺に詫びどころか礼すら言わないじゃないか」
「今言おうとしてたんですよ!」
「へえ?」
「信じてませんね!?」

 「ふーんだ!」とわざわざ声に出してから頬を膨らませた春奈はそのままドリンクを配りに他の部員の元へと駆け出してしまった。そんな幼稚な仕草も、きっと自分と無関係の場所で見つめていたのならば可愛らしいと思っていたのかもしれない。彼女が傍に居ると色々な意味で賑やかになる。場とか、空気とか、気持ちとか。半田自身そのことに気が付いていて、受け入れていて、好ましく思ってはいるのだ。
 見くびられているとは思わないが、恐らく尊敬もされていないような気がする。対等過ぎるほど同じ目線の関係は先輩よりは近しくとも友だちよりは遠かった。荷物持ちやら雑用やら、半田を頼る春奈は判じるならば間違いなく働き者の部類だった。だが無理だと判断すれば遠慮なく周囲の人間に助けを求める。それが部活に支障をきたさない一番の方法だと彼女は言った。出来もしないことを出来ると偽ることは決して立派ではなく努力の証でもない。出来ることを出来る範囲でこなし、そして徐々にその範囲を広げていけばいいのだと。確かにその通りだと半田は頷いた。特に自分は、器用に何でも習得し得るような人間ではないのだから。
 休憩時間が終わり、空になったボトルが籠に戻される。容量は軽くなっているものの運んできた時よりも雑にかさばっているそれを春奈ひとりで運ぶには少々無理があるようだった。しかし他のマネージャーは既に別の仕事に取り掛かってしまっていた。手伝ってもらうのは悪い、仕方ないから二回に分けて運ぼう。春奈はそう段取りを決めて、ボトルの幾つかをベンチの上に出し始める。不意に正面に誰かが立ち塞がって、春奈に覆い被さるように影が出来た。

「――半田先輩?」
「何やってんの」
「一度に運べないので分けてます」
「はあ、じゃあ俺が運ぶ」

 有無を言わさず、半田は籠を持ち上げる。咄嗟のことに遠慮の言葉も挟めなかった春奈の元には両手で持っていたボトルだけが残った。さっさと自分に背を向けて歩き出してしまう半田を慌てて追い駆ける。念の為グラウンドを見ると、フォーメーションの確認ということで試合形式の練習をしているところだった。丁度半田は順番待ちの最中だったらしい。半田の隣に追いついて、見上げればいつもと変わらない調子で「軽いな」と呟いた。

「別に一人で出来ますよ」
「……うん」
「半田さん…?」
「いや、さっき怒らせたみたいだから、その詫びということで…」

 語尾は気まずそうに尻すぼみになっていく。それでも真横にいれば十分な音量で春奈に届く。後輩相手に何をそんなへりくだっているのかと不思議に思ったがつい数分前に子どもじみた癇癪で彼の前で機嫌を損ねて見せたのは確かに自分だったと思い当たり、逆に申し訳なくて恥ずかしくなってしまう。「すみませんでした」とこちらも消え入りそうな声で呟けば半田も大袈裟なくらい申し訳ないと謝って来るものだから、春奈の胸は本来の規模からかなりの大きさに膨張してしまった罪悪感に襲われた。
 親しみやすさに任せて馴れ馴れしくし過ぎたのかしら。春奈がどんなに我儘じみた態度で頼みごとをしても結局半田はそれを聞き入れてしまっていた。頼みごととはいえ殆どが部活内でのことだから、完全に彼に無関係なことを要求しているわけではない。けれど選手とマネージャーで線を引いてしまえば半田は春奈の頼みを断っていい筈だった。それをされない経験と確信は春奈を安堵させ半田に近付けた。けれどそれは、やはり春奈の一方的な思慕に過ぎなかったのかもしれない。
 そんな反省と寂しさに負けて無言のまま水道に辿り着く。半田はボトルの入った籠を地面に置くとグラウンドに戻ろうと踵を返した。春奈は慌てて半田を呼び止める。

「――半田さん!」
「ん?」
「あのっ…ありがとうございました!」
「おー、今更今更。明日も手伝ってやるよー」

 ――なんだ、お礼を言っても変わらないじゃない。
 妙な安心感が急速に胸を満たして、春奈は大きく息を吐き出した。半田にあのように言われるほど自分は彼に頼っていたのだろうか。自分ではその時々近くを通りかかった人に助けを求めているつもりだったのだけれど、どうやらそれは都合の良い記憶の改竄だったようだ。成程そういえば、昨日はマックスに助けを求めたら逃げられて、そのまま一緒にいたけれど逃げ遅れた半田に助けられたことを思い出した。
 既に朧気な記憶を振り返りながらボトル洗いに取り掛かる。明日も手伝ってやると半田は言う。自分からマネージャーの手伝いを約束してしまうなんてやはりちょっとお人好しが過ぎて自然と笑ってしまう。勿論それは嘲笑の類ではない。
 言い出しっぺはあちらの方。だから明日もきっと春奈は半田をその大きな瞳を精一杯動かして、彼を探し出して捕まえるのだ。日に日に増えるドリンクの量を計算しながら思う。もしかしたら、私は半田さんのペースに流されてしまっているのかもしれない、と。


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∴たぶんもう堕ちちゃってるんだね

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