愛してしまうのがいいのだろう。幼さの抜けきらない思考で天馬は思う。きっと、愛してしまえば、それが一番いいに決まっていると。天馬のよりも大きな剣城の手、長い指が髪を梳いていく。くせっ毛に苦戦する指先が可愛らしい。思わず浮かべてしまった微笑みを咎める剣城の視線もちっとも痛くない。
 二人倒れ込んだベッドシーツからは干したばかりの太陽の匂いがした。微睡んでは直ぐに眠ってしまうだろう。剣城との距離に心臓は跳ね上がるのに、気持ちはひどく穏やかなものだから、最近の天馬は心と心臓は別物だと心底信じきっている。それも剣城に言わせるとどうでもいいことのようで、抱いた気持ちを感じられればそれで充分だという。それは、天馬が剣城を好きだという気持ちが紛れもなく天馬からのものであれば出所なんて問題ではないということらしい。成程と頷いてから「剣城も俺のこと好きだよね?」と戯れの質問には渋ってなかなか答えてはくれなかった。

「ねえ剣城、俺のこと好き?」
「…天馬?」

 疑いなんて何処にもない。けれど気紛れと不安はいつだって天馬の中にある。テレパシーはいらないから、時々素直な言葉が欲しい。好きなんてありふれた二文字で天馬がどれだけ幸せな気持ちに満たされるか、剣城はもしかして知らないのかしら。瞳を閉じて、頬にふれている手の温度に意識を向ける。温かなそれは、天馬のよりは冷たいのだという。教えてくれたのは誰だったか、はたまた自分で気付いたのか。どちらでも構わない。剣城がその熱を伝えてくれるのは天馬だけで、逆もまた然り。幸せの帝国はそんな小さな事実で一夜も跨がず完成するのだ。


 天馬と付き合っている剣城はあまり口数が多い人間ではなくて。そんなことは好きになる前から察してはいるけれど二文字くらいいいでしょう。その絶対な効果と重さを理解しているくせに、こんな時だけ天馬は何もわからないふりをして剣城にすり寄る。媚びるだけなら剣城もあしらいようがあるものを、それが天馬なりの下手くそな救助要請だから無碍にはできない。
 天馬曰わく「剣城不足」と名付けられた現象は、彼の中にある剣城の温もりだったり声だったり、記憶の内で天馬の好きを支える源が独りの時間を耐え抜くとすり減ってしまうことを指すらしい。記憶は消耗品なんだねと語る天馬に、剣城は正直異を唱えたい心持ちでいたのだが、続いた天馬の言葉に絶句してしまいそれどころではなくなってしまったのだ。
 ――記憶が消耗品なら、いつか俺たち離ればなれになってお互いを想いながら泣いている内に何で泣いてるのかわからなくなって泣いちゃうのかな。それってとっても悲しいね。
 来るともわからない別離を思い浮かべている天馬の振る舞いこそ悲しいだろうにとは注意できないまま。剣城の気を引きたいもしもは誰よりも天馬自身を傷付けてしまうのに、馬鹿な子。だからこそなんて言葉はいらなくて、剣城はいつだって天馬が愛しいのに意固地な唇は好きの二文字さえ容易く吐き出してはくれないのだ。いつだったか天馬が信じていたように心が臓を離れた場所にあるならば剣城の場合それは喉か唇に宿っているに違いない。脳みそはいつも冷静に天馬の欲しがっているものを見抜いているのに、心は恥ずかしいだのらしくないだの小賢しい理由をつけて肝心な言葉を隠すのだ。もちろんそのことにごめんなんて謝罪の言葉が出てくるはずもない。日に日に天馬の剣城不足に陥る感覚が短くなっているように感じるのは、決して気のせいなんかじゃないのだろう。
 一度も伝えなかったわけじゃない。告白は剣城からだったし、そのときはきちんと言えたのだ。天馬のことが好きだと。それが通じ合った途端天馬の素直な愛情表現にあぐらを掻いて自分の気持ちを言葉にする機会をどんどん減らしてしまった。抱きしめることの方が容易いだなんて横着だ。態度で示せばいいなんて、天馬の要求大前提を無視しているから意味がない。

「――天馬」
「ん…?」
「眠いのか」
「…剣城温かいから」

 柔らかいベッドの感触と抱きしめる剣城の温度が徐々に天馬を心地いい微睡みから深い眠りに引き込もうとする。無理に起きている必要はないけれど、覚束ない意識のまま身体をすり寄せるのはもう少し意図的に行って欲しかった。でないと出せる手も出せないから。
 こんな風にまた体の繋がりばかり安易に求めてしまうから言葉が不便になってしまうのだ。省みて嘆息、天馬は気づかない。髪を撫でれば小さく微笑むけれど瞼は閉じたまま柔らかい息をこぼすだけ。もう眠ってしまうのだろう。眠る天馬にならば、気軽に愛を囁けるものだろうか。できたとして無意味な想像の中、それでも幸せに浸る天馬の姿ばかり浮かんできて我ながら図々しいと思う。それだけ手放せなくて、そうする必要はこの先もないのだと無責任にも剣城は心底信じきっている。日々の中で相手の愛情を補給しなければ繋がりなんて磨耗してしまうと思い込んでいる天馬と比べてなんと脳天気なことか。

「…好きだ」

 呟きは届かないかもしれない。だから漸く音に乗せた。証拠に天馬はもう穏やかで規則正しい寝息を立てている。意固地というより意気地がないのだ。誰も剣城のことをそんな風には思わないだろうが、天馬のことになるとだめだった。
 天馬の唇にふれてみる。躊躇いなく、それでも一抹の恥じらいを滲ませて剣城を好きだと繰り返すそれ。起こさないように慎重に顔を近づけて、キスをすれば一瞬の息苦しさに声が漏れた。わずか数秒の密着がどこまでも名残惜しさの尾を引いて、だから剣城は自分たちが離れる未来などどこにも無いのだと知る。天馬を不足する暇なんてないのだ。
 それでも上手く言葉にできない好きという言葉を天馬が求めるならば愛してしまうのがいいだろう。キスとかハグとかそれ以上のこと、剣城が天馬としかしないこと、したいと思わないこと全部。どれを変換しても好き以外の気持ちにならないことを、天馬はさっさと知るべきだ。
 だって剣城はこんなにも天馬を愛しているのだから。



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むつかしいことは苦手なのです
Title by『魔女』




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