※マント→天馬
※捏造


 近頃のフェイの日課と言えば体力づくりの一言に尽きるだろう。雷門でのサッカーの練習に参加したあとも走り込みや筋トレといった自主練に余念がない。時折天馬もそんなフェイに付き合って行動を共にすることがあるのだが、十分な休息を取ることも必要なのではと気を揉まずにはいられないほど、フェイの気迫は凄まじかった。

 ところで、そんなフェイの態度について詳しく説明するには、まずはフェイの人型化身デュプリたちについて触れておかなければならない。フェイの意思で自由に出現する彼等を使役するには多大な体力を消耗する。最初の頃はイレブンの大半をデュプリで担っているような状態だったので、フェイに掛かる負担も相当に大きかった。雷門が正常に戻っていくにつれ、デュプリは緊急に人数不足かフェイの自主練の際にしか呼び出される機会を減らして行った。しかし誰もが目の前の事態に対処することに精一杯で、デュプリについて詳しく説明を求める者はいなかった。化身だよと言われてしまえば、自分たちとは多少形態が違えども自然と納得していた部分もあった。
 さて、そんなフェイの手足のように自在に使役されるデュプリたちであったが、出現してからフィールドで走り回るその動きは実際フェイによって何ら制御や指示を受けるものではなかった。彼の意思通りにしか動けないのだとしたら、それこそ練習相手にもならない。各々容姿を様々に、自意識も各個存在しているらしい。天馬たちも、化身と会話や触れ合いをすることはないとはいえ彼等に命がないとは微塵も思っていないのでデュプリに対する認識も、チームメイトとして世話になることがあれば自然と名前を呼び覚えるようになっていた。天馬たちが自分のデュプリの誰と親しくなっただとか、そういったこともフェイは特別把握してはいない。フェイが彼等に干渉し得るのは、あくまでその顕現と消失のみ。勿論、指示通りには確実に動いてくれるという関係性は最初から大前提として成り立っている。だからフェイは、少し疲れたなと思えばあっさりと彼等を引っ込めてしまえる。物ではなく仲間と思う部分もあるので、基本的には礼など言葉を掛けてからそれじゃあと引っ込んでもらうことが通例ではあるが。
 ある日の練習終了後、フェイは二チームに分かれて試合をするからと人数不足を補う為に出現させていたデュプリを仕舞おうとフィールドを見渡した。デュプリたちもフェイが声を掛けることを経験から理解しているので自分たちの方から彼の元に駆けよって来ているところだった。
 しかし。
 一人だけ、フェイに駆け寄るでもなく、寧ろ背中を向けているデュプリがいた。それがマントである。数少ない少女の姿をしているマントは、どうやら天馬と向き合って何か話し込んでいるらしい。尤も、デュプリであるマントが喋ることはない。声が出ないわけではなく、単純にそういう存在だ。だから、今も恐らくは天馬が試合中のプレイを振り返って彼女に話し掛けているだけだろう。二人は今回同じチームで試合をしていたから。そう思い、フェイは天馬にそろそろ彼女を解放してあげてと声を掛けようとした。距離があったので、手を挙げて「おーい」とでも声を掛ければ直ぐに気付いてくれるだろうと思ったのだ。しかしその声は、手を挙げてから寸前で尻すぼみとなりとても二人までは届かない声量となって広々とした空間に霧散した。

