円堂には、星座が分からない。見上げる夜空に光る星を綺麗だと思ったことはある。点々と輝くそれらを結ばず、円堂はずっと見上げて来た。宇宙のことも、円堂にはよく分からない。多分凄く広くて壮大な何かだと思っている。間違ってはいないと、誰かが曖昧に頷いてくれたような気もする。
 ヒロトは星が好きだった。かといって星座の知識に精通しているのかと云えば、実は全くそんなことはなかったりする。見上げる夜空が好きだった。そこに瞬く星々も同様に好きだった。それだけだった。そんなヒロトにも、やはり宇宙のことはよく分からない。多分凄く広くて壮大なんだと思うけど、とあやふやに呟けば円堂が嬉しそうに笑ったから、ヒロトは自分の考えが正解なんじゃないかと思っている。

「星を見に行こう」

 そうヒロトが円堂の手を引いたのはもう深夜になってからのことだった。既に深い眠りへと落ちかけていた円堂を揺すり起こして、暗くてお互いの顔もはっきりとは見えない部屋の中でヒロトは微笑む。ベランダからでも夜空は見える。星は、どうだろう。この都会の夜空はお世辞にも綺麗とは言い難い。空気すら濁っているように感じる時もある。ヒロトは円堂が風邪を引かないようにと上着を羽織らせると再び円堂の手を引いて部屋を出た。了承の答えは、返していないというのに。
 ヒロトは健康サンダルを足に引っ掛けて玄関の鍵を開こうとしている。ベランダからでも空は見えるのに。どうしてわざわざ外に出て行こうというのだろう。尋ねようとも思ったけれど、ヒロトは円堂よりも色々沢山のことを考えているから、きっと今回のことだって理由があって、それで選んだ故の行動なんだろうと思ったから、結局円堂も自分から靴を履いた。こうしてみると、ヒロトよりも円堂の方が外に出たがっていたかのような格好で、少し恥ずかしかった。
 住宅街の夜はやっぱり静かだった。隣の家の犬も、いつも通り夜吠えをすることもなく自分の小屋でおとなしく眠っている。ヒロトと円堂の足音に少し耳を動かしたような気もするが、目を開くことはなかった。手を繋ぎながら、行く先も知らないまま円堂はヒロトに導かれていく。何処に行くのだろう、疑問には思うけれど、やはり円堂は訊ねなかった。着けば分かる。そう思うし、ヒロトがいるし、だから大丈夫だと思った。

「星、見えないね」
「そうだな」
「円堂君は、星が好き?」
「夕陽の方が好き」

 嘘じゃない。都会の夜空に浮かぶのは遥か上空を飛ぶ飛行機の光と、薄ぼんやりとした月。星なんて、一つも見えない。それよりも、円堂は、小さい頃から眺めてきた、ただ一つの夕陽が好きだった。目を凝らさなくてもいいし、探さなくてもいいし、何より丸い。球体として見えるものではないけれど、夕陽が描く曲線は嫌いでは無い。サッカーがしたい。星よりも夕陽よりも、円堂はサッカーが好きだ。そんなことは、円堂の周囲にいる人間なら大半が知っている事実だ。勿論、ヒロトだって知っているだろう。
 時折擦れ違う自動車のライトが眩しくて目を細める。星はこんな強烈な光を、円堂達には届けない。目を焼くような閃光などある筈もなく、ひっそりと普段なら眠っている円堂達の上に存在している。星がもっと力強く光ってくれれば、数だって沢山あるのだから、夜だって簡単にサッカーが出来るようになるのかなあ。そしたら俺だって、こうして夜中にヒロトを揺り起こして手を引いて駆けだしたりもするのに。円堂の思考は、いつだって結局サッカーに帰結して、稀にヒロトや仲間がそこに寄り添っている。単純で、時に人を傷つける思考回路だった。

「ヒロトは星が好きなの?」
「好きだよ」
「一番?」
「一番ではないかなあ」

 ヒロトの言葉に、何となく円堂は安堵した。彼の一番が、こんな曇った夜空でなくて良かった。心の何所かでそう思った。ではヒロトの一番が、何であれば円堂は納得出来るのか。それは多分、サッカーで、或いは自分だったりするのだろうか。自分は、一番ではなくてもいいかもしれない。ただ、もしサッカーがヒロトの一番だとして、彼が一番好きなサッカーをしている日常の中に当り前の中に自分がいて、それをヒロトも当り前のように思っていてくれたらいいなあとは思っている。
 凄く自分が欲張りになった気がしたから、円堂は繋がれたままの手を離そうとした。だけどそれは叶わず緩み掛かった手をヒロトがしっかり握り返してくる。それが、嬉しかった。

「手、繋ぐの嫌?」
「嫌じゃないよ」
「好き?」
「ヒロトとなら、好きだよ」
「そっか」

 そっか、の言葉の後に、ヒロトが小さく笑う気配がした。少し、嬉しそうだと円堂は思った。他人の気持ちを推し量るのは苦手だ。だから何をどう思っているのか、全部を言葉にして教えてくれと相手に頼むのはどこか違う。知りたいと思えないのなら、その時点でもう止まっているのかもしれない。だけど、ヒロトの気持ちなら、知りたいと思えるような気がした。理解できるような気がした。根拠なんてないからもしかしたら違うかもしれないけれど。
 「帰ろうか」とヒロトが呟いた。小さく頷いて、そのまま二人で家路を歩く。星はどうしたなんて聞かない。だって最初からこの夜空に星等見えていないと気付いていたのだから。



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宇宙にひかる星と屑
Title by『彼女の為に泣いた』





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