「――…マント?」

 フェイの位置から見えるマントは、真後ろというよりは斜めからの後姿だった。だから、少しではあるものの横顔を見ている形となっている。そして今フェイの目に映り込んで来たのは、天馬の言葉に微笑みながら頷き、僅かに頬を紅潮させているマントの姿だった。同じ女性型のデュプリであるスマイルとは対照的に、落ち着いて感情を表情に出さない彼女の顔には、ありありと柔らかく優しい色が浮かんでいる。
 マントが具体的に何を考えているのか、いくらフェイであってもそれを正確に把握する術はない。心の有無はあくまでもあるだろうと推察するレベルであったし、裏切ることのない仲間という事実が揺るがないのならばそこまで深くそれぞれを探る必要はなかった。だからこれからも、フェイはデュプリひとりひとりに深く干渉するつもりはない。それは、彼等を管理しようとしている様に思えて、信頼を深める為の行為だとはどうしても思えなかったから。
 しかしこうして眼前に広がる光景を目にして、フェイにはマントの気持ちが手に取るようにわかるのだ。それは彼女が自分のデュプリだからではない。きっと、フェイでなくともそれなりに他人に対して敏い人間が見れば同じように彼女の気持ちを看破しただろう。特定の相手の言葉に、頬を染めて微笑む。デュプリという一括りでは見せない、一対一の向き合いの中でのみ見せるその姿。それが恋する乙女の姿でなければ一体何だと言うのか、フェイには今でもわからない。

「マントは天馬のことが好きなんだね?」
「――!」

 マントの気持ちに気が付いた日の夜、彼女だけを顕現させてこっそりと確認した。天馬の名前を出しただけで、暗がりの中彼女の息を飲む音がした。好意を伝えることは難しく、通じ合うことは更に難しいだろう。マントが四六時中天馬の傍にいることは出来ないのだから。それでも、抱いてしまった気持ちをきっかけもなく消し去ることもまた難しいのだ。喋れないからこそ、質問に対して仕草でマントは答えた。だからフェイは、闇の中頷いたであろう彼女の動きをしっかりと見た。
 そしてその日から、フェイの体力強化の日々が始まったのである。

「フェイ!」
「…天馬?」
「今からまた走り込み?俺も付き合うよ」
「ありがとう」

 フェイの自主練にわざわざ歩み寄って付き合ってくれるのは天馬くらいだった。練習した後なので、皆疲れているし存外フェイの交友関係が狭いこともこういう時に明るみになる。仲間と友人は、微妙に意味合いが違うのだ。天馬はフェイの隣を走りながら、時々休むことを薦める。無茶をして次に繋がらなくなってしまえば何の意味もないので、大抵はその進言に大人しく従う。
 自分の大切なデュプリの恋を、出来る範囲で応援してあげたいと思った。その為には手っ取り早く、彼女が一番至福と感じているであろう天馬の傍に居られる時間を増やしてやりたかった。だから体力をつける必要がある。そんなことを説明できるはずもなく、フェイは近頃の無茶を心配そうに尋ねてくる天馬に実力をつけておくに越したことはないとそれらしくも具体的な実のない言葉で場を躱した。敵が強大であることに変わりはなく、鍛えることに意味はある。

「天馬、恋は忍耐なんだね」
「――え?」
「あとは体力」
「え、え、フェイは恋をしてるの?」
「違うよ。僕は応援する側なんだ」
「じゃあ何でフェイは体力づくりに必死なの?」
「恋をしているからだよ」
「意味わかんないよ!」

 こんな調子だから、天馬はきっとマントが自分にだけ特別な態度を取っていることなんて微塵も気付いてはいないのだろう。そもそも彼女は天馬以外とは接触らしい接触をしていないのだろう。溜息を吐いて、フェイは他にはどうしようもないだろうかと思案する。いつの間にか、マントに加勢する気でいる。
 その後、意味深な言葉で天馬を混乱させたことをフェイはマントに怒られてしまった。頬を膨らませるだけの無言の抗議だったが、フェイにはしっかりとその意味が伝わりごめんねと素直に謝っておいた。それから、マントはフェイが自分の為に体力づくりをしてくれていることには感謝していると頭を下げた。こんないい子なんだから、天馬にはもっとマントを気に掛けてあげて欲しいとフェイは心底から思う。

「これって親の欲目ってやつなのかな」

 翌日、ぽつりと呟かれたフェイの言葉に、隣に居たワンダバはなんのこっちゃと首を傾げた。彼の視線の先では、天馬とマントが一対一の練習を始めていた。



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思わぬところから春がきた
Title by『にやり』





